続編の公演も決定しているらしい……
王太子宮殿に戻ると、アンジェリカが笑顔で出迎えてくれた。
「いかがでしたか? 王妃様とのお茶会は」
私は王太子宮殿にある自分の執務室へ入ると、椅子にもたれかかるように座ってしまった。
自分でも行儀が悪いことは分かっている。
けれど、精神的に疲れているせいか、身体がとても重かった。
「楽しかったよ。王妃様のお茶会は。王妃様はお優しいし、気さくだし。お話も楽しいし」
私は答えた。
嘘ではない。
アンジェリカが何気なく聞いてきたことに、他意がないのは分かっている。
でも、少し早口になってしまった。
王妃様と話すのは楽しい。
これは紛れもない事実である。
ただ、問題なのは王妃様から聞かされた話題についてだ。
王妃様が善意で教えてくださったのは分かっている。
でも、内容が衝撃的すぎた。
私は思わずため息を吐く。
「ローレル様と私の結婚式の翌週から、国立歌劇場で歌劇が始まるんだって。アンジェリカは知ってた?」
とりあえず、私はアンジェリカに尋ねてみた。
「もちろん存じ上げておりますとも! 『青薔薇の賢妃』でしょう? チケットはすでに入手済みです!」
アンジェリカは、なぜか誇らしげに答えた。
私は頭を抱えたくなる。
アンジェリカのことだから、知っているとは思っていた。
でも、まさかもうチケットまで手に入れているとは予想外である。
「ヴィオレ様と観に行く予定なのです」
アンジェリカはご機嫌だった。
ヴィオレ様もご存じなのか……。
あと、この二人、何気に仲が良いよね。
共通の趣味でもあるのかな?
「……その歌劇の話が、私の耳に入ってこなかったのは何で?」
「? メリッサ様はご興味がないかと思いまして」
きょとんとした表情で、アンジェリカは答えた。
まるで当然のように。
確かに、他の演目ならそこまで興味はなかったかもしれない。
だからアンジェリカは話題にしなかったのだろう。
歌劇自体は好きだ。
でもチケット代は高いし、普通ならそこまでお金をかけてまで観に行かないと思う。
しかも国立歌劇場である。
値段も跳ね上がっているはずだ。
子爵令嬢だった頃なら、確実に観に行かなかった。
チケットを買うくらいなら、魔法改良に使える材料を買う。
もしくは流行している小説か、自分の小説の資料になる参考文献を買ってしまう。
アンジェリカは、私のそういうところをよく知っている。
クラリスが出ている歌劇なら、無理をしてでも一度は観に行くけれど。
普段なら行かなかったと思う。
それにしても、クラリスは本当に大快挙である。
女優の道に進んで、まだ一年。
それなのに国立歌劇場で主演女優を務めるなんて。
いつか、私の書いた小説が歌劇化したら、クラリスに演じてもらう約束をしている。
このまま輝かしい女優人生を歩むなら、私原案の歌劇には出てもらえなくなりそうだ。
そこは少し残念ではある。
「歌劇の公演は、ちょうどローレル様とメリッサ様が蜜月で離宮に籠もられる時期に始まります。観客の想像もさらに膨らみますし、人気が出ないはずがありません!」
アンジェリカは力説する。
しかも、はっきりと言い切った。
そんなアンジェリカを見て、ネリーさんが「こほん」とわざとらしく咳払いをした。
興奮しているアンジェリカを諫めているようだ。
想像が膨らむって、何の想像?
ハッピーエンドのその後を想像するということ?
「そして、もう続編も決まったようです。どんなストーリーになるのか、今から楽しみです」
「え? まだ開演していないのに、もう続編の公演も決まったの?」
私は驚いて聞き返してしまった。
目を見開く。
そんなことってあるの?
「それだけ国民から人気ということです」
ネリーさんが静かに続ける。
冷静になって考えれば、ベイリーフ王国の王太子と田舎の子爵令嬢の身分違いの恋である。
しかも実話と聞けば、貴族でなくても見てみたいと思うだろう。
実際は、婚約をすっ飛ばしたどころか、恋さえもせずに結婚しているのだけど。
一体どんなストーリーになっているのか。
想像もできない。
分かっているのは、恋愛要素がこれでもかと盛られているはずだということくらいだ。
でも、自分のことだと思わなければ、純粋に歌劇の演目として楽しめるかもしれない。
本来の事実は隠されるはずだし。
そう考えれば、少し気が楽になってきた。
「……ローレル様はご存じなのかな?」
私はふと思い出したように呟いた。
「もちろんでございます。仕掛け人はローレル殿下ですから」
何でもないことのように、ネリーさんが答えた。
まぁ、そうだとは思っていたけど。
だって国立歌劇場だ。
ベイリーフ王国で最も大きな歌劇場のはず。
しかも国立である。
ローレル様の耳に入っていないとは到底思えない。
もう本当に、ローレル様の手の上で踊らされている気分になる。
そして、最近ローレル様の性格が分かってきたので、そうなんだろうな、と納得してしまう自分もいた。
これは嫌がらせではない。
きっと、私に対するサプライズのような感覚なのだろう。
ローレル様はそういうお方だ。
さすがに二か月も一緒に生活していれば、相手の人となりは見えてくる。
でも、ローレル様は隠すことも得意だ。
バウム家の私でも、何を考えているのか分からない時がある。
そういう面では、少し面倒な人だと思う。
けれど、その面倒だと思えるところさえ、愛しいと感じてしまう矛盾。
多分、これが恋というものなのだろう。
でも、まだよく分からない。
ローレル様の言葉一つで嬉しくなったり、落ち込んだりしてしまう。
まだ恋の領域には入っていないのかもしれない。
それでも、今の状態は嫌いではなかった。
相手がローレル様だから。
他の人では、こんなふうには絶対にならないと断言できる。
しばらくは様子見、かな。
もしかしたら、これが愛になるのかもしれないし。
恋と愛の違いも分かっていない私は、本当に恋愛初心者なのだと認識した。
ローレル様は「好き」も「愛している」も、いつも言ってくださる。
私の気持ちが育つのを待ってくれているのも伝わってくる。
気がつけば、結婚式まであと二週間。
入籍を済ませてから、本当にあっという間だった。
生活の形も大きく変わったし、戸惑うことも多かった。
それでも、ローレル様は私の気持ちが追いつくまで待ってくれている。
本当に優しい方だ。
遅くとも、結婚式までには答えを出さなくては、ローレル様に申し訳ない。
王太子妃であることにも、自信はない。
不足している部分が多すぎる。
それでも、ローレル様は私を選んでくださった。
その期待には応えたい。
多分、私は歴代の王太子妃と同じ役目を求められているわけではない。
私には、私にしかできないことがある。
きっとローレル様は、そこを見込んでくださったのだ。
ローレル様は、口癖のように言う。
「メリッサはメリッサのままで良いんだよ」と。
きっと、そこに答えがある気がする。
歴代の王妃や王太子妃ができなかったことが、あるのかもしれない。
それを私に期待しているのだ。
強制されてできるものではない。
自分の意思でしなければいけないもの。
それが、私の中にきっとある。
自分で見つけるしかない。
ローレル様のお役に立ちたい。
お力になりたい。
お支えしたい。
ずっと未来で良い。
ローレル様が、私を選んだのは間違いではなかったと思えるように。
そして、胸を張ってローレル様の隣に立ちたい。
いつか、ローレル様に「メリッサに決めて良かった」と言ってもらえるように。
今は頑張るしかない。
私はそのことを、しっかりと胸に刻んだ。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




