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まさかのお相手



シトラールお兄様は眉間に皺を寄せている。


「クラリスなわけないだろ」


呆れたように返された。


「クラリスは、俺との結婚が嫌で王都に残って女優になったんだからな」


若干呆れ気味に言われてしまった。


シトラールお兄様とクラリスに、婚約の話が持ち上がったことは知っている。


でも、クラリスが女優になった経緯は初めて聞いた。

そんなにシトラールお兄様が嫌だったのか。


堅物すぎるからね、シトラールお兄様。


クラリスは、シトラールお兄様の良いところも悪いところも知り尽くしている。

その逆も然りだ。


クラリスが演劇の道を目指した時、一番力を貸したのがシトラールお兄様だったことを思い出すと、二人に結婚するつもりはなかったのだろう。


でも、本当にシトラールお兄様の交友関係は狭い。

それは私にも言えることだけど。


だからこそ、シトラールお兄様のお相手を私が知らないわけがない。

シトラールお兄様と私の交友関係は、ほとんど重なっているのだから。


相手がクラリスではないとすると、本当に見当がつかない。


バウム領の領民の娘だとは思うけど……。


でも、そこでふと違和感を覚えた。

バウム領にお相手がいるなら、王都で魔法研究の職には就かないのではないだろうか。


え?

もしかして、王都に暮らしている貴族令嬢とか?


でも、その考えはすぐに否定した。

シトラールお兄様は、私同様いずれは平民になる予定だった。


私が王太子妃となったことで、シトラールお兄様の人生設計が狂い、貴族のままでいることになったとか?


でも、シトラールお兄様は次男だから爵位は持たない。

その場合、どこかに婿入りするのが定石である。


私は一瞬だけ、アンジェリカを見た。

彼女はパトーキ侯爵家の跡取り娘。


もしかして、パトーキ侯爵家に婿入りする予定?


その考えも、すぐに否定された。

現パトーキ侯爵がシトラールお兄様を認めることはない。


私が王太子妃になったことに一番反対したのが、パトーキ侯爵だと聞いている。


私が子爵家の末娘だから。


これ以上、私に対する誹謗中傷を繰り返すようなら、アンジェリカはパトーキ侯爵家から離籍すると断言したらしい。

もともと親子仲は上手くいっていない。


娘の本気度が伝わったのか、それ以降はとても大人しくなったと聞く。


そもそもシトラールお兄様は、貴族であり続ける気はないだろう。


やはり相手は平民だ。

そう結論づけた。


でも、相手の特定が出来ない。

そこが悔しい。


今までシトラールお兄様の一番近くにいたのは私なのに。

胸の中にモヤモヤが広がっていく。


このままでは、私の精神衛生上よくない。

私は改めてマレイン様へ身体を向けた。


「お相手はどなたなのですか?」


シトラールお兄様にではなく、私はマレイン様へ聞いた。


「言って良いの?」


マレイン様は一応、シトラールお兄様に許可を取る。


「どうぞ。別に付き合っているわけではありませんから」


書類仕事に戻っていたシトラールお兄様が、淡々と答えた。


「え? それって、シトラールお兄様が女の子を弄んでいるということですか?」


私はつい、シトラールお兄様の言葉を深読みしてしまった。


「……なんで、そうなる?」


シトラールお兄様はすごく嫌そうな顔をして、普段は出さないような低い声で言った。


いや、だって。

そう解釈されても仕方がない言い方だった。


「お兄様も男の人ですから、遊べる時に遊んでいるのかなって」


私は本音をそのまま口にする。


妹の守りを終えて、領地には帰らない。

今が一番、時間の自由が利くのではないかと思ったのだ。


このような機会は、あまりないのでは?


「……時間が合う時に、一緒に食事をしたり、魔法研究を手伝ってもらっているだけだ」


シトラールお兄様は躊躇いながらも答えた。


これは何かある。

やましいことがなければ、はっきり答えるはずだ。


私は無意識に、シトラールお兄様へ冷たい視線を向けてしまう。

本当に女の子を弄んでいるのかもしれない。


「だから、違うって」


お兄様は反論する。


でも、あまり説得力がないのは気のせいだろうか。

実の兄が女の子を弄んでいるなんて絶対に許さない。


「相手の女の子が、一方的にシトラールに熱を上げているだけだよ」


マレイン様がシトラールお兄様のフォローに入った。


だけど、ますます真実味が増してくる。

相手の女の子の気持ちを利用しているのは間違いない。


「俺の魔法研究に、すごく必要な人なんだ。無下には出来ない」


「あ、利用していることを認めた。この最低兄貴」


「最低言うな。彼女が俺で良いと言ってくれるなら、ちゃんと責任は取る!」


シトラールお兄様の説明を聞いて、少しは納得した。


最低人間のクズには成り下がっていないようで安堵する。

でも、相手の子の気持ちを利用しているのは明らかで、そこは釈然としない。


シトラールお兄様は、こんなことはしないと思っていただけに落胆は大きい。


「お相手は貴族の方ですか? それとも平民の方?」


私はシトラールお兄様へ素朴な疑問を投げかける。


「……平民、だよ。一応」


私の問いに、シトラールお兄様の返答は覇気がない。


平民なら、貴族に言われたら逆らえないよね。

本当に、お相手の方はお兄様のことがお好きなのかな?


そう思わせるように仕向けているとか?


ハーツ様のお力を借りれば、その辺りは一気に盤上がひっくり返る気がする。

相手の娘がシトラールお兄様を好きになるなんて、朝飯前だ。


そのくらいの手伝いなら、ハーツ様は簡単にするだろう。


「ローレル殿下がシトラールに爵位を与えようと画策しているんだよ。で、その娘も貴族教育を受けることになっているから、完全に弄んでいるわけではないよ」


「え?」


マレイン様の言葉に、私は目を丸くした。


シトラールお兄様、爵位を与えられるの?

しかもマレイン様の言い方だと、その相手との結婚が決まっているように聞こえる。


私の知らない案件ばかりで混乱する。


「シトラールお兄様のお相手の方は、納得なさっているのでしょうか?」


恐る恐る尋ねると、マレイン様は笑った。


「納得というか、彼女はシトラールと結婚する気満々だよ」


その言葉を聞いて、本人が納得しているなら良いのかな、と思うことにした。


シトラールお兄様は悩んでいるようだけど。


「シトラールお兄様は、その方と結婚するのが嫌なの?」


「別に嫌ではない。……ただ爵位は要らない」


お兄様が悩んでいるのは、結婚ではなく爵位の方らしい。


確かにこれは、お兄様らしいと言えばらしい。


でも、ここまで聞いても、シトラールお兄様のお相手が全く分からない。

魔法研究をしている人らしいけど。


私たちの知り合いに、そんな人いたっけ?


疑問が深まる。

いくら考えても分からないまま。


これ以上悩むのは精神衛生上よくないので、直接聞くことにする。


「それで、お相手の方のお名前は?」


「……」


私の質問に、シトラールお兄様は視線を逸らす。


そんなに言いたくないのだろうか。

私に知られるのが嫌なのか?


「シトラールお兄様?」


これでは埒が明かないと、私は強めにお兄様の名前を呼んだ。


「……ラズベリー・ハーブ嬢、だよ」


静かに。


しかも、とても言いにくそうにシトラールお兄様は言った。


一瞬の静寂。


想像さえしていなかった名前を、こんなところで聞くなんて。


「ええええー?」


気がついた時には、私は叫び声を上げていた。

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