お茶会の閉幕(ヴィオレ・イーズ視点)
フローラ・フラワー男爵令嬢は、喚き散らしながら衛兵に連行されていった。
最後まで、メリッサお姉様を侮辱する言葉を吐き続けながら。
フラワー嬢は、ここが王太子宮殿だということを理解しているのだろうか。
理解していないから、あのような暴言を吐けるのだ。
正直、理解に苦しむ。
私は彼女の背中を、冷たい視線で見送る。
アンジェリカ様も同じだった。
――むしろ、私よりも怒っていたのはアンジェリカ様かもしれない。
一方で、ローズマリー・トスカナ嬢だけは違った。
心配そうな表情で、フローラ嬢の後ろ姿を見つめている。
経緯は知らないが、トスカナ公爵家で礼儀見習いをしていた令嬢だ。
ここまでの事態になるとは、想像もしていなかったのだろう。
この件は、間違いなくトスカナ公爵家の責任問題に発展する。
「トスカナ公爵令嬢。フローラ・フラワー男爵令嬢の発言は、トスカナ公爵家の総意か?」
氷のように冷たい声で、ローレル様が問いかけた。
決して大きな声ではない。
だが、その一言は場を支配するには十分だった。
当然だ。
最愛の妃を侮辱されたのだから。
ローズマリー嬢の身体が小さく震える。
同情はする。
だが――それでも。
フローラ嬢の発言は、絶対に許されるものではない。
それよりも、今は。
「ローレル様……メリッサお姉様のご容体は?」
私は思わず声を上げていた。
不敬を承知で。
大切なのは、そこだけだ。
「え?」
アンジェリカ様は驚いたように、私を振り返った。
きっと、彼女はメリッサお姉様が意識を失ったことを知らない。
私がバウム子爵家の血を引いているから、分かっただけ。
気持ちなら、アンジェリカ様もお姉様を同じくらい大切に想っているのは分かっている。
私はアンジェリカ様を見て、頷く。
メリッサお姉様が倒れたことを認めるように。
「っ!」
アンジェリカ様は私と目が合い、息を飲んだ。
それからローレル様へと視線を戻す。
アンジェリカ様も、真剣な表情でローレル様を見つめる。
メリッサお姉様を本当に心配しているのが伝わってきた。
魔力切れは軽視できない。
最悪の場合――命に関わる。
三年前の記憶が脳裏をよぎる。
メリッサお姉様が三日間、目を覚まさなかったあの日。
血の気のない顔。微かな呼吸。
あの恐怖は、忘れられない。
今回もまた――。
お姉様は自分のためではなく、誰かのために魔力を使ったのだろう。
だからこそ、余計に許せない。
ローレル様は大きく息を吐いた。
「魔力切れだ。だが重篤ではない。医師によれば、一時間ほどで目を覚ます」
その言葉に、全身の力が抜けた。
「……良かった」
気づけば涙が零れていた。
「この度は大変申し訳ございません」
アンジェリカ様が深く頭を下げる。
悔しさを噛み殺しているのが分かった。
だって、私も同じ気持ちなのだから。
「私も……お役に立てませんでした」
私は座ったまま、ローレル様に頭を下げることしかできなかった。
力が抜けて立ち上がることができなかったのだ。
自分の不甲斐なさが、腹立たしい。
メリッサお姉様を目指して日々、努力を重ねてきたのに。
情けない。
守るはずだったのに。
守れなかった。
「いや。よくやってくれた」
ローレル様が、静かに微笑む。
「メリッサの代わりに礼を言う」
その言葉に、胸が締め付けられた。
そして再び、ローレル様の視線がローズマリー嬢へと向く。
「――トスカナ公爵令嬢。どうなんだ?」
「……トスカナ公爵家として、メリッサ妃に思うところはございません」
震えながらも、ローズマリー嬢ははっきりと言った。
「魔法学園で見てきたメリッサ妃は、王太子妃に相応しい方だと――私は思っております」
その言葉に、場の空気がわずかに緩む。
「ローズマリー!」
そこへ、アレックス・トスカナ様が駆け込んできた。
状況を把握しきれていない様子で、周囲を見回す。
「何があったのですか?」
「トスカナ公爵家で預かっていたフローラ・フラワー男爵令嬢が、王族侮辱罪で拘束された」
お兄様が淡々と告げる。
「……え?」
アレックス様は辺りを見渡しメリッサお姉様がいないことに気づいたらしい。
彼なりに状況を把握しようとしている。
さすが筆頭公爵家の嫡男だ。
頭の回転が早い。
アレックス様が徐々に顔色をなくしていくのが分かる。
「メリッサ妃は……?」
「魔力切れで療養中だ」
その一言に、アレックス様は息を呑んだ。
「まさか、攻撃を……?」
「直接ではない」
アレックス様はローレル様の返答に、わずかに安堵の色が浮かぶ。
まだ結婚式を挙げていないけど、メリッサお姉様は現在王太子妃の地位にあるのだから。
「アレックス。君はメリッサに悪い印象を持っているのか?」
鋭い問いだった。
そう言えば、前回の夜会でメリッサお姉様の尊厳に関わるようなことを言ったらしい。
私は年齢的に、その夜会には出席出来なかったので、これはハーツお兄様から聞いた話だけど。
「いいえ。決してそのようなことは」
アレックス様は即座に否定した。
そして真摯にローレル様を見返している。
「前回の夜会でしかお会いしておりませんが……とても優しい方だと感じました」
その言葉は、偽りではなかった。
ローレル様は一瞬だけ思案し、そして告げる。
「……トスカナ公爵家の意思は理解した」
だが、ローレル様の声音は、依然として冷たい。
「しかし、フローラ・フラワー男爵令嬢の件に関する責任が、トスカナ公爵家にも及ぶことは理解してもらう」
ローレル様は、はっきりと言い放った。
静かな断罪だった。
こうして――。
メリッサお姉様が心を砕いて準備した初めてのお茶会は、最悪の形で幕を下ろした。
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