何気ない未来の話
アニスが来城した日の夜。
私はパレードの件を聞きたくて、ローレル様の帰りを待っていた。
しかし、その日は仕事が遅くなると、黄色の薔薇のブーケとともに手紙が届いた。
相変わらず、ローレル様はマメである。
毎回、手紙と一緒に薔薇のブーケが送られてくる。
しかも、とても心のこもった謝罪文が便箋三枚ほどに綴られているのだ。
私に長々と手紙を書く時間があるなら、公務を優先してほしい。
もしくは、その時間で少しでも休憩を取っていただきたい。
それが本音だった。
パレードの件だって、本決まりなのだろうから確認として聞きたいだけだ。
急ぎではない。
このところ、ローレル様は本当に忙しそうだった。
結婚式までは一か月を切っているし、しなければならない仕事も山ほどあるのだろう。
王太子宮殿の執務室にも大量の書類を持ち帰ってきていると聞いている。
普段は夕方に私とディナーを食べ、その後は二時間ほどお茶を飲みながらお喋りをする。
忙しい中、私との時間を取ってくださっているのは嬉しい。
でも、その分、ローレル様の体調が心配だった。
何でも出来る方だとは知っている。
けれど、無理をしすぎているのではないかと思ってしまう。
そして、各々に割り振られた寝室で眠る。
それが最近のルーティンだった。
私はお風呂に入ったあと、小説の構成を考えたり、少しだけ執筆したりして、そのまま眠る。
でも、ローレル様は違う。
お風呂を済ませたあとも、夜遅くまで書類と向き合っているのだ。
ローレル様の睡眠時間は極端に少ない。
正確には聞いたことがないけれど。
私は八時間は眠りたいタイプの人間である。
そうしないと翌日に響く。
執筆や魔法改良に夢中になっている時は別だけど。
ローレル様は、内容によっては一つの書類に何時間もかけているようだった。
国政の仕事なのだから、精査に時間がかかるのは当然なのだろう。
それでも、あまり働きすぎるのは身体によくない。
最近は、ローレル様の目元にも隈が見えるようになってきた。
かなり無理をしているのだと思う。
私で良ければ、手伝うのに。
もちろん国政の仕事は分からない。
でも、書類整理くらいなら出来ると思う。
……その程度しか出来ないけれど。
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眠っていたのに、ふと目が覚めた。
温かいものに包まれていたから。
最初は夢かと思った。
私はうっすらと瞳を開ける。
そこには、綺麗な顔をしたローレル様がいた。
ローレル様が、私を抱きしめて眠っていたのだ。
一気に目が冴える。
え?
ここ、私の寝室だよね?
薄く灯された明かりを頼りに室内を見回す。
間違いなく私の寝室。
今まで、こんなことはなかった。
ローレル様が私のベッドに潜り込んでくるなんて。
なんで?
どうして?
寝起きで回らない頭で考えるけれど、答えは出ない。
そして、ローレル様の目元には酷い隈が出来ていた。
少しやつれている気もする。
朝、一緒に朝食を摂った時には気づかなかった。
ローレル様は、一体どれだけ仕事が忙しいのだろう。
「……ん? ごめん、メリッサ。起こした?」
いつもより張りのない声で、ローレル様が言った。
少し声も掠れている。
どうやら、本当に眠っていたらしい。
「いえ、大丈夫です」
私は何とか答える。
本当は大丈夫ではないけど。
ローレル様に抱きしめられていて、心拍数が大変なことになっている。
でも、とても疲れているローレル様を前にすると、それは些細なことに思えた。
薄暗い室内でも、ローレル様の顔色の悪さが分かる。
熱はなさそうだけど。
これは極度の過労ではないだろうか。
私がいたら、ゆっくり休めないのではないかと思い、そっとベッドを抜け出そうとした。
けれど、すぐにローレル様に引き戻される。
目は閉じたままなのに。
「メリッサ、どこに行くの?」
「私がいたら、ローレル様がゆっくり休めないのではないかと思いまして」
私は正直に答えた。
疲れている時は、一人で眠った方が身体は休まるはずだ。
「メリッサがいてくれないと、安心して眠れない」
間髪入れずにローレル様は返してきた。
そして、抱きしめる腕の力を強める。
「……苦しいですから、少しだけ腕の力を緩めてください」
「……どこにも行かない?」
不安そうにローレル様が聞き返してくる。
「はい、どこにも行きませんよ」
私はゆっくりと答えた。
「……良かった」
安堵したように、ローレル様が呟く。
「今夜は一緒に食事が出来なくてごめん」
「大切なお仕事をなさっているのは分かっています。だから、謝らないでください」
本来なら、私もお手伝いできれば良いのに。
その立場にいるのに。
不甲斐ない自分が少し嫌になった。
「メリッサが側にいてくれるから、頑張ろうって思えるんだ」
「え?」
ローレル様の言葉に驚く。
もしかして、寝ぼけているのかもしれない。
「でも、さすがに毎日一時間弱の睡眠を三日続けたら疲れたよ」
私は思わず目を見開いた。
一時間弱の睡眠を三日?
それは疲れるに決まっている。
「メリッサといると癒される……」
……。
ローレル様が癒されるのは良いことなんだろうけど。
私の心臓は持ちそうにありませんが!
ドキドキしっぱなしです。
でも、少しでも役に立てているのなら嬉しいと思う自分もいた。
早くこの生活に慣れて、ローレル様のお仕事を少しでも手伝えるようになれたら。
どこまで出来るかは分からないけど。
「……この部屋」
「え?」
相変わらず目を閉じたまま、ローレル様が何かを思い出したように口を開く。
いつもの凛とした口調ではなく、どこか儚げでゆっくりとした声だった。
やっぱり、少し寝ぼけているのかもしれない。
「この部屋、結婚式が終わったら改装しよう……」
「……改装ですか?」
意味が分からず、私は聞き返した。
室内を見回しても、改装しなければならないような場所は見当たらない。
十分すぎるほど素敵な部屋なのに。
「この部屋、日当たりが良いから」
「はい……そうですね」
昼間はとても日当たりの良い部屋だ。
でも、それがどうしたのだろう。
「子供部屋に丁度良いと思うんだ……」
「へ?」
最初、意味が理解出来なかった。
「……子供、部屋」
私は無意識に繰り返していた。
そして、ようやく理解する。
それは――ローレル様と私の子供の部屋、という意味だと。
理解した瞬間、顔が一気に熱くなった。
そうか。
私って、ローレル様の妃なんだった。
当然、いつかはローレル様の跡継ぎを産まなくてはいけない。
今まで、そんなこと考えたこともなかった。
結婚式まで、あと一か月を切っている。
その事実が、不意に現実味を帯びて胸に迫ってきた。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




