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本当の価値(リンシード・アマ視点)



ローレル殿下はメリッサ妃殿下を連れて、王太子宮殿へと戻って行かれた。


側近である自分たちは、それぞれ割り振られた仕事へ戻り、自分の執務机に向かって黙々と作業を続けている。


メリッサ妃殿下は、大人しくて、あまり自分の意見を言えない方なのかと思っていた。

だからこそ、今日のローレル殿下の執務室でのやり取りには正直驚いた。


ただローレル殿下に従っているだけの方だと思っていたから、なおさらだった。


魔法学園で三年間も同じクラスだったのに、まるで知らない人を見ているような気分になる。

僕は、彼女の何を見ていたのだろうか。


真っ直ぐに自分の意見を言うだけではない。

自身の信念を曲げることもない。


立派な王太子妃だった。


正直、驚いた。


そして彼女こそが、本来の王太子妃のあるべき姿なのだと実感した。


眩しいほどに、輝いて見えてしまった。


「リンシード、どうかしたのか?」


ハーツが僕の様子を不審に思ったのか、声をかけてきた。


書類仕事の手が止まっていたことに、やっと気がつく。


「いや、先ほどのメリッサ妃殿下を思い出していた」


僕は本音で答える。


嘘をつく必要はない。

自然とため息が漏れた。


「正直、先ほどまでは、未だにローズマリー嬢が王太子妃に相応しいと思っていた。見る目のなかった自分が恥ずかしい」


同じ公爵家として、格はトスカナ公爵家の方がずっと上だ。


だが、ローズマリー嬢の努力を知っていたからだろう。

幼い頃から彼女のことは知っていたし。


自分でも気づかぬうちに、ローズマリー嬢に肩入れしていたのかもしれない。

本当に無意識に。


不敬なことだが、外見もローズマリー嬢の方が勝っていると思っていたし。

……これは好みの問題かもしれないが。


「それは当然でしょう。トスカナ公爵令嬢は、そういう教育を受けてきたのですから」


書類仕事の手を止めず、シトラールは淡々と答えた。


妹であるメリッサ妃殿下を否定されたように感じ、不快に思われるのではないかと思っていたのに。

意外にもシトラールは当然のように、僕に賛同してきた。


最初は皮肉かと警戒したが、本気で同意しているらしい。


「本当にメリッサ妃殿下は妃教育を受けていないのか?」


ずっとそう聞いてきたが、全てを信じることは難しかった。


メリッサ妃殿下は、王太子妃候補として内定してから長かった。


ローレル殿下は、メリッサ妃殿下とバウム子爵家には内密にしていたと言っていたが。

そんな訳があるはずないと思っていた。


「妃教育どころか、まともに淑女教育も受けていませんよ」


シトラールは手を止め、顔を上げた。


嘘を言っているようには見えない。

だが、彼らの母君はサフラン王国の元王女である。


厳しく躾けられていても不思議ではないのに。


「リモネン姉上は、それなりにマナーを叩き込まれていたようですが、メリッサはそれを横で見ていただけですね。姉上が少し教えたことはあったかもしれませんが、母上がメリッサに本格的なマナー教育をしたことはないはずです」


「それで、あれ……なのか。凄いな」


ラヴィンドも驚いている。


「メリッサ本人が、マナーにそこまで興味がなかったので、教えても無駄だと母上は判断したのでしょう」


「無駄なことに時間を使うのを嫌がるのは、目に見えてるな」


シトラールの言葉に、ハーツは同意した。


「でも、あれだけ綺麗な所作は、一朝一夕でできるものではないだろう?」


僕は疑問を投げかけた。


魔法学園に入学した頃には、メリッサ妃殿下のマナーは既に完成されていた。

所作も美しく、思わず目を奪われるほどだった。


実際、彼女の所作の美しさに見惚れていたら、ローレル殿下に睨まれてしまったが。


「物心がついた頃から、母上とリモネン姉上の真似をしていたのですよ。ずっと。見て覚えた。それだけです」


苦笑しながらシトラールは答えた。


……見るだけで覚えられるものなのか?

僕はマナー教育に散々苦労させられたのだから。


これでもアマ公爵家の嫡男なのだ。


「……俺は苦労しましたよ、マナーを覚えるのは」


言いにくそうに、シトラールは続けた。


「え? シトラールも苦労したのか? メリッサみたいに、最初から出来ていたのかと思ってた」


ハーツが驚いている。


「普通は出来ませんよ。妹に劣るわけにはいかなかった。それに尽きます」


シトラールの言葉に、僕は納得した。


彼は魔法学園では同級生だったが、本来なら一つ年上だ。

年下の妹に劣ることは許されなかったのだろう。


「へぇ、そうなんだ。俺はメリッサちゃんと同じだな。二人の兄を見て覚えた感じだし。まぁ、俺は三男だから、そこまで厳しくマナーを叩き込まれる必要がなかっただけかもしれないけど」


「……たまに、いるんですよね。こういう天才タイプ。腹立たしい」


マレインの発言に、シトラールは目を細めて言った。


シトラール同様、僕もそう思う。

マレインは要領が良く、何でも苦もなくこなしてしまう人だ。


羨ましい。


……というか。

ハーツは呼び捨て。

マレインは「メリッサちゃん」呼び。


ローレル殿下が聞いたら絶対に怒るぞ。


あの人は、メリッサ妃殿下のことになると途端に視野が狭くなる。

その上、驚くほど嫉妬深い。


普段のローレル殿下を知っている者ほど、驚いてしまうくらいに。


メリッサ妃殿下と入籍を済ませた途端、彼女を王太子宮殿へ囲った人だぞ。

しかも逃げられないように。


さらに、他の男から見られないよう、徹底していた。

流石に少し引いた。


メリッサ妃殿下は、そのことに気づいていない。

多分。


メリッサ妃殿下の親友であるアンジェリカ・パトーキ侯爵令嬢を、王太子妃専属侍女にしたことにも驚いた。


彼女はパトーキ侯爵家の跡取り娘だ。

本来なら侍女職など就けない立場だ。


アンジェリカ嬢本人が望んだからこそ実現したことだ。


ローレル殿下がパトーキ侯爵に、どうやって圧をかけたのかは怖くて聞いていない。

……メリッサ妃殿下のためなら、何でもやりそうだとは思うけれど。


「メリッサ本人も、それなりにはマナーを頑張って覚えたのだと思います。ですが、魔法の勉強や領地の視察の方に時間を使いたがっていましたから」


肩を竦めながら、シトラールは言った。


「領地を見回るのはなんで? 冒険心みたいな感じ?」


マレインが素朴な疑問として尋ねる。


普通の令嬢は領地を歩き回ったりしない。

しかもマナー教育より優先するなど……。


バウム子爵家の人間は誰も止めなかったのか?


聞いている限り、バウム子爵家はかなり独特な価値観を持っている。

この真面目なシトラールでさえも。


「最初は俺もそう思っていました。でも、メリッサが見ていたのは領内のインフラ整備のためだったんです」


「……それ、メリッサちゃんが何歳の時の話?」


「四歳か五歳の頃には、よくバウム子爵邸を抜け出して領内を歩き回っていましたね。領民たちが気を遣って『メリッサ嬢ちゃん』と呼んでくれていました。領民以外に、子爵令嬢だとバレないように」


遠い目をしながら、シトラールは答えた。


それを聞いて、彼がメリッサ妃殿下のお守り役になっていたのも仕方がないと思ってしまった。


メリッサ妃殿下が自由人すぎる。


シトラールが一つ年上なのに魔法学園で同級生になったのは、ローレル殿下に気に入られるためだと最初は思い込んでいた。

だが、本当にメリッサ妃殿下のお目付け役でもあったのだろう。


王太子妃に選ばれるほどの才媛。


メリッサ妃殿下を、バウム子爵家が守ろうとするのも当然だ。

そして、バウム領の領民たちがメリッサ妃殿下を大切にする理由も、今ならよく分かる。


メリッサ妃殿下のバウム領への貢献は、とても大きなものなのだから。

読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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