天蓋付きのベッド
とてもふわふわしたベッドで、私は眠っている。
いつの間に寝てしまったのだろうか?
でも、すごく肌触りの良いシーツ。
温かくて幸せ。
とてもふかふかで――いつまでもこのままでいたい。起きたくない。
ほのかにバラの香りが漂っている。
お母様が、飾り気のない私の部屋を見かねて青いバラを飾ってくださったのかな?
たまには、こういうのも良いかも。
薔薇のよい香りのおかげでよい夢を見れそうな気がする。
何よりとてもリラックスできる。
今度の小説にも青薔薇の小ネタを入れようかな。
それとも別のネタにする?
どんなストーリーが良いだろう?
まだまだ書きたい物語はたくさんあるし。
次はミステリー要素を強くした恋愛ものが良いかもしれない。
そんなことを夢うつつで考えていると、一つの疑問が浮かび上がってきた。
――あれ?
そういえば、私はまだバウム領には帰っていないはず。
昨日はいきなり王宮に呼び出されて――。
国王陛下、王妃様、王太子殿下、さらには国家の重鎮と思われる高位貴族の前で……
そこで、婚姻証明書にサインをしたんだ。
ローレル殿下と私の結婚証明書。
私のサイン以外は全て記入済みの書類だった。
途端に気が重くなる。
私はうっすらと目を開けた。
視界に入ったのは、天蓋。
初めて見る天蓋付きのベッドだった。
……あれが夢だったら良いのに。
とにかく、今は状況確認が先だ。
むしろ、こっちも夢であってほしい。
周りを見たいのに、なぜか視線を動かすのが怖い。
それでも意を決して、肘に力を入れて起き上がろうとする。
――が、起き上がれない。
え?
何これ?
驚いた、その時。
「おはよう、メリッサ嬢」
寝起きのような低い少し掠れた男性の声。
私は反射的に顔を向けた。
「っ!!」
思わず息を呑む。
そこにいたのは――ローレル殿下だった。
しかも。
ローレル殿下は、私を抱き締めている。
ベッドの中で。
……え?
何これ?
どういう状況?
理解が追いつかない。
まず、同じベッドに寝ている時点でおかしい。
さらに、そのローレル殿下に抱き締められているとか――
「お、おはようございます?」
とりあえず挨拶を返す。
噛んだけど。
ローレル殿下は目を閉じたまま、くすりと笑った。
笑い事ではないのですが。
寝起きの姿。
少し掠れた声。
……色気がすごいんですけど!
(なんで、なんで、なんでー?)
どうして、私はローレル殿下と一緒に寝ているの?
混乱して当然だと思う。
それよりも。
寝癖とか、よだれとか、大丈夫?
私、本当に大丈夫?
そっと自分の状態を確認する。
服は着ている。
身体に違和感もない。
……よし、最悪の事態は回避されているみたいだ。
この服に着替えた記憶はないけど。
ローレル殿下が私をこの夜着に着替えさせた……?
いや、それはないと信じたい。信じます。
室内には仄かな灯り。
窓の外はまだ暗い。
夜明け前、といったところだろうか。
昨日は長時間の極限状態だった。
父と帰ろうとしたら。
「君はもう王太子妃なのだから王宮で暮らすんだよ」
と言われて、そのまま別れた。
父、納得し過ぎじゃない?
それとも、私は父に見捨てられた?
そうじゃないと思いたい。
その後、私は馬車に乗せられ、王太子宮殿へ。
「ここが君の部屋だよ」と言われて、いくつもの部屋を案内された。
広すぎる。
寝室、居間、執務室、サロン、衣装部屋――
……理解が追いつかない。
現実を直視できず、脳が処理を拒否したのだと思う。
お茶を飲んでいる途中から記憶がない。
薬を盛られた訳ではない。
変な味はしなかった。
そもそも私は毒耐性あるし。
多分このベイリーフ王国で一番毒耐性に強いのがバウム家だったりする。
公言してはいないけど。
生まれながらに強い毒耐性を持っているのだ。
だから、毒ではない。
ただ、疲れて寝た。
それは分かる。
――でも。
それよりも。
重要なことがある。
「あ、あの……どうして私は殿下と一緒に寝ているのでしょう?」
恐る恐る尋ねる。
「昨夜は新婚初夜だからね」
ローレル殿下は、何でもないことのように言った。
「確かに婚姻証明書にはサインしましたが……」
「教会にも王宮の記録課にも、昨日のうちに受理された。問題はないよ」
いや、そういう話じゃない。
でも受理されたんだ……。
もう後戻りできない。
「朝、早いね」
「え?」
「もう少し寝よう」
そう言って、私を抱きしめる腕に少しだけ力がこもる。
近い。
息が触れそうな距離。
そのまま、ローレル殿下は再び静かな寝息を立て始めた。
……器用すぎる。
私はそっとローレル殿下を見つめる。
やっぱり整った顔。
でも――目の下には隠しきれない隈。
ローレル殿下は忙しいのだろう。
王族としての務め。
昨日までの学園生活。
常に首席。
魔法、剣術、馬術、すべてにおいて一番。
物腰も柔らかく、誰に対しても平等に接する。
生徒会長もしていたし。
本当に非の打ち所のない人。
魔法学園では絶大な人気を誇っていた。
これだけの人だから人気がないはずがない。
男女、年齢を問わず、とても人気があったのだ。
流石王太子殿下だと感心していた。
それにも関わらず……。
そして卒業直後に――私との結婚。
婚約すら飛ばして。
意味がわからない。
……もしかして。
一つの疑問が脳裏に浮かぶ。
面倒な手続きを減らすために?
忙しいから?
本当は、好きな人と結婚したかったのでは。
申し訳ない気持ちが胸に広がる。
私がいなければ。
「……メリッサ嬢?」
気がつけば、ローレル殿下が目を開けていた。
目が合う。
そして――
嬉しそうに微笑む。
こんな顔、初めて見た。
いつも凛とした姿しか見ていなかったので、心臓が大きくはねた。
心拍数がすごいことになっている。
「朝までもう少しある。メリッサ嬢は聞きたいこともあるだろう」
穏やかな声。
「起きたら、ちゃんと全部、答えるよ」
私は小さく頷いた。
聞きたいことは、山ほどある。
でも。
――少しだけでいいから。
この人の負担を減らしたい。
そんなことを思いながら、私は再び目を閉じた。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




