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王太子夫妻の出会いの記事



アニスが帰った後、私は改めてアンジェリカのスクラップブックを開いた。


「……アンジェリカ様、もう少しだけ読ませてもらっても良い?」


「もちろんでございます。私の自信作ですから」


アンジェリカは胸を張って答える。


アンジェリカとアニスは、趣味みたいにスクラップブックを作っていると言っていたけど。

……他にはいないよね?

お願いだから、いないと言って。


私はとりあえず、ローレル様と私の“出会い”について書かれた記事を読むことにした。


どうやら、ローレル様が十二歳の時に私を見初めたことが始まりらしい。

確かに、初めてお会いしたのはその頃だった。


そこで私の博識ぶりに感銘を受けたそうだ。


……博識ぶり?

何の話?


それ、本当に私のこと?

誰かと間違えていない?


だって、ローレル様と初めてお会いした時、私はイーズ侯爵家でシトラールお兄様と喧嘩していた。


しかもベッドの上で。

出会いは最悪だったはずだ。


そんな場面で見初められる要素なんてない。

思わず真顔になる。


それから、ローレル様はずっと私へ想いを寄せていたらしい。

……だから、あり得ないって。


魔法学園で三年間同じクラスになり、ローレル様は私への想いを再認識。

さらに、他の令息が私へ近づかないよう牽制していたとのことだった。


ローレル様が牽制?

いや、単純に私へ寄ってくる令息がいなかっただけでは?


しかも私は、シトラールお兄様と大体一緒にいたし。


さらに記事には、


“優秀で、誰にでも優しく、天真爛漫なメリッサ嬢”


と書かれていた。


……私、優秀でもなければ、天真爛漫でもない。

あと、多分そんなに優しくもない。


そしてローレル様は、私の名誉を守るため、魔法学園在学中はあえて距離を置いていたらしい。


いや。

普通に会話する機会がなかっただけでは?


そんな感じで、私は延々と心の中でツッコミを入れながら記事を読み進めた。


うん。

かなり話が盛られている。


そもそも前提がおかしい。

私がローレル様に見初められる要素なんて、どこにあるのだろう。


しかも当時、ローレル様の側には麗しのローズマリー・トスカナ公爵令嬢がいた。

誰だって、そちらを本命だと思う。


もし万が一、ローレル様が私に興味を持っていたとしても、それは絶対に“おもしれー女”枠だ。


……それ、嬉しくない。

“おもしれー女”は、“見初めた”とは違うだろう。


記事によると、私が卒業後にバウム領へ帰る予定だったため、ローレル様は私と離れるのが耐え切れず結婚へ踏み切ったらしい。


婚約では駄目だった。

誰かに取られる可能性があったから、と。


……私の意思は?

その辺りは一切触れられていない。


でも、完全な嘘でもない。


十二歳で出会った。

魔法学園で三年間同じクラスだった。

卒業後、私はバウム領へ帰る予定だった。


そこは事実だ。

だからこそ、妙に信憑性がある。


事実と創作を混ぜて、綺麗な恋物語に仕立てているのだ。

……これ、絶対にローレル様の仕込みだよね。


私を悪く書いた記事は一切ない。

徹底している。


普通なら、


“貧乏子爵家の娘が手練手管で王太子を籠絡した”


とか書かれそうなのに。


私はしてないけど。

でも、そっちの方が絶対に新聞は売れる。


こんなセンセーショナルな話題、他にないだろうし。


さらに、記事にはこう書かれていた。


幼い頃から優秀だったこと。

少ない魔力量で魔法改良を重ねたこと。

バウム領を豊かにしたこと。

領民から聖女のように慕われていたこと。


まで書かれていた。


……聖女?


いやいやいや。

そんな扱いされたことないから。


私はただ、“領主の家の末娘”として認識されていただけだ。

年配の方々からは“メリッサ嬢ちゃん”と呼ばれていたし。


確かに文字を教えて識字率を上げたことは感謝された。

食べられる緑薔薇や赤薔薇は喜ばれた。


青薔薇に関しては賢妃として素晴らしいと長々と書かれていたので読み飛ばす。

恥ずかしすぎて読みたくない。



でも、他の魔法改良なんて、途中からレーモンお兄様へ丸投げしていたし。


この記事、本当に良いことしか書いてない。


なんなの、これ。

発信源はどこ?


……やっぱりローレル様?


私は大きく深呼吸した。


間違いない。

完全にローレル様の仕込み案件だ。


しかも恋愛小説みたいな流れで書かれている。


そりゃ、民衆受けするだろう。

みんな、こういうの好きそうだし。


なんだか、自分が恋愛小説の登場人物になったみたいで、かなり恥ずかしい。


でも。

こんな記事でも出さないと、王太子殿下が“しがない子爵令嬢”と結婚した理由として納得されないのだろう。


そこで、私はひとつの恐ろしい可能性へ辿り着く。


……これ、歌劇化とかされないよね?


記事だけで、ひとつの恋愛物語として完成してしまっている。

恐怖しかない。


それより、今は。


「アンジェリカ様。パレードの話、聞いてる?」


私はスクラップブックを返しながら尋ねた。


「結婚式後に王都を馬車で回るのでしょう? 王族の伝統的なお披露目ですね。歴代の王太子殿下方も皆さまなさっていますし、他国でも似たようなものです」


アンジェリカは当然のように答える。


……伝統儀式。

つまり、断れない。


異議を唱えることもできない。


本来なら、私は“見る側”だった。

それが今度は、“見られる側”である。


……嫌だなぁ。

思わず本音が漏れた。


完全に見世物では?


でも、王族としての義務なのだろう。

今まで王太子妃らしい仕事をしていないのだから、それくらいは果たさなくてはいけない。


理屈では分かる。

でも、嫌なものは嫌だ。


ちゃんと笑顔でいられるだろうか。

途中で顔が引きつりそう。


「……パレードって、どのくらいするのかな?」


恐る恐る尋ねる。


「三時間ほどの予定になっております。王都の大通りを一周するだけですので」


アンジェリカは淡々と答えた。


完全にスケジュールが組まれているんですね!?


しかも、当事者の私へまだ詳細が届いていない。

……絶対、ギリギリまで隠すつもりだ。


現にアンジェリカは涼しい顔をしている。

つまり、知っていて黙っていたのは確定である。


他にも、私が知らないだけで決まっていることが山ほどある気がしてきた。


お願いだから、目立つこと以外にして欲しい。


……いや。

王族で“目立たないこと”って何?


即座に否定の言葉が脳内へ浮かぶ。


しかも王太子の結婚式。

他国からの来賓も当然いるだろう。


……私、礼儀作法は大丈夫かな。

王太子妃になったのに、その辺りの教育、正式には受けてないんだけど。


本当に大丈夫?

不安しかない。


この二か月と少しで、ローレル様も王宮の使用人たちも、私の性格をかなり理解してきている。

アンジェリカやシトラールお兄様は昔から知っているけど。


「疑問があるのでしたら、今夜ローレル殿下へ直接お聞きになったらいかがですか?」


一人で悶々としていた私へ、アンジェリカが提案した。


確かに、今のアンジェリカでは答えられないこともあるだろう。


「……うん、そうする」


それが一番なのだろう。


結婚式まで、あと一か月を切っている。

……私、ちゃんと花嫁できるのかな。



ドレスの裾を踏んだり。

ヒールで躓いたり。


普通にやりそう。


当日は体調壊さないようにしなくては。

今からお腹が痛くなってきた。


それが、今の私の最大の懸念事項だった。

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