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メリッサちゃんの魔法(マレイン・ウズイカ視点)



執務室に静寂が下りた。

誰も口を開かない。


俺自身も、まだ頭の中が混乱している。

理解が追いつかない。


「それで、メリッサが魔法を使った時、気配が消えて、声も聞こえなかった。つまり魔法は成功したのですね?」


最初に口を開いたのは、シトラールだった。


魔法研究者らしい質問だ。

確認をしている。


だが実際は、万が一魔法が失敗していた場合、メリッサちゃんもただでは済まない。最悪、命を落とす可能性もあるはずだ。


ローレル殿下は神妙に頷いた。


「メリッサは、私がバルコニーにいたことの方に驚いていた。目を輝かせながら、『瞬間移動ができるのですか? 凄い!』と感心されてしまったよ」


大きく息を吐いて、ローレル殿下は肩を落とした。


メリッサちゃんらしい。

自分の使った魔法より、ローレル殿下を褒めるなんて。


やはり、メリッサちゃんは自分が開発した魔法を大したことがないと思っているのだろう。

きっと、魔法開発がこの世界では偉業になるということ自体を知らないのかもしれない。


バウム子爵家が意図的にメリッサちゃんへ知らせなかった可能性もある。


知らせなくても、彼女もバウム子爵家の一員である。

自分から魔法開発のことを吹聴することはないと判断されたのだろう。


あまり知られていないが、ローレル殿下は実際に瞬間移動の魔法が使える。

だが、話を聞いている限り、瞬間移動の魔法さえ思いつかないほどローレル殿下は焦ったのだろうと推測できた。


気配が消えて、姿も消える。


そして、その部屋の家具もなく、空っぽの空間だけが残る。

想像するだけで怖い。


しかも、ローレル殿下の愛する人が目の前で存在ごと消えたのだ。


恐怖は相当なものだっただろう。


「……メリッサの魔力量は?」


窺うようにシトラールが尋ねる。


メリッサちゃんの魔力量は少ない。

先日も魔力切れを起こしていた。


シトラールの態度から察するに、これまで何度も魔力切れを起こしていたのだろう。

兄として心配しないわけがない。


「今回は少しだけ消耗していた。メリッサ曰く、その部屋の広さで魔力量を消耗するので、ラズベリー・ハーブと会う時は狭い部屋にしないといけないと言っていたよ」


ローレル殿下は力なく、メリッサちゃんの説明を伝えた。


論点はそこではないんだよ、メリッサちゃん。

その場にいれば、俺は間違いなくツッコミを入れていた。


そしてメリッサちゃんの口ぶりから、ラズベリーちゃんとの話は少し長くなるものだと窺えた。

腰を据えて、誰にも聞かれない場所で、二人きりで話したいのだろう。


きっとローレル殿下も、そのことを懸念している。


メリッサちゃんがラズベリーちゃんと何の話をしたいのか、想像すらできない。

フローラ・フラワー嬢のことだとは言っていたが……。


確かフローラ・フラワー嬢は、ラズベリーちゃんとも接点はなかったはずだ。

これまでのフローラ・フラワー嬢の報告書からも確認が取れている。


それ以前に、ラズベリーちゃんはこの三年間、王宮内の結界が厳重に張られた魔法師団の訓練所の一部で生活していた。


監視の目をかい潜って、フローラ・フラワー嬢と連絡を取れるはずがない。

物理的に無理だ。


シトラールはラズベリーちゃんを信頼している。


けれど、ローレル殿下はそうではない。


ラズベリーちゃんが直接メリッサちゃんに手を出したわけではない。

けれど、ラズベリーちゃんの魅了魔法対策で強力な魔石を作り、その後メリッサちゃんは三日間魔力切れを起こして意識が戻らなかったのだ。


ローレル殿下がラズベリーちゃんを警戒するのは当然かもしれない。


ただ現在は、シトラールが作った強力な魔法封じの魔石を、ラズベリーちゃんは身につけている。

魔法を使うことを制限されているのが現状だ。


ラズベリーちゃん本人も、実験以外で魔法を使うことを怖がっている。

魅了魔法の強さを、シトラールから淡々と、そして延々と聞かされたのが原因だけど。


俺はその場にいたが、シトラールの説明には背筋が凍るものがあった。

魔法自体が万能ではなく、本来はとても怖いものだと言い聞かせていたのだ。


もしかしたら、あれはシトラールがメリッサちゃんから聞かされた言葉なのかもしれない。

今ならそう思う。


メリッサちゃんは、魔法の強さも怖さも、誰よりもよく知っている。


それが分かっていても、ローレル殿下はメリッサちゃんの心配をしてしまう。


「それで、メリッサはどんな魔法を使ったと言っていましたか? 隠さなかったでしょう?」


シトラールも疲れた口調で、ローレル殿下に尋ねた。


その言葉だけで分かる。

メリッサちゃんは、自分の使う魔法が凄いと思っていないのだ。


全く、微塵も思っていない。

だから、聞かれたら答える。


もちろん、メリッサちゃんが信用している人に限られるだろうが。


メリッサちゃんは、自分の功績がどれだけのものか理解していない。

そのことが本当に凄い。


これが天才と凡才の違いなのだろうか。


だから、信頼の置ける人に限り、魔法開発の詳細を包み隠さず話すのだろう。

隠す必要はないと考えていたのかもしれない。


いや、メリッサちゃんが危険だと感じた魔法については、口を閉ざしている可能性もある。

シトラールでさえ、彼女の魔法開発の全てを把握していないのは、それが理由か。


そして今回、メリッサちゃんが使った魔法は生活の役には立たない。

その上、調整が難しい魔法なのだろう。


そうでなければ、少なくともバウム子爵家の人間には、その魔法を共有しているはずだ。

そして活用していたはずだ。


バウム子爵家は家族仲がとても良い家門のようだし。

正直、羨ましい。


「メリッサから話は聞いたが、意味が分からないことがあって……。要約すると、部屋の内側に結界に似たようなものを張って、擬似結界内だけを違う次元に移動させる、らしい」


眉を顰めながら、ローレル殿下は説明した。


シトラールが、メリッサちゃんはよく訳の分からないことを言うと言っていた。

こういうことか。


なんとなく、シトラールが魔法研究の道を志した理由が分かった気がした。


メリッサちゃんの開発する魔法を自分でも理解するためには、魔法の知識が絶対に必要だ。

しかも、高度な魔法知識でなければならない。


専門の研究が必要なのは当然だ。


そしてシトラール自身も、メリッサちゃんと一緒にいて興味を持った。

義務だけではなく、自分の意思でその道を選んだのだろう。


『自分の意見は、自分で持つべきだ』

『失敗しても、自分で考えて行動したなら、次はきっとうまくいくから』


以前、メリッサちゃんが言ったという言葉が始まりなのは間違いない。


メリッサちゃんの言葉に、シトラール自身も影響を受けたのだろう。

誰よりも一番側にいたのだから。


シトラールがメリッサちゃんの影響を受けない方がおかしい。

そう思えた。


「違う次元?」


ハーツがローレル殿下に聞き返す。


俺も初めて聞く言葉だ。

封印魔法に使われている空間のことかもしれない。


あれは、まだ詳しくは解明されていない魔法だったはずだ。

やはり魔法は怖いものだと、再認識させられてしまう。


「異次元に空間を飛ばした方が、極端に魔力を使わなくて済むと言っていた……。王太子宮殿の結界を強化しなければ、メリッサは簡単に抜け出せる、ということだろうか?」


ローレル殿下の論点も激しくずれている。


まぁ、本人にとってはメリッサちゃんに逃げられないことが一番大切なのだろうけど。

現在は、閉じ込められているとメリッサちゃんが露ほども思っておらず、その上で快適に暮らせているようだし。


メリッサちゃんがローレル殿下に愛想を尽かさない限り、大丈夫だとは思う。

先ほどのメリッサちゃんを見た限り、ローレル殿下と添い遂げる意思はあるようだし。


無理やり婚姻させられたのに。


心が広いというか、器が大きいというか。

ただの大雑把な性格なのかもしれないけど。


自分の時間も大切にしてくれるなら、メリッサちゃんの許容範囲はかなり広いと思う。


ローレル殿下が、メリッサちゃんに嫌われたくないからと距離を一気に詰めなかったことも、功を奏したように感じられる。


メリッサちゃん自身に、ローレル殿下を嫌う理由がなかった。


それもあるかもしれない。


ある意味、本当にお似合いのご夫婦である。

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