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(回想)メリッサ嬢の功績(マレイン・ウズイカ視点)



俺が目を覚ましたのは、意識を失ってから丸二日が経った後だった。


「……魅了魔法……?」


吐き気を堪えながら、かすれた声で呟く。

その声に反応して、部屋に控えていた王宮の侍従が慌てて医者を呼びに走った。


「お水はお飲みになりますか?」


メイドに問われ、俺は無言で頷く。


重い身体を無理やり起こし、差し出されたコップを受け取った。

一気に水を飲み干す。


頭が、ようやくはっきりしてきた。


何が起きた?

必死に記憶を手繰る。


そして――。

この二週間の出来事が、一気に蘇った。


ラズベリー・ハーブ男爵令嬢の奇行。

それに対して、普段ではあり得ない行動を取っていた自分自身。


「……っ!!」


思わず息を呑む。


胃の奥からこみ上げるような吐き気が襲ってきた。

先ほどとは違う。


身体ではなく――精神からくる吐き気。

冷や汗が全身から噴き出す。


――俺は、何をしていた?




■□■□■□■□■□




ローレル殿下に面会できたのは、目を覚ましてから三日後だった。


その間、身体を休めながら、魅了魔法の検査を何度も受けた。


繰り返し、繰り返し。

執拗なほどの検査。


魅了魔法の恐ろしさは、見た目からは分からないことだ。


完全に影響が消えているかどうかの判定は、高位の魔法師にしかできない。


まさか、自分が。

これほどの魔力量を持つ俺が、魅了にかかるなど。


……慢心していた。


俺は深く息を吐き、ローレル殿下の執務室の前に立つ。


一度、呼吸を整え――扉を叩いた。


「マレインです」


「入れ」


短い返答。


俺は重い扉を押し開けた。

室内には、ローレル殿下、ハーツ、そしてシトラールがいた。


ローレル殿下の側近であるリンシードとラヴィンドの姿はない。


「体調はもう大丈夫か?」


ローレル殿下が椅子から立ち上がりながら問う。


「はい……申し訳ございませんでした」


深く頭を下げる。

あってはならない失態だった。


「マレインにラズベリー嬢の対応を任せたのは私だ。今回の件は私の責任でもある」


殿下はそう言った。

――その一言で分かる。


俺は、切り捨てられていない。


「とんでもございません。俺の注意不足です」


これは譲れない。

慢心したのは、俺だ。


殿下は少し困ったように微笑んだ。


「ハーツ、シトラール。マレインも来たことだし、少し休憩しよう」


全員、執務机から離れ、ローテーブルへ移動する。

どうやらシトラールも仕事を手伝っていたらしい。


――シトラールはローレル殿下に完全に信頼されている。


「……リンシードとラヴィンドは?」


俺の問いに、殿下は肩を竦めた。


「まだ治療中だ」


短い答え。

――あの二人も、魅了魔法にやられていたのか。


「あの魔石は……?」


俺は机の上のケースに視線を向ける。

大切に保管されている石。


「あの魔石もメリッサ嬢が作ったものだ」


「……え?」


思わず声が漏れる。


あの、魔力量の少ない令嬢が?

俺の視線が自然にシトラールの方を向く。


「妹は魔力量こそ乏しいですが、発想とセンスで俺を上回る魔法を使います」


淡々とした口調。

だが、その言葉は重い。


シトラールは明らかに高い魔力量を持つ。

外見で分かる魔力量が多い人間の特徴。

シトラール・バウムはそれに当てはまっている。


薄い茶色より灰色に近い髪の色、そして金色に近い淡い茶色の瞳。

メリッサ嬢とは色の濃さが全く違う。


それにメリッサ嬢は四人兄弟の末子である。

魔力量が少ないのは当然だった。


反対にシトラールは子爵家第三子であるのに関わらず魔力量かかなり多い。


俺のように隔世遺伝をもった珍しい人間ではないだろうか。

バウム子爵家嫡男のレーモンより魔力量は多いのではないかと推測していた。


その彼が、自分より上だと認める?


正直、信じ難い。

魔法学園の入学式当日、俺は間近でメリッサ嬢を見た。


メリッサ嬢は黒に限りなく近い茶髪に漆黒の瞳だった。


「今回の件では、魔力を使い切り、三日ほど寝込んでいます。現在はイーズ侯爵家で療養させてもらっています」


――そこまでして。

メリッサ嬢はあの魔石を作ったのか。

ラズベリー・ハーブの魅了魔法に気がついて、だ。


ぱっと見では、ただの石ころ。

多少魔力はあるが、誰も魔石だとは思わないだろう石。


それに、あれほどまでの魔法を付与したのか。

メリッサ嬢が作ったものだとは完全に信じる事ができずに、シトラール・バウムに向かって口を開いた。


「……もう一度、あの魔石を見せてもらえるだろうか」


「申し訳ありません。現在は魔法学園側で確認作業に使用されています」



「そうか……」


他にも被害者がいる可能性がある。

当然の判断だ。


だが。

つまり俺は――。


あのメリッサ嬢の魔法付与した魔石に、完全に救われたと言うことか。


理解できない。

だが、事実だ。


「メリッサ嬢の容体は?」


「すでに日常生活には問題ない程度まで回復しています」


シトラールは淡々と答えた。


「今日は、アンジェリカ・パトーキ侯爵令嬢がお見舞いに来るそうです」


パトーキ侯爵令嬢とメリッサ嬢は、最近一緒にいることが多かったようだった。

侯爵令嬢と子爵令嬢が、対等に話し笑いあっていた光景が珍しくて、記憶に残っている。


パトーキ侯爵令嬢は魔法学園では少し目立つ存在ではあった。

――曰く付きの令嬢だ。


「待て、シトラール」


ローレル殿下が割って入る。


「なぜ彼女が? そもそも今、学園は休校中だ。メリッサ嬢の所在も秘匿しているはずだが」


シトラールは一瞬ハーツと視線を交わし、苦笑する。


「独断で俺が手紙を送りました。メリッサが“彼女とは一生友人でいられる”と言っていたので」


「人を見る目は確かですからね」


シトラールの言葉に、ハーツが補足する。


それから、ふと思い出したようにハーツはローレル殿下を見た。


「それとローレル殿下……毎日イーズ侯爵家に大量の薔薇を送るのは控えていただきたいのですが」


「?」


ローレル殿下は首を傾げる。


「メリッサ嬢は薔薇が好きなのだろう?」


「初耳です」


シトラールが即答した。


上手い返答だと思った。

彼の優秀さが垣間見られた気がした。


「だが、バウム領では薔薇の魔法改良に力を入れていたはずだ。現在、青薔薇がバウム領の各地で咲いていると報告を受けている」


「……咲いているのですか? バウム領に薔薇の花が?」


ハーツが驚きを隠せずに言う。

疑心半疑のようだった。


バウム領は痩せた土地で有名だ。

そこに薔薇が咲き誇るなど――異常だ。


シトラールは大きくため息をついた。


「またやらかしたのか……メリッサは」


心底うんざりした顔で呟く。

シトラールはそのことを知らなかったらしい。

そのシトラールの様子を見ながら、俺は思った。


メリッサ・バウム。

あの令嬢は――。


やはり、ただの令嬢ではない。


きっと、これから面白くなりそうだ。

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