これからの身の振り方(ブランシュ・ウズイカ視点)
メリッサ妃が開催したお茶会が終わり、私はまだ王太子宮殿の一室で、ヴィオレ様と仕切り直しのお茶会をしていた。
「美味しい、幸せですわ……」
目の前に座るヴィオレ様は、興奮気味にタルトを頬張っている。
本当に幸せそうだ。
見ている私まで嬉しくなってしまうほどに。
「本当に帰らなくて大丈夫かしら?」
不安になりながら、私は呟いた。
「大丈夫ですよ。私たちがお茶とスイーツを堪能した方が、確実にメリッサお姉様は喜びます」
ヴィオレ様は即答した。
しかも自信満々である。
「……そうですか」
私は力なく返事をした。
それ以上、何も言えなかった。
それは、ヴィオレ様がメリッサ妃のご親戚だからでは?
私はヴィオレ様とは違う。
今までメリッサ妃と接点などなかった。
そんな私がここに居座ってよいものなのか、甚だ疑問だった。
昨年度まで魔法学園の最優秀クラスに在籍されていたことは知っている。
黒に近い茶髪に漆黒の瞳。
メリッサ妃はとても目立っていたから。
でも、お話をしたことはない。
そんな機会さえなかった。
今回、メリッサ妃のお茶会に招待されたことにも驚いてしまった。
マレインお兄様に相談すると、メリッサ妃はとても気さくな方だから大丈夫。
気軽にお茶を楽しんでおいでと返された。
五年も前からローレル殿下の側近を務めているマレインお兄様が言うのだから、間違いないのだろうけれど。
ローレル殿下の婚約者候補として名前が挙がっていた私のことを、メリッサ妃は良く思っていないのではないかと心配していた。
良い気分ではないはずだ。
私だったら、会いたくない。
同じ空間にもいたくないかもしれない。
貴族なのだから、自分の思い通りになるとは思っていない。
そのことは分かっている。
でも、今日初めてメリッサ妃とお話をして、マレインお兄様の言う通り気さくな方だと思った。
そして、ヴィオレ様とアンジェリカ様がメリッサ妃を慕っていることも。
以前からヴィオレ様にメリッサ妃のお話は聞いていた。
ヴィオレ様は、まるで本当の姉のように慕っていたから。
それは、メリッサ妃がイーズ侯爵家へ嫁がれることが内定しているからなのではないかとも思っていた。
魔法学園在学中、メリッサ妃がハーツ様とお話しされているのを何度か見たことがあった。
もちろん、その時は兄君であるシトラール卿もご一緒だったけれど。
メリッサ妃は子爵家の令嬢。
まさか王太子妃になられるなんて、想像もしていなかった。
しかも婚約を飛ばして、いきなり結婚。
何か裏があるのではないかとも思ってしまった。
マレインお兄様は「前から決まっていた」と仰っていたけれど。
なぜメリッサ妃だったのか、不思議だった。
まさか、ご懐妊なさっている?
そんなことまで考えてしまった。
けれど、魔法学園在学中のメリッサ妃を思い返せば、その考えはすぐに否定できた。
常識があり、優秀で、所作も美しい。
目立たないように立ち回る姿を思い出し、そんなことをする方ではないと、すぐに答えが出た。
ヴィオレ様が慕うほどの人が、そのようなことをするはずがない。
私はヴィオレ様を幼い頃から知っている。
一つ年下とは思えないほど完璧な礼儀作法。
私はいつも、ヴィオレ様に負けないよう努力してきた。
一つ年下の侯爵令嬢に、公爵令嬢である私が劣ることは許されない。
けれど、努力だけではどうにもならないことだってある。
現実は厳しい。
だから、王太子妃に選ばれるならローズマリー様かヴィオレ様だと思っていた。
ヴィオレ様のお兄様は、ローレル殿下の最側近。
後には宰相とも言われている方だ。
政治的なバランスを考えれば、イーズ侯爵家に権力が集中しすぎてしまう。
それでも、イーズ侯爵家は侯爵家。
公爵家ではない。
ローズマリー様のご実家であるトスカナ公爵家、そして我がウズイカ公爵家。
いくらイーズ侯爵家が権力を持とうとも、公爵家の立場は揺るがない。
ローレル殿下は、ローズマリー様よりヴィオレ様の方が親しいように見えた。
今なら分かる。
あれはメリッサ妃ありきのヴィオレ様だったのだ。
メリッサ妃は、自分を慕ってくれるヴィオレ様をとても大切にしている。
まるで本当の妹のように。
ヴィオレ様もメリッサ妃を姉として慕っているのだから、可愛くないはずがない。
いつもは完璧な令嬢であるヴィオレ様が、メリッサ妃の前では年相応の少女になる。
そして意外にも好戦的でもあった。
先ほど、アンジェリカ様と見事な連携でフローラ嬢を追い込んでいた。
とびきりの笑顔を浮かべながら。
高位貴族として、あの対処は正しい。
でも、きっと私には出来ない。
今日はそれを目の当たりにした。
とても可愛らしかった。
もともと可愛いご令嬢だけれど。
そして今も、やはり可愛らしい。
瞳をきらきらさせながら、お茶を楽しんでいる。
「ブランシュ様、私は今夜、自宅で夕食をいただきませんわ!」
「え?」
突然の宣言に、私は思わず目を見開いた。
「このケーキとタルト、そしてクッキーを制覇したいのです!」
私は目の前の大きなテーブルを見下ろした。
これでもかというほどスイーツが並んでいる。
薔薇の花びらが添えられているだけで、とても豪華に見えた。
視覚は大切なのだと、改めて認識した。
メリッサ妃の初めてのお茶会のために、パティシエたちが張り切って作ったらしい。
ご令嬢たちだけではなく、王宮の使用人までメリッサ妃を慕っているようだった。
けれど、この量は多すぎる。
「ヴィオレ様、半分こにしませんか?」
私は代案を口にした。
全種類制覇など、とても無理だ。
「まぁ、ありがとうございます!」
ヴィオレ様は嬉しそうにお礼を言った。
部屋付きのメイドたちが、すぐに切り分け作業へ入る。
言われなくても動ける。
さすが王宮のメイドたちだと感心した。
……まぁ、私も色々食べてみたいと思っていたのだけれど。
メリッサティー(ヴィオレ様命名)を一口飲む。
香りは薔薇。
けれど味は、イチゴの甘味と酸味が絶妙に混ざり合ったフレーバーティー。
最初は驚いたけれど、確かに美味しい。
ローズヒップティーのようなものだと思い込んでいたからかもしれない。
「ふふ、メリッサお姉様みたいでしょう?」
「?」
ヴィオレ様の言いたい意味が分からず、私は首を傾げた。
「このお茶とケーキですわ」
改めてお茶とケーキを見る。
けれど、まだ分からない。
「香りは薔薇。見た目はローズヒップティー。そして味はイチゴ。まるでメリッサお姉様そのものですわ」
その説明で、私はようやく理解した。
確かに、見た目と中身がまるで違う。
それは今日お会いしたメリッサ妃にも同じことが言えた。
なんとなく、ヴィオレ様の言いたいことが分かった気がする。
「浮かない表情ですのね、ブランシュ様。私で良ければお話を聞きますわ。メリッサお姉様ほど的確にはお答えできないかもしれませんが」
私はヴィオレ様を見つめた。
にっこりと微笑まれている。
きっと私が悩んでいることを見抜かれたのだ。
私が悩んでいる時、それに気づいてくれるのは、いつもヴィオレ様だった。
どうして分かるのか、毎回不思議に思う。
そしてヴィオレ様は、毎回的確な答えをくださる。
今まで何度も相談に乗っていただいている。
私の方が年上なのに。
情けない。
隠しているつもりだった。
どんなに辛いことがあっても表情には出さない。
それが高位貴族。
幼い頃から厳しく教育されてきたのに。
この体たらくである。
私は自分を落ち着かせるために、大きく深呼吸をした。
覚悟を決め、ヴィオレ様を真っ直ぐ見つめる。
「これからの……自分の身の振り方についてです」
ヴィオレ様には隠し通せない。
私は正直に、自分の気持ちを打ち明けた。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




