私の選択(ブランシュ・ウズイカ視点)
私の言葉に、ヴィオレ様はきょとんとした表情を浮かべた。
あまり話の意図が伝わっていないようだ。
言い方が悪かったのだろうかと、不安になる。
「……それは、ブランシュ様の婚姻についてですか?」
少し躊躇いながら、ヴィオレ様は聞き返してきた。
「そうです」
私は頷きながら答えた。
今までは、王太子妃候補として名前が挙がっていたため、他の縁談は断っていた。
両親も、上の兄二人も、私が王太子妃になると信じて疑わなかったから。
いくら私が「自分はその器ではない」と言っても、誰も聞いてはくれなかった。
期待されることは嬉しい。
誇りに思ってもらえることも。
でも、現実は違う。
ヴィオレ様の礼儀作法、知性、そして魔力量。
どれを取っても、私は敵わない。
それはローズマリー様も同じだった。
お二人とも、確実に私より優秀だったから。
どう足掻いても追いつけない。
私はずっと、そのことを理解していた。
だけど、王太子妃に選ばれたのはメリッサ妃だった。
それまでローレル殿下の婚約者候補として、名前さえ挙がっていなかった令嬢。
なぜ選ばれたのか。
答えは、今日のお茶会でよく分かった。
メリッサ妃が、圧倒的に優秀だからだ。
……きっと、世の中にはまだいるのだろう。
メリッサ妃のように、目立たないだけで、本当はとてつもなく優秀な人が。
今日見た青薔薇を思い出す。
今まで青薔薇が存在しなかったのは、魔法改良が上手くいかなかったからだ。
長年、多くの研究者が挑み、何度も挫折したと聞いている。
それほど難しい。
なのに、メリッサ妃は魔法学園入学前に、その改良に成功した。
しかも、長持ちする生命力の強い品種として。
異例どころの話ではない。
さらに、その青薔薇は基本的にバウム領でしか育たないよう調整されているらしい。
あの青薔薇を、欲しがらない人間などいない。
色、形、香り。
全てが完璧だった。
本当に魔法学園へ入学する前に完成していたのだろうか。
仮に在学中だったとしても、それがメリッサ妃の功績であることに変わりはない。
そして目の前にある、食べられる赤薔薇。
甘く、美味しく食べられるよう魔法改良するなど、今まで誰も発想すらしなかった。
ローレル殿下がメリッサ妃を選ばれた理由も、今なら納得できる。
あれほど優秀な方を、手放せるわけがない。
それに――ローレル殿下のメリッサ妃への想い。
あれは本物だ。
心の底から、メリッサ妃を愛していらっしゃる。
政略結婚などでは決してない。
……なんて羨ましいのだろう。
メリッサ妃は、貴族の女性が欲しいものを全て手に入れていらっしゃる。
欲しくても、手に入らないものを。
「ブランシュ様は、王太子妃になりたかったのですか?」
ヴィオレ様が素朴な疑問のように尋ねてくる。
私はゆっくり首を横に振った。
「確かに婚約者候補と言われていましたけれど、私は自分が王太子妃の器ではないことを理解していました」
自嘲気味に笑う。
少し、悲しくなった。
「ヴィオレ様は、どうなさるのですか?」
これ以上惨めになりたくなくて、私は話題を変えた。
ヴィオレ様も、ある意味では私と同じ立場のはずだったから。
「え? 私の嫁ぎ先は決まっていますけど」
「ええっ?」
思わず大きな声が出てしまった。
ヴィオレ様まで驚いている。
でも、もう決まっているの?
早すぎる。
ローレル殿下が長く婚約されなかったせいで、現在、貴族社会は婚約待ちの渋滞を起こしている。
王太子妃が誰になるかで、勢力図まで変わってしまうのだ。
慎重になるのも当然だった。
だからこそ、有望な令息であっても未婚の者は多い。
……けれど、行動力のあるヴィオレ様らしいと言えば、らしいのかもしれない。
「私は十年前から決めていたの。この人に嫁ぐって。有り難いことに、イーズ侯爵家の誰も反対しなかったわ」
少し照れながら、ヴィオレ様は言った。
「でも、ヴィオレ様もローレル殿下の婚約者候補でしたよね?」
確かにヴィオレ様からは、王太子妃になりたいという意思を感じたことはなかったけれど。
ヴィオレ様は不思議そうに首を傾げた。
「イーズ侯爵家は、ローレル殿下の婚約者候補としてメリッサお姉様を推していたの。私は候補ではなかったわ」
その言葉に、私は驚く。
その言葉の意味が、少しずつ頭に浸透していった。
イーズ侯爵家が推していたのは、ヴィオレ様ではなくメリッサ妃。
そんな話、私は聞いたこともなかった。
優秀なヴィオレ様がいるのだから、当然ヴィオレ様を推しているのだと思い込んでいた。
……ウズイカ公爵家は、この事実を知らなかったはずだ。
そこで、ふとマレインお兄様の顔が脳裏に浮かぶ。
マレインお兄様だけは、私に「自分の道を探せ」と言っていた。
後悔しないように、と。
そうか。
お兄様は知っていたのだ。
王太子妃になるのがメリッサ妃だということを。
いつから決まっていたのだろう。
……いや、違う。
それはもう、私には関係のない話だ。
私は気持ちを切り替えた。
「……トスカナ公爵家のアレックス様ですか?」
思わず、ヴィオレ様のお相手を尋ねてしまう。
今、未婚で最も有望な高位貴族の令息と言えば、真っ先に名前が挙がるのはアレックス様だ。
それに、ヴィオレ様ほどの方なら不思議ではない。
「アレックス様ではないわ。大丈夫、ブランシュ様が狙う方ではないから」
ヴィオレ様はくすりと笑った。
笑い事ではないのだけれど。
でも、やはり気になる。
「ここだけのお話ね? メリッサお姉様のお兄様よ」
「シトラール卿?」
「シトラールお兄様ではないわ。一番上の方」
「……レーモン卿」
私は名前を呟いた。
バウム子爵家の跡取り。
名前以外の情報を、私はほとんど持っていない。
バウム子爵家の方々は、社交の場にあまり姿を見せないからだ。
「ヴィオレ様には婚約者がいるのですね……」
「まだ婚約者ではないわ。それにレーモン様は、私のことを妹のように思ってくださっているだけよ」
「それでも、イーズ侯爵家は反対なさらないのですか?」
侯爵家の令嬢が子爵家へ嫁ぐこと。
ない話ではない。
けれど、決して多くもない。
「反対しないわね。私の気持ちを優先してくれているのもあるけれど、バウム子爵家の現当主夫人はサフラン王国の元王女ですし、メリッサお姉様は現王太子妃ですもの」
その説明に、私は納得してしまった。
確かに、反対する理由が見つからない。
「それに私は、負ける戦はしないわ。……なんだかローレル殿下みたいね。三代前にはベイリーフ王家の王女がイーズ侯爵家に降嫁しているから、もしかしたら王家の血かもしれないわ」
ふふ、とヴィオレ様は楽しそうに笑う。
今のヴィオレ様は可愛いだけではない。
とても綺麗。
レーモン卿のことが、本当にお好きなのだろう。
私は恋をしたことがない。
きっと、これから先もないと思っていた。
だからこそ、ヴィオレ様が少し羨ましい。
その時だった。
ヴィオレ様が、真っ直ぐ私を見つめた。
「ブランシュ様は恋愛結婚をなさるわ。まだ、お相手と出会っていないだけよ。……きっと、もうすぐ会える」
「え?」
思わず声が漏れる。
恋愛結婚?
私が?
想像もつかなかった。
「あら、ブランシュ様。ご存知ないの? 私の直感は外れないのよ」
ヴィオレ様は自信満々に言った。
その言葉に、私は思わず笑ってしまう。
確かに、ヴィオレ様の直感はよく当たる。
でも、自分の人生なのだ。
マレインお兄様にも言われた。
後悔だけはするな、と。
「……早く、お会いしてみたいです」
気がつけば、私はそう口にしていた。
たとえヴィオレ様の直感が外れたとしても、それはそれで構わない。
だけど――少しだけ期待してしまっている自分がいる。
幸せは、自分の手で掴み取りたい。
どんな形であっても。
私は、前を向いて進んでいくのだから。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




