コンプレックスとトラウマ
「パレードって何ですか?」
翌朝の朝食時。
私はローレル様に、ようやく気になっていたことを聞けた。
「? パレード?」
私の言葉に、ローレル様は一瞬驚いたように目を見開く。それから、少し首を傾げた。
昨夜あった隈は、綺麗になくなっている。
良かった、と安堵する。
でも、本当に眠れたのか。
それとも魔法で隈を消したのか。
ローレル様って、その手のことを隠すのが上手そうな気がする。なんと言っても、大国の王太子だし。
その疑問には、ちゃんと眠れたから隈は消えたのだと返事が来た。
ちなみにローレル様は、普段は四時間睡眠で十分らしい。
ショートスリーパーなので、それ以上眠ると逆に体調が悪くなるとのこと。
羨ましい。
ちなみに昨日は、夜中の二時頃に私のベッドへ潜り込んできたらしい。
本人は「無意識だった」と言っていたけど、怪しさ満載である。
だって、ローレル様の寝室と私の寝室は離れているのだ。
無邪気な笑顔で言われても信じられない。絶対に確信犯だと思う。
起きた時、私の寝顔を笑顔で見ていたし。
また、だらしない寝顔を見られた。
落ち込む。
ローレル様は、私の問いに少し間を置いてから口を開いた。
「ああ、結婚式の後のパレードのこと?」
「それです!」
私は即答する。
「大聖堂で結婚式を挙げたあと、王都を馬車で回るんだ。国民へのお披露目も兼ねてね。恒例行事だから、申し訳ないけど諦めて」
あっさり言われてしまった。
結婚式って、大聖堂で行われるんだ。
それも知らなかった。
大聖堂……行ったこともない。
どこにあるかは知っているけど、私には縁のない場所だと思っていた。
わざわざ王都以外からも、パレードを見るために民衆が来てくれるらしい。
王都観光も兼ねているのだろうけど。
そう言われると、「嫌です」とはとても言えない。
「……雨だったら困りますね」
私はぽつりと呟いた。
パレードって、雨だと中止になるのだろうか。
わざわざ王都まで来てもらったのに、中止になったら申し訳ない気がする。
「そこは大丈夫。天候を操れる魔法師が、その日だけ待機している予定だから」
ローレル様の言葉に驚く。
何でもないことのように仰ったけど、それって凄いことじゃないの?
天候を操れる魔法師なんて、初めて聞いた。
「まあ、それ以前に、歴代のパレードは全部晴天らしいよ。神様が祝福してくれるのか、今まで天候魔法師の出番はなかったみたいだし」
ローレル様はそう仰るけど、私は日頃の行いがそこまで良くない自覚がある。
神様、祝福してくれるかな。
ちょっと不安。
「それより問題は暑さ対策だね」
真剣な表情でローレル様は言った。
パレードが行われるのは基本的には春、三月か四月らしい。
そう言えば、ローレル様のお父様――国王陛下が即位なさった時もパレードがあった。
見には行っていないけど、噂はバウム領にも届いていた。
確か四月初旬だった気がする。
そして同時に、ローレル様が王太子になられた。
でも、私たちの結婚式は六月。
確かに異例の季節かもしれない。
六月は暑くなり始める頃だ。
ウェディングドレスは重い。
装飾品も多い。
汗をかくのは確実である。
考えただけで気が重い。
ローレル様の正装も、長袖できっちりしていて暑そうだし。
勲章も付けるはずだ。
そんなことを考えていると、ローレル様が安心させるように微笑んだ。
「有り難いことに、メリッサの専属侍女が氷魔法の使い手だから助かるよ」
アンジェリカは氷魔法の使い手だ。
学生時代も、夏はさりげなく氷魔法を使ってくれて快適に過ごせた。
しかもアンジェリカは、氷魔法を攻撃と防御の両方で極めた天才である。
普通は血統魔法の中でも得意な属性魔法は、攻撃か防御のどちらかに偏ることが多いらしい。
しかも、それを隠していない。
本人曰く、「公言している方が下手に手を出されないから」らしい。
そこまで考えていることも凄いと思う。
でも、アンジェリカの負担が大きいのではないかと不安になる。
ローレル様曰く、アンジェリカは「間近でパレードを見られるので嬉しい」らしいけど。
きっと警護も兼任するはずだ。
無理はしてほしくない。
私は突飛な魔法が使えない。
魔力量が少ないから。
思わず、自分の短めの髪に触れてしまう。
貴族令嬢として許されるギリギリの髪の長さにしている。
髪が長いと手入れも面倒だし、一番の理由は魔力量の少なさを表している黒に近い茶色であることが嫌いだから、髪を伸ばしたくはない。
黒に近い茶髪も黒い瞳も悪い意味で目立つ。
表立って何かを言われたことはないけど。
私の気にしすぎかもかもしれない。
もう少し魔力量が多かったら。
もっと自衛できる魔法も使えたのだろうな。
試してみたい魔法はたくさんあるのに。
悔しい。
「メリッサの髪と瞳は、本当に綺麗だよね」
愛おしそうに、ローレル様が言った。
「え?」
そんなこと、誰からも言われたことがない。
驚いて私は顔を上げた。
ローレル様の周りには、魔力量の多い人ばかりいる。
こんな黒に近い茶髪と黒い瞳の人間なんて、ほとんどいない。
珍しいだけだ。
「ずっと見ていたくなるよ」
にっこりと微笑みながら、ローレル様は続けた。
思わず頬が熱くなる。
「……結構、コンプレックスなんですよ。私にとって、この髪と瞳」
少し拗ねながら私は言った。
平民でも、ここまで黒い色は珍しい。
つまり、それだけ魔力量が少ないということだ。
下位貴族の末娘とはいえ、この魔力量の少なさは悲しかった。
「……メリッサにもコンプレックスがあったんだ。意外だ」
本当に驚いたようにローレル様は呟く。
ローレル様は、私を何だと思っているのだろう。
コンプレックスの塊ですよ、私は。
「何でも出来るローレル様には、私の気持ちなんて分かりませんよ」
少しやさぐれた言い方になってしまった。
でも、本当のことだ。
ローレル様って、出来ないことがない気がする。
「私にだってあるよ」
ローレル様は肩を竦めた。
私は目を見開く。
えー。
ローレル様にコンプレックス?
めちゃくちゃ気になる。
「好きな娘に、ずっと微塵も異性として興味を持たれなかったからね。あれはトラウマだよ」
私を真っ直ぐ見つめながら、ローレル様は笑った。
でも、目は笑っていない。
私は咄嗟に視線を逸らした。
……もしかして、私のことですかね?
確かに異性としては意識していませんでしたけど。
だって、相手は王太子だよ?
私は田舎の貧乏子爵家の末娘だよ?
「……とても素敵な方だとは、思って……おりました、よ?」
視線を逸らしたまま、私は答える。
言葉が細切れになってしまった。
嘘ではない。
やばい。
ローレル様の顔が見られない。
「それは、この国の王太子としてだよね? 異性としては、全く私のことをメリッサは意識してなかったよね?」
ローレル様が追撃してきた。
全くその通りだった。
「不敬になるかと……思って、おりました」
私はロボットみたいな喋り方で答えた。
これも嘘ではない。
それに、私は平民になるつもりだった。
だから、ローレル様に恋をしても意味がないと思っていた。
「まあ、いいけど……。これからメリッサには、嫌でも意識してもらうから」
ローレル様が断言する。
その言い方、怖い。
というか。
現段階で、かなり意識させられてますよ、ローレル様。
私の心を見透かしたように、ローレル様は満足そうに笑っていた。
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