心臓に悪い朝
朝、目を覚ますと。
そこには神々しいほど整ったローレル様の顔があった。
しかも極上の微笑み付きである。
心臓に悪い。
本当に止まるかと思った。
絶対に慣れることはない気がする。
「おはよう、メリッサ」
「……おはようございます、ローレル様」
私はなんとか反射的に挨拶を返した。
でも、疑問は消えない。
ローレル様はいつから起きていたのだろうか。
まさか、その間ずっと私の寝顔を見ていた……?
違うと思いたい。
寝顔は自分でも確認出来ない。
そこが怖い。
変な顔してないと良いけど。
無意識に顔を両手で押さえる。
顔、浮腫んでいるかもしれない。
「申し訳ありません、少し寝過ごしてしまったようです」
誤魔化すように、私はベッドから起き上がりながら言った。
窓の外を見る限り、そこまで遅い時間ではない。
……昨夜は早めにベッドへ入ったのだった。
しかも、ローレル様と一緒に。
いつ眠ったのか、ほとんど記憶がない。
昨夜のことを思い出してしまい、顔が一気に熱くなる。
それよりも、私は確認しなければならないことがあった。
「ローレル様は昨夜、ちゃんと眠れましたか?」
これは絶対に聞いておかなくてはいけない。
将来、国を担う方なのだから、休息は必須だ。 私と一緒にいることで眠れないなどという事態は許されない。
ローレル様のお仕事は、それほど重要なのだから。
「ゆっくり休めたよ。いつも以上にね。メリッサの寝顔を見られるのは、私の元気の源だから」
ローレル様は嬉しそうに答えた。
確かに目元に隈はない。
でも――やっぱり寝顔を見られていた!
嫌すぎる……。
泣きたい。
「これからも毎日一緒に寝たいけど、我慢できそうにないから残念だね」
ローレル様がため息混じりに独り言のように呟く。
……何を我慢するの?
怖くて聞けない。
私は聞かなかったふりをした。
「でも、メリッサと一緒に寝ると癒されるのは本当だよ。よく眠れるし」
そう言いながら、ローレル様は私を抱きしめてくる。
「っ!」
不意打ちはやめて下さい。
悲鳴を上げなかった私を褒めてほしい。
「メリッサはちゃんと眠れた?」
「は、はい」
なんとか答える。
途中で目を覚ますこともなく、朝までぐっすり眠れたのは事実だった。
……これ、私の神経が図太いだけでは?
その疑惑は拭えないけど。
そして気づけば、ローレル様が私のおでこに自分のおでこを当てていた。
近い。 美しいお顔が近い!
朝から心臓に悪すぎる。
「うん、熱は下がっているね。でも昨日は魔力切れを起こしたんだから、今日はゆっくり休んでいること。いいね?」
額を合わせたまま、ローレル様は念を押してくる。
正直、魔力切れもかなり回復している。
でも、反論できる雰囲気ではなかった。
「返事は? メリッサ」
「……はい」
これ以外の返答は許されなさそうだった。
ローレル様は満足したように微笑み、私の唇へ軽くキスを落とす。
心臓が跳ねた。
慣れない。
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ローレル様は当然のように寝室で私と一緒に朝食を摂ったあと、執務室へ向かった。
私は思わず大きなため息を吐く。
魔力切れも発熱も落ち着いたけれど、精神的には凄く疲れた気がした。
改めて考える。
ローレル様と私は夫婦なのだ。
……やっぱり実感がない。
「首元、跡がございますが隠されますか?」
紅茶を淹れながら、アンジェリカがさらりと尋ねてきた。
最初は意味が分からなかった。
アンジェリカは自分の首元を指差す。
そこで、私は昨夜のことを思い出した。
「あっ!」
思わず大きな声が出る。
昨夜、ローレル様に口づけを落とされた場所だ。 あの時、少しだけ痛みがあった。
……跡を残されたのだ。
私は思わず枕に顔を埋めた。
恥ずかしすぎて、アンジェリカの顔を見られない。
シーツを頭までかぶる。
「そのままになさいますか?」
アンジェリカがさらに聞いてくる。
そのままになんて出来るわけがない。
どれくらいで消えるのだろう。分からない。
そうだ、魔法で――。
「今日は魔法を使わないでくださいね」
アンジェリカが即座に釘を刺してきた。
完全に見透かされている。
……絶対にローレル様からも指示が出ている。
「か、隠したいです……」
半泣きになりながら、私は答えた。
ゆっくりとシーツから顔を出して起き上がった。
これ以上、隠れていても状況は変わらないのだから。
アンジェリカは最初から用意していたらしいスカーフを取り出し、手際よく首元へ巻いてくれる。
「ありがとう……」
「いえいえ。無理強いはされていないのですよね?」
笑顔で確認され、私はさらに顔が熱くなった。
恥ずかしすぎて声が出ない。
だから何度も頷く。
「それなら良いです」
アンジェリカは安心したように言った。
「良くないよね?!」
私は思わず反論してしまう。
見える場所に跡をつけられるなんて、良いわけがない。
……ローレル様、絶対にわざとだと思う。
最近、少しずつローレル様の本質が分かってきた気がする。
今回は私を外へ出歩かせない意味もあるのだろう。
……確かに、私はじっとしているのが苦手だけど。
そんな私をアンジェリカは楽しそうに見ている。
笑い事ではない。
私にとっては結構深刻な問題である。
アンジェリカの淹れてくれた紅茶を飲む。
美味しい。落ち着く。
「今日はご執筆でもなさいますか?」
アンジェリカがペンと紙を用意しながら尋ねてくる。
どうやら今日、私を動かす気はないらしい。
まぁ、昨日は魔力切れと高熱だったのだから当然か。
最近は構想だけを空き時間に少しずつ書いていたけれど、本編を書き進めても良いかもしれない。
「うん、そうする。アンジェリカも今日は休んで、ゆっくりしてて」
私はアンジェリカへ言った。
彼女は本当に休みを取らないのだ。
「資料を持ってきたりする人間が必要でしょう? メリッサ様は今日はこの部屋から出てはいけないのですから」
アンジェリカはにっこり笑った。
……私、この部屋から出るのも禁止なの?
きっとローレル様が使用人達にも指示を出しているのだろう。
どこまで先回りしているのだろうか。
凄い。 改めてそう思う。
「休憩の時は付き合ってね」
私はアンジェリカを見た。
「もちろん、喜んで」
アンジェリカは嬉しそうに答えてくれる。
さて。
久しぶりに集中して小説を書きますか。
私はそう意気込みながら、寝室に置かれた小さな丸テーブルへ向かった。
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