王族侮辱罪(ヴィオレ・イーズ視点)
ローレル殿下がメリッサお姉様を連れて、お茶会会場を出られた。
その場には張り詰めた空気だけが残される。
そして直後、私は理解した。
メリッサお姉様の意識が途切れたのだと。
おそらく魔力切れだろう。
怒りのあまりフローラ様を罵倒しそうになり、思わず口を開きかけたその時だった。
私はアンジェリカ様からの視線に気づいた。
これまでメリッサお姉様を通して何度もお話ししたことがある、パトーキ侯爵家のご令嬢。
彼女は信用できる。
パトーキ侯爵家の惣領娘であるにもかかわらず、迷いなくメリッサお姉様のために王城で侍女となった方だ。
その決断を、私は心から尊敬している。
私だって、メリッサお姉様と同い年であったなら、同じことをしたと断言できる。
そして、王城で侍女となり、わずか二か月で王太子妃専属侍女にまで上り詰めた。
すべては、メリッサお姉様のために。
アンジェリカ様は、尊敬に値する方だと私は認識している。
それはハーツお兄様も同じだった。
今までイーズ侯爵家とパトーキ侯爵家は、敵対はしていないが親しくもなかった。
長年、微妙な関係が続いていたのである。
けれど、次世代の我がイーズ侯爵家は、パトーキ侯爵家と友好関係を築ける。
私はそう確信している。
――これも、メリッサお姉様のおかげだ。
アンジェリカ様は私と目を合わせ、静かに頷いてくれた。
メリッサお姉様がいらっしゃらないからこそ、こちらも反撃に出られる。
やりすぎるとハーツお兄様に怒られそうな気はするけれど。
でも、メリッサお姉様は魔力切れを起こしてまで私たちに気を遣ってくださったのだ。
メリッサお姉様は、自分のために魔法を使う方ではない。
私たちの安全のために、無意識に魔法を使っていたに違いない。
お茶会が始まってから、メリッサお姉様はずっとフローラ・フラワー男爵令嬢を警戒していた。
私もバウム家の血を引いている。
直感力にはそれなりに自信がある。
もちろん、メリッサお姉様ほどではないけれど。
けれど今、私の全身が訴えていた。
フローラ・フラワー男爵令嬢は危険だと。
これが私だけの直感なら、間違いかもしれないとも思う。
でも、メリッサお姉様も彼女を危険人物だと見ていた。
ならば、間違いない。
フローラ・フラワー男爵令嬢は危険人物だ。
とはいえ、確証はない。
直感だけで人を断罪することは出来ない。
しかし、フローラ嬢は決定的なことを口にした。
――バウム領の青薔薇が人を襲った、と。
確かに、その件は私の耳にも入っていた。
かなりの極秘情報として。
それを、なぜ一介の男爵令嬢が知っているのか。
通常ならありえない。
やはり、メリッサお姉様の直感は正しかったのだ。
アンジェリカ様も、フローラ嬢を警戒している様子だった。
彼女が何かを企んでいるのは明らかだった。
問題は、その企みが何に向けられているかだ。
メリッサお姉様個人か。
それともベイリーフ王国そのものか。
メリッサお姉様は、王太子妃になったこと以外で恨みを買うような方ではない。
もう少し探りを入れなければ。
「先ほどは不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ありません」
ローズマリー様が、再び私たちに頭を下げた。
メリッサお姉様も言っていたけれど、ローズマリー様は悪くない。
「まずは落ち着きましょう」
アンジェリカ様はそう言って、側に控えていた侍女たちに、お茶とお菓子の用意をてきぱきと指示する。
「……随分、王宮に慣れていらっしゃるのね」
それを見ていたローズマリー様が、呆然としたように呟いた。
まあ、普通はそう思うだろう。
使用人たちが、当然のようにアンジェリカ様の指示に従っているのだから。
「アンジェリカ様は、王太子妃専属侍女ですもの」
私はにっこりと笑って答えた。
「え?」
ローズマリー様とフローラ様の声が重なる。
この二人は、そのことを知らなかったらしい。
ブランシュ様もわずかに眉を顰めている。
賢い方だから、余計な口を挟まないようにしているのだろう。
「あの性悪女の侍女をなさっているのですか? 侯爵令嬢のあなたが?」
アンジェリカ様に向かって、フローラ嬢が大声で叫んだ。
フローラ嬢の言葉に、私の怒りは頂点に達した。
それはアンジェリカ様も同じだったらしい。
性悪女?
メリッサお姉様から最も遠い言葉ではないか。
これは徹底的にやらなければ気が済まない。
私は冷静を装い、少しだけ驚いたような目を向ける。
「まあ、それはローズマリー様からお聞きになられたの?」
わざと、ローズマリー様の名を出した。
ローズマリー様は素直で、メリッサお姉様のことを悪く思ってはいない。
たとえ恋敵の立場であっても。
高位貴族らしく、公平に物事を見る方だと私は知っている。
私の言葉に、ローズマリー様は驚愕していた。
「ローズマリー様が、そのように思われていたなんて残念です」
アンジェリカ様も、私の意図を理解して追随してくれた。
しかも、凛とした態度で。
――効果は抜群だった。
「まさか! そのようなことは思ったこともございません! メリッサ妃とは魔法学園で三年間同じクラスでしたので、彼女の素晴らしさは存じ上げています!」
ローズマリー様は、きっぱりと否定された。
自分がそんな風に思っていると疑われたこと自体が、心外だと言わんばかりに。
「では、なぜフローラ嬢はメリッサお姉様に対して、そのようなありもしないことをおっしゃるのですか?」
私は本心から不思議だというように、少し首を傾げながら尋ねた。
「でも、バウム領の青薔薇が人を襲ったのは事実です! その青薔薇を作ったのはメリッサ嬢なのですから、国に害を為そうとしているのは紛れもない真実ですわ!」
なおも反論するフローラ嬢に、私の頭の中で何かが切れた気がした。
――お姉様が、国を害そうとしている?
そんなことは絶対にありえない。
怒りのままに罵倒しようとした、その時だった。
「そんな情報は上がっていない」
ローズガーデンの端から声がした。
ハーツお兄様だ。
その隣には、ブランシュ様の兄君であるマレイン様もいらっしゃる。
ハーツお兄様が、私を見る。
もう口を開くな、とその表情が物語っていた。
怒りは収まっていなかったけれど、私はひとまず従うことにした。
……でも、メリッサお姉様を侮辱されたことは絶対に許せない。
その時、隣に座っていたブランシュ様がそっと私の手を握ってくれた。
驚いて見返すと、大丈夫だと言いたげな表情をしている。
私は深呼吸をして心を落ち着かせ、頷いた。
「衛兵、フローラ・フラワー男爵令嬢を拘束しろ。王族侮辱罪だ」
マレイン様が、冷静に言い放つ。
「なっ! そんなのおかしいです!」
フローラ嬢は叫び声を上げた。
「私が証言いたします。フローラ・フラワー男爵令嬢は、メリッサ妃を侮辱する発言をしました」
アンジェリカ様が、冷静に告げる。
その瞳には怒りが宿っていた。
「私もこの耳で聞きました!」
「私もです」
アンジェリカ様の意図を理解し、私は間髪入れずに続ける。
ブランシュ様も、しっかりとした口調で同意してくださった。
王宮の侍女やメイドたち、お茶会にいた者たちはフローラ嬢へと冷たい視線を向けていた。
メリッサお姉様が、周りの人たちに信頼されている証である。
そしてその場の全員が、ローズマリー様へと視線を向けた。
ローズマリー様はわずかに俯き、肩を震わせているようだった。
「……私も、聞きました」
絞り出すような小さな声で、ローズマリー様も同意した。
その言葉を聞いて、衛兵たちはフローラ・フラワー男爵令嬢を手早く拘束する。
「連れて行け」
そう言ったのは、ローレル殿下だった。
声だけでなく、表情まで氷のように冷たかった。
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