誰も知らない偉業(マレイン・ウズイカ視点)
メリッサちゃんの話を聞いていたところへ、ローレル殿下が執務室へ戻ってきた。
執務室にいた全員が立ち上がり、一礼する。
なんだか、ローレル殿下は浮かない顔をしていた。
今日はこのまま王太子宮殿に留まり、こちらには戻られないと思っていたのに。
「ローレル殿下、本日はこちらにお戻りにならないと思っていました」
ハーツがローレル殿下へ言った。
やはり、ハーツも俺と同じことを考えていたようだ。
メリッサちゃんと一緒にいられるこの機会を逃すはずがないと思っていた。
落ち込んでいるメリッサちゃんを慰めるという名目で、必要以上にスキンシップを取っているのだろう、と。
それを理由に、いちゃいちゃしてくるに違いないと思っていただけに驚く。
ローレル殿下が浮かない表情をしているのは、メリッサちゃんに断られたからかもしれない。
好きすぎるあまり、ローレル殿下はメリッサちゃんに無理強いができないのだ。
もう入籍は済ませているのに。
フローラ・フラワー嬢の件で、間違いなくメリッサちゃんは動揺していた。
人が亡くなっていることについて。
そうでなければ、自ら行動しようとはしなかったはずだ。
彼女は自分の立場をよく分かっている。
だからこそ、緊急事態でなければ、ラズベリーちゃんと会いたいなどとは言わなかっただろう。
要注意人物との接触を、本来なら自分から望むような人ではない。
俺は三年前の魅了事件直後から、メリッサちゃんを気づかれないように観察してきた。
伊達ではない。
お陰で俺の隠密スキルは上がった。
バウム子爵家には及ばないが……。
彼女はよく周りを見ている。
その場にいる誰よりも。
それから自分の置かれた状況と、これからの判断基準を慎重に、かつ迅速に吟味し、その場で最善の判断を下す。
そして素晴らしい結果へと導く。
魔法学園の三年間、これが王太子妃の器かと感心させられたことが何度もあった。
きっと俺が見ていなかったところでも、多くあったに違いない。
それを本人は自分の功績だとは思っていないところも凄い。
謙遜ではなく、本気で大したことでないと思っているのだ。
メリッサちゃんが自分の功績を自覚していたら、彼女の名声はもっと早く広がっていたはずだ。
これまで彼女の功績が広がっていなかったことが不思議でならない。
……まあ、ローレル殿下やハーツ、そしてシトラールが上手く隠していたのだけど。
ローレル殿下と入籍を済ませた現在、これまでのメリッサちゃんのエピソードは、これでもかというほど新聞社へ流されている。
ローレル殿下は、メリッサちゃんと入籍できたのが嬉しくて、よほど自慢したいのだろう。
自分の妃の才能の豊かさを自慢したくなるのは、当然かもしれない。
全部本当のことなのに、ゴシップめいて見える。
それほど突拍子もない話ばかりなのだから。
「ローレル殿下、どうかなさったんですか?」
俺は尋ねた。
明らかにいつもと違う。
何かあったと見るのが妥当だろう。
「これから王太子宮殿はバタバタするので、邪魔だから仕事をしてこいと、ネリーに追い出された」
「警護を強化するのですから、多少ごたつくのは仕方がないのでは?」
「それは……そう、なんだけど」
王太子宮殿を追い出された件だけではなさそうだ。
「メリッサに、ラズベリー・ハーブと会談する時、誰にも介入されないように、この魔法を使おうと思いますので、ちゃんと魔法が使えているか確認してもらって良いですか、と言われて了承したんだが……」
「メリッサが魔法、ですか?」
シトラールが眉を顰めた。
「そう。私は廊下にいてメリッサが執務室に入って、一分間閉じこもる。誰も室内に入れないか、室内の声が聞こえたりしないかを確認したい。部屋に鍵をかけたりはしないので、って……」
呆然としたまま、ローレル殿下は続ける。
声に覇気がない。
結界を張る魔法だろうか、と俺は想像する。
でも、あのメリッサちゃんが使う魔法だ。
そんな誰もが知っている魔法ではないのではないかとも思う。
俺は思わず、シトラールを見た。
シトラールは緊張した面持ちで視線だけを返し、首を横に振る。
つまり、メリッサちゃんは結界魔法を使えない。
それ以外の魔法?
想像ができない。
「メリッサが執務室の扉を閉めた途端、彼女の気配が一切消えた。扉に鍵をかけた様子はなかったが、開かない。私は隣の部屋を通って、その部屋のバルコニーへ回った」
俺は……俺たちローレル殿下の側近は、静かに聞いていた。
ローレル殿下の言葉を、一言でも聞き漏らさないように。
「バルコニーの扉のガラスから室内は見えた。だが、メリッサはいない。そして、室内の家具も全て消えていた。そこには空っぽの部屋があるだけだった。バルコニーの扉を必死に開けようとして、魔法を使おうとした瞬間、メリッサと家具が一瞬で現れた。元の場所に。全く同じ位置に」
「……初めて聞く魔法です」
シトラールが呟く。
一応、魔法研究者であるシトラールでさえ知らない魔法。
きっとメリッサちゃんのオリジナル魔法だ。
魔法改良だけでなく、魔法開発にも着手していたのか。
メリッサちゃんには驚かされてばかりだ。
俺も、この大国ベイリーフ王国の中で十指に入る魔力量を持っている。
その魔力量があっても、魔法開発なんてできはしない。
「このメリッサの使った魔法は、シトラールも知らない魔法なのか?」
「……その魔法は、知りません」
ローレル殿下の問いに、シトラールは一瞬口ごもって答えた。
その魔法は知らない。
だが、メリッサちゃんの魔法開発自体は知っていた。
つまり、そういうことだろう。
魔法学園卒業まで、ほとんどの時間を一緒に過ごした兄妹。
シトラールが学年を一つ落としてまでメリッサちゃんの側にいた最大の理由は、これだったのかもしれない。
魔法改良より、魔法開発の方が桁違いに危険さを増す。
そもそも、普通の人間にはそんな発想がない。
魔法を開発しようなどという発想そのものが。
まず、魔法開発ができるとは思わない。
多くの研究者が魔法を開発しようとしても、既存以外の魔法はここ百年ほど開発されていないはずだ。
それほどまでに、魔法開発は難しい。
今のシトラールの表情を見る限り、メリッサちゃんは魔法開発に成功している。
凄い業績だ。
しかも、メリッサちゃんは魔力量が極端に少ない。
その上で魔法開発を行ったのか。
偉業中の偉業じゃないか!
それなら、魔法学園在学中の魔法実技の授業で、メリッサちゃんが手を抜いていた理由も分かる。
少ない魔力量でも使える魔法を開発していたのだろう。
三年前、シトラールが言っていたことを思い出す。
『妹は魔力量こそ乏しいですが、発想とセンスで俺を上回る魔法を使います』
確かにそう言っていた。
シトラールは下位貴族の第三子とは思えないほど、大量の魔力量を持つ。
メリッサちゃんは、そのシトラールを上回る魔法が使える。
そんなことが実際に起こるものなのかと、当時は不思議だった。
シトラールも魔法学園の実技授業では手を抜いていたので、俺には技量を測り切れなかったのだ。
実際に、メリッサちゃんがシトラールに勝る魔法を使っているところを見たことはない。
そんな機会は、そうそうなかったのが現実だった。
「僕は、そこまでメリッサが出来るなんて聞いてない!」
ハーツがシトラールに向かって、大きな声を上げた。
珍しく、ハーツは驚きを隠せていない。
そして、シトラールの一番仲の良い友人はハーツである。
聞かされていなかったことに、憤りを覚えたのかもしれない。
だけど。
こんなこと、簡単には言えない。
言えるわけがない。
メリッサちゃんは、この世界の魔法業界における偉業を成し遂げていたのだ。
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