なぜか婚姻証明書が出てきました
私は扉が開く瞬間、緊張の極限を迎えていた
「王太子殿下、バウム子爵様、バウム子爵家のメリッサ様です」
侍従と思われる男性の声。
張りのある声で名前を呼ばれ、心拍数が跳ね上がるのが自分でも分かった。
嫌な汗が背中を伝う。
なにこれ。
部屋に入るために名前を呼ばれるなんて初めてだよ!
この国で一番高貴な方に会うのだから仕方ないのかもしれないけれど。
そして三番目に高貴な方は、今、私をエスコートしてくれているしね!
何、この状況。
もう帰りたい!
帰らせてください!
なんで、こんな状況に陥っているの、私?
国王陛下と王妃様に会う意味も分からない。
私は数年後には確実に貴族籍を離れる。
お二人に会う理由もない。
だから疑心暗鬼に陥ってしまうのも仕方がないと思う。
この状況でも空気に徹している父。
本当に凄いよ!
尊敬するよ!
扉の先は豪華な部屋だった。
いや、ここまで歩いてきた廊下も豪華だったけど。
私は思わず息を呑む。
調度品のすべてが高価なものだと、しがない子爵令嬢の私でも分かる。
あまりジロジロ見るわけにはいかない。
礼儀はわきまえないと大変なことになる。
貴族はいろいろと面倒くさい世界なのだから。
誰に足元を掬われるか分からない。
貴族でなくなる私には関係ない。
と、思っていたのに。
この後もずっと貴族でいる家族に迷惑をかけるわけにはいかない。
この場面でも空気に徹している父。
凄い。
極限まで気配を消している。
広い部屋。
中央の大きな円卓に、二十人ほどが座っている。
高貴な方々だと言われなくても分かるほどだった。
これ、思っていた以上に大事なんじゃない?
場違いにもほどがある!
そして、その倍の人数が静かに壁際で控えている。
ちなみに私も控えている方々の側に行きたいです!
心の中で思わず叫ぶ。
私、子爵家の末子だよ?
しかも、貧乏な子爵家の娘です!
座っている方々が、私を見ている。
視線が痛い。
でも視線の種類は様々なのが伝わってくる。
苛立ちを含めている人。
興味津々の人。
軽蔑している人。
尊敬の念を抱いている人。
私が一体何をしたって言うの?
誰か説明して欲しい。
そして、中央奥に座られているのが、国王陛下と王妃様。
もう、なんというか存在感が違う。
肖像画と同じ顔。
あの方が本当に国王陛下と王妃様なんだ。
国王陛下のお隣に座っているのは、ローレル殿下の生き写しの女性。
美人。
ローレル殿下はご両親の良いところばかりを受け継いでいるようだ。
羨ましい。
「よく来てくれた。ペダニウス、久しいな」
「ご無沙汰しております、陛下。バウム子爵家の当主ペダニウス・バウム、只今参上いたしました」
父が国王陛下に一礼しながら答えた。
国王陛下が父のことを名前で呼んでいることに純粋に驚いてしまう。
存在感の薄い父の名前を国王陛下が覚えて下さっているなんて。
もしかして、ただの存在感が薄い人ではなかったのかもしれない。
そういえば、父が子爵家当主をしているところを初めて見た気がする。
そしてまだ存在感を極限まで抑えているし。
やるな、父。
諦めないって大事なことだよね。
娘の私は父を見習いながら生きていくことにします。
「こちらが娘のメリッサです」
よし!
ここでローレル殿下と離れられる!
普段エスコートなんてされたことないから、心身ともに疲れた。
ローレル殿下に失礼にならないように、そっと離れる。
「メリッサ・バウムでございます」
私は淑女の礼をしながら言った。
カーテシーなんて無駄な作法を覚えさせられることに腹立たしかったけれど、本当に役に立つ日が来ようとは。
人生って何があるか分からないという教訓を得た気分だった。
余計なことは言わない。
火のないところに煙は立たないというけれど、バウム家は火を起こさないし煙も立てないよう徹底している。
謁見、これで終わりだよね?
もう帰って良いよね?
「気を楽にしてくれ」
顔を上げると、大きな円卓に三席空いている。
そこに座るよう、国王陛下が手をかざした。
三席。
もしかして一つは私の席ですかね?
誰か違うと言って。
「メリッサ嬢、こちらに」
ローレル殿下がスマートな動作で三席のうち真ん中の椅子を引いた。
顔が引きつりそうになるのをなんとか押さえた。
これ、私にここに座れってことなんだよね?
はい、座ります。
ローレル殿下にここまでさせて、座らないわけにはいかない。
「ありがとうございます、ローレル殿下」
微笑みは浮かべているけれど、本当にガクブルだよ!
えー、長くなるの?
椅子に座らなきゃいけないほど?
そんなことを思いながら、私は最大限優雅に見えるよう椅子に座った。
ローレル殿下は当然のように私の右隣に座る。
左隣は父である。
頼りにしてるよ、父。
本当に頼りにしているからね!
頼りになる父でいてね!
この室内にいる時だけでよいから!
お願いします!
心の中で父に叫んでしまう。
父は私を見ない。
きっとこの心の叫びは届かない。
バウム家は放任主義なんだよね。
子供だからって怒られたことはない気がする。
ちゃんと話を聞いてくれるし、やりたいことはやらせてもらっている。
貴族籍から離れることさえ認めてくれるくらいだから。
昨日の卒業式で泣きじゃくっていた子を、ふいに思い出した。
泣いていた彼女とは親しくはなかった。
クラスも違ったし、私とは何の接点もなかった。
彼女が泣いていたのは、卒業することに感動して、ではない。
友人たちとなかなか会えなくなるから、でもない。
自分の年齢の倍以上ある貴族に嫁ぐことが決まったらしい。
親の意向で。
貴族である以上、仕方のないことなのかもしれない。
当然のことかもしれない。
家のために。
家族のために。
領民のために。
会ったこともない男性のもとへ嫁ぐ。
貴族としての義務。
生まれる家が違ったら、私もそうなっていたかもしれない。
泣いている彼女を見て、胸が切なくなった。
もしかしたら、あれは私の姿だったかもしれない。
そう思うと心が凍てつく思いだった。
私はバウム家に生まれて幸運だった。
身に染みた瞬間だった。
ちゃんと話を聞いてくれる。
向き合ってくれる両親の元に生まれてきたことに感謝した。
昨日、私は魔法学園を卒業した。
この世界ではもう子供ではない。
家族には迷惑はかけられない。
私は静かに深呼吸して、改めて顔を上げる。
そこには、この国の王がいる。
毅然としていなくては。
国王陛下は侍従に指示を出し、その侍従が私の机に一枚の紙を置いた。
「メリッサ嬢、そちらにサインをしてくれ」
「え?」
私は思わず声を出してしまった。
置かれた書類を再度見る。
そこには、
『婚姻証明書』
と書かれていた。
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