(回想)私はヒロイン!(ラズベリー・ハーブ視点)
どうして今、私はこんなところにいるの?
本気で意味が分からなかった。
だって、私はヒロインなのに。
ラズベリー・ハーブとして、この世界に転生した。
大好きだった乙女ゲームのヒロインとして。
気づいた瞬間、嬉しくて頭がおかしくなりそうだった。
本当に嬉しかったのだ。
だって、ヒロインだよ?
この世界は、私を中心に回るはずなのだから。
男爵家の次男だったパパが、平民だったママと恋に落ちた。
身分違いの恋を貫くために、パパは貴族籍を捨てた。
――かなりロマンチックだと思う。
これだけでも、もう物語みたいだ。
舞台の演目にありそうな展開。
そして、その二人の間に生まれた私は、とても可愛い。
パパもママも美形なのだから、当然の結果だ。
駆け落ちしたパパとママだけど、私が生まれたことでパパの実家とも少し歩み寄れた。
おじいちゃんもおばあちゃんも、私をとても可愛がってくれる。
おかげで平民の中ではかなり良い暮らしをしている。
ハーブ男爵家が、私たちの生活を援助してくれているからだ。
平民としては、大きな家に住み、使用人もいる。
パパの話では、男爵家にいた頃とあまり変わらない生活らしい。
元々、ハーブ男爵家は裕福なのだ。
生まれた時から、私は恵まれていた。
しかも、乙女ゲームのヒロインらしく、私は大量の魔力を持っていた。
高位貴族並みとも言われる強い魔力。
それに、ふわふわしたピンクの髪に、金色の瞳。
――うん、いかにもヒロインって感じ。
毎朝、身支度を終えて鏡を見るたびに思う。
私はラズベリー・ハーブ。
乙女ゲームのヒロインなのだ、と。
だから、嫌いな勉強も頑張った。
ヒロイン特有のチート能力なのか、読み書きはすぐにできるようになったし、魔法だって簡単に扱えた。
そして迎えた、乙女ゲームのスタート地点でもある魔法学園の入学式。
私は期待で胸をいっぱいにして、校門をくぐった。
少し早く着いてしまったけれど、校門近くで待機していれば最初のイベントが起こると思っていた。
……なのに。
いくら待っても、攻略対象者が現れない。
え?
なんで?
私、もしかして時間を間違えた?
高貴な方々って、朝はゆっくりしているイメージだと思い込んでいたのがまずかったのだろうか。
校門前の警備の人に聞いてみると、攻略対象者たちはすでに入学式の会場であるホールに向かっているらしい。
まあ、王太子殿下がいれば、そっちが中心になるよね。
校門に王太子がいたら、みんなが集まっちゃう。
だから、早めに登校したのかな?
私は慌ててホールへ向かった。
そして、ホールへ行く途中、そこでようやく攻略対象者たちの姿を見つけた。
うわあ……。
やっぱりイケメンばっかり。
攻略対象者なんだから当然だけど。
一番人気のローレル殿下なんて、本当に眩しいくらい格好いい。
もしかして、私に気づいてくれないかな。
私がヒロインだよ。
どれだけ願っても、誰一人として私を見ない。
ちょっと、がっかり。
やっぱり私が行動しないとイベントは発生しないみたい。
そして、その時――私は違和感に気づいた。
ローレル殿下が、魔法で誰かを探している。
もしかして、私のことを探してる?
早く会いに行かなくちゃ。
思わず笑みがこぼれてしまう。
……でも、違う。
ローレル殿下は、もう相手を魔法で特定していた。
一人の女子生徒。
黒に近い茶髪に、黒い瞳。
魔力量も多くなさそうな、どこにでもいそうな女子生徒。
え?
私と間違えてる?
そんな疑問が頭に浮かぶ。
だって、どう見ても彼女はモブ令嬢じゃない。
私は歩きながら、その女子生徒をちらりと見た。
たぶん平民か、下位貴族。
女子生徒本人はローレル殿下の魔法にまったく気づいていない。
周囲も、ローレル殿下の魔法に気づいていない。
攻略対象者たちですら。
……やっぱり、私ってすごいんだな。
優越感で胸がいっぱいになる。
でも結局、ローレル殿下はその女子生徒を一切見なかった。
もしかして、ただ新しい魔法を試していただけとか?
そんことを思っていると。
――あ、ローズマリー公爵令嬢に先を越された!
悪役令嬢に先を越されるなんて。
急がなきゃ。
今から、私がヒロインの物語を始めるんだから。
ローレル殿下に近づいて少しだけ緊張しながら、私は声をかけた。
「私、ラズベリーって言います!」
……その日、物語が始まるはずだった。
なのに。
私の魔法学園生活は、たった二週間で終わった。
今、私は貴族牢に入れられている。
魔法学園に入学して、ひと月も経っていないのに。
どうしてこうなったの?
誰か教えてほしい。
入学式の日から、何もかもシナリオ通りに進まなかった。
軌道修正しようにも、イベントは一つも起こらない。
こんなはずじゃなかったのに。
ローレル殿下は、学園にいる間ずっと、あの目立たない普通の女子生徒を魔法で特定し続けていた。
意味が分からなった。
モブ令嬢が魔力量は少ないのに、同じクラスだったのにも驚いた。
よほど座学ができたのだろうか。
そんな風には見えないけど。
のほほんとしているだけのモブ令嬢だった。
そして、ローレル殿下が彼女を気にかけているようには見えなかった。
……やっぱりバグ?
私は大きくため息を吐く。
狭い部屋。
ベッドと机、椅子が一脚。
奥には小さな格子付きの窓。
開閉はできない。
空気の入れ換えすらできない、淀んだ空間。
息が詰まりそうだった。
食事は朝晩二回。
冷たいスープと固いパンだけ。
しかも、魔法の国らしく、気づけば机の上にトレイに載った食事が置かれている。
そして、食べ終わるといつの間にか食器も消えていた。
誰とも話せない。
それが、こんなにも辛いなんて思わなかった。
頭がおかしくなりそうだ。
この部屋に閉じ込められて、もう十日ほど経つ。
どうしてこうなったの?
あれは、魔法学園に入学して二週間ほど経った日の深夜だった。
寮の部屋で寝ていたら、突然、近衛兵に拘束された。
そのまま魔法封じの足輪をつけられた。
一瞬のことで、何が起きたのか分からなかった。
足輪をつけられた瞬間、意識を失い――。
次に目覚めた時には、この部屋だった。
連れてこられたのは、王城の敷地内にある魔法師用の貴族牢。
騎士団の訓練場が近いのか、掛け声や金属の音が聞こえる。
時折、魔法の爆音も響く。
たぶん魔法師団の訓練場も近いのだろう。
しかも、この部屋には強力な結界。
階ごとにも結界。
建物全体にも結界。
何重にも結界で囲まれている。
魔法封じの足輪までつけられていても、それが分かるほどだ。
相当厳重な警備の中に閉じ込められている。
なおさら気が滅入る。
パパとママに会いたい。
涙がこぼれた。
その時だった。
かすかに、人の声が聞こえた気がした。
私は顔を上げ、部屋を見回す。
間違いなく、人の気配がする。
次の瞬間――。
目の前の壁が、音もなく横に開いた。
まるて自動ドアのように。
格子はあるけれど、その向こうに人が立っている。
そこにいたのは、私の大好きなローレル殿下だった。
そして、攻略対象者のハーツ・イーズと、マレイン・ウズイカ。
もう一人、見覚えのあるようなないような同年代の少年もいる。
私は反射的に立ち上がった。
「ローレル殿下! 私を助けに来てくれたんですね!」
思わず、予想以上に大きな声が出た。
壁の開閉を観察していた四人が、一斉にこちらを見る。
そして。
「……は?」
声を漏らしたのは、ローレル殿下だった。
「……私が助ける? 誰を?」
心底意味が分からない、という顔でローレル殿下は言った。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




