リモネンの困惑(リモネン・バウム視点)
黙ったままのアレックス様を前に、私は頭の中で疑問を整理する。
現在、私の頭の中は疑問だらけ。
まず、アレックス様が私を送ろうとしていること自体がおかしい。
私の記憶が確かなら、アレックス様はローレル殿下の側近ではなく、宰相補佐として働いているはずだ。
命令系統が違う。
私を送るという発想を宰相様がなさるとは思えないし、これは間違いなくローレル殿下の指示なのだろう。
そして、送る先がイーズ侯爵家というのも意味が分からない。
なぜイーズ侯爵家?
本当に意味が分からなかった。
「あの……なぜイーズ侯爵家へ行かなくてはいけないのですか?」
とりあえず、私はアレックス様へ尋ねた。
イーズ侯爵家はバウム子爵家の遠縁で、私も親しくさせていただいている。
ヴィオレ様は妹のように可愛いし。
ハーツ様のことも、もう一人の弟のように感じてはいる。
「それは……」
アレックス様は顔を上げ、口を開く。
だが途中で言葉を切った。
「馬車の中でご説明します」
それだけ言って、アレックス様は歩き出す。
……これは大人しくついて行くしかなさそうだ。
きっと他人には聞かせられない内容なのだろう。
ローレル殿下が関わっているという予想は外れていない気がする。
けれど、一体何を考えておられるのか、私にはまるで見当もつかなかった。
「……トスカナ小公爵様、お仕事はよろしいのですか?」
私は躊躇いがちに尋ねた。
まだ仕事が終わる時間ではないはずだ。
それに王太子殿下の結婚式目前で、忙しくないわけがない。
「アレックスとお呼びください。シトラールにもそう呼んでもらっていますから」
極上の笑みを浮かべ、アレックス様は答えた。
……シトラールが?
バウム子爵家の中でも弟のシトラールはかなり慎重派だ。
そんな彼が名前で呼ぶということは、それだけ信用しているということなのだろう。
少し珍しいと思ってしまう。
「僕は勝手にリモネン嬢と呼ばせていただいていますし」
そう言われて、私はようやく気がついた。
確かに、名前で呼ばれることに疑問を抱いていなかった。
名前を呼ばれることに嫌悪感もない。
アレックス様に他意を感じないからかもしれない。
メリッサが結婚してから、私への態度を露骨に変えた人間は多かった。
必要以上に私や私の家族を持ち上げようとする人たち。
まぁ、王太子妃の姉になってしまったのだから、仕方ない部分もあるのだろう。
でも、アレックス様はそういう人たちとは違う気がした。
そもそも筆頭公爵家の嫡男なのだから、私を持ち上げる必要などない。
……ただ。
アレックス様の妹君は、以前ローレル殿下の婚約者筆頭候補と言われていた。
メリッサをよく思っていなくても不思議ではない。
もしかして、アレックス様はメリッサの姉である私に危害を加えるつもりなのでは――。
そんな考えが頭をよぎる。
もちろん可能性は低い。
けれど、ゼロではない。
もし本当にローレル殿下の指示で動いているのなら?
思考が堂々巡りになる。
……もし、アレックス様が私に危害を加えようとしたら。
返り討ちにするしかない。
現在のバウム家で、一番体術に優れているのは私だ。
アレックス様はもちろん、他の貴族も知らないはず。
そして、私の得意魔法も。
ただ問題は、どこまでが正当防衛で、どこからが過剰防衛になるのか分からないことだった。
しかも相手は高位貴族。
その辺りが難しい。
まぁ、下位貴族の令嬢に反撃されて怪我をしたなど、恥ずかしくて軽々しくは言えないだろう。
貴族としての面子もある。
「リモネン嬢は、この三年でさらにお美しくなられましたね。想像以上で驚きました」
私が考え込んでいると、アレックス様が口を開いた。
理解するまで少し時間がかかる。
その口ぶりだと、まるで魔法学園在学中から私の顔をご存知だったように聞こえた。
「あの……アレックス様は、私のことをご存知でしたの?」
「もちろんですよ。レーモン卿とは少し交流がありましたし、リモネン嬢のことも存じ上げておりました」
爽やかな笑みと共に返答される。
嘘を言っているようには見えない。
……それより。
アレックス様、レーモンとも交流があったの?
私は何も聞いていない。
まぁ、レーモンは双子の私にも全てを話す人ではない。
だから不思議ではないのだけれど。
もし問題がある相手なら絶対に、私に注意していたはずだ。
「……交流とは、どのような?」
問題はそこだった。
レーモンは、相手が誰であれ基本的に距離を取る。
本当に交流していたのか怪しい。
「剣術を少々。まったく歯が立ちませんでしたけどね」
「え?」
思わず声が出た。
レーモンは剣術の授業では手を抜いていたはずだ。
それなのに腕前を知っているということは、本当に交流があったのだろう。
しかも、レーモンが本気を出したということになる。
……つまり。
レーモンはアレックス様を見込みがある相手だと判断したのだ。
本来なら、筆頭公爵家の嫡男になど近づかない。
バウム子爵家の嫡男として。
それでも交流を持った。
つまり、それだけレーモンはアレックス様を気に入っていたのだろう。
シトラールが名前で呼んでいる話にも、急に信憑性が出てきた。
「申し訳ありません。私、何も存じ上げなくて」
私は素直に答えた。
やがて馬車乗り場へ到着する。
そこには王家の馬車が用意されていた。
え?
王家の馬車に私が乗るの?
今日、王城に来るときはバウム子爵家のタウンハウスから時間をかけて辻馬車に乗ってきたのだけど。
そんな私が王家の馬車に本当に乗るの?
乗ってもよいの?
疑問が頭の中で高速回転している。
アレックス様は迷わず、その前へ向かう。
「予定通り、イーズ侯爵家へ」
御者へそう告げると、私へ手を差し出した。
とても自然で優雅な動きだった。
「リモネン嬢、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
慣れない行為に戸惑いながらも、私はその手を取る。
アレックス様の行動に、私の緊張感が増してしまう。
そして王家の馬車へ乗り込んだ。
……本当に私が乗ってよいのか、不安になる。
続いてアレックス様も乗り込み、扉が閉まった。
え?
……二人きり?
私は驚いた。
アレックス様の従者か侍女が絶対に同席するものだと思っていたから。
まさか未婚の男女が二人きりで馬車に乗るなんて。
確か、アレックス様にはまだ婚約者はいなかったはず。
内心パニックになっている私とは対照的に、アレックス様は穏やかな笑みを崩さない。
さすが高位貴族。
……もしかして、私が王都を離れていた間に貴族社会の常識が変わったの?
そんなわけない。
アレックス様はとても目立つ。
ただ、私は認識阻害の魔法をかけている。
だから、この馬車に乗っているのが私だと特定される可能性は低い。
……低いだけで、ゼロではないけれど。
お願い。
私だと特定されないでと、祈るしかない。
「リモネン嬢と、こうしてお話できるなんて感激しています」
アレックス様は本当に嬉しそうに言った。
「そう、ですか」
私はそれだけ返すので精一杯だった。
他に返しようがない。
それに私は、笑顔を保つことだけで必死だった。
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