(回想)幻の隠れキャラ(ラズベリー・ハーブ視点)
ローレル殿下が、私を見ている。
しかも、本気で驚いているのが伝わってきた。
え?
私を助けに来てくれたんじゃないの?
違うの?
絶対にそうだと思ったのに。
止まりかけていた涙が、またあふれてくる。
私は崩れ落ちるように椅子へ座り込んだ。
「どうですか?」
「やはり魔石を持っていないと、微妙に嫌な感じがする。……間違いない」
マレインと、名前を知らない少年が淡々と会話している。
何かを検証しているみたいだ。
私が泣いているのに。
ヒロインの私が、泣いているんだよ?
慰めようとか、助けたいとか、普通そう思うでしょ!
こんなに可愛い女の子が、目の前で泣いているのに!
私は涙をぬぐいながら顔を上げた。
そこには、マレインだけじゃなく、ハーツとローレル殿下までもが、マレインの持つ魔石の方を見つめていた。
しかも全員、私なんていないみたいに、その石を見ている。
……イライラする。
「普通は泣いている女の子に優しい言葉をかけるでしょ!」
私が四人に向かって叫ぶと、マレインから魔石を受け取った少年が、首を傾げてハーツの方を見た。
「……そうなんですか?」
「僕に聞くなよ。相手によるだろ。相手がメリッサなら、僕は絶対に警戒する」
「ですよね」
二人で何やら納得し合っている。
……ちょっと待って。
今、メリッサって言った?
聞き覚えがある。
「ローレル殿下がずっと魔法で位置を特定していた、あの娘の名前が……メリッサ、だった」
思わず、ぽつりと呟く。
そうだ。
あのモブ令嬢の名前が、たしかメリッサだった気がする。
そして、目の前のこの少年。
……おかしい。
顔がぼやけて、よく見えない。
もしかしてこれ、魔法でわざと見えにくくしているの?
「……ずっと?」
「魔法で位置特定って……」
「っ怖! 殿下、それ本人に気づかれたら終わりなやつですよ!」
名前を知らない少年、ハーツ、マレインの三人が、ローレル殿下を見て三者三様の反応を示した。
でも共通しているのは――。
全員、かなり引いていること。
視線を一斉に向けられたローレル殿下は、ほんのり頬を赤くしていた。
なんだか、初めて年相応に見えた気がして、私は少し驚いた。
「仕方ないだろ。無意識に確認してしまうんだ。側にいてくれるのが……嬉しくて」
「殿下……メリッサの兄として、確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
少し声のトーンを落として、少年が許可を求める。
あのモブ令嬢の兄なんだ。
そういえば、あの子はずっと男子生徒と一緒にいた気がする。
兄妹だったから、誰も何も言わなかったのか。
普通、貴族令嬢が異性と二人きりで行動するなんて目立つはずなのに。
それ以上に、あの二人はそもそも目立たなかった。
ローレル殿下は無言で頷く。
少し俯いている。
「魔法で位置を特定する、とは……メリッサがどこにいるか分かる、ということですか?」
「分かる。個人の魔力の系統と魔力量で、大体は特定できる。バウム子爵家は特に特定しやすい魔力なんだ」
「どのくらいの範囲で、ですか?」
「メリッサ嬢が相手なら……王都の端と端にいても分かると思う」
試したことはないけど、とローレル殿下は小声で付け加えた。
「すごいな……」
ハーツが小さく呟く。
何それ。
ローレル殿下って、そんなにチートなの?
「他の相手は?」
「……半径五十メートルくらい、か? まあ、直接会って、きちんと認識した相手に限るが」
三人は真剣にローレル殿下の話を聞いていた。
マレインは感嘆したような顔までしている。
「王家特有の魔力、ですか?」
なおも、メリッサの兄が聞く。
いや、それって私が聞いていていい話なの?
「個人差は大きいようだな。父は位置特定の魔法自体をご存じなかったようだし。私も無意識に出来ていたから」
……本当に王家ってチートだ。
怖い。
「姿までは見えないんですか?」
マレインが、素朴な疑問として尋ねた。
「姿は見えない……いや、待て。光を屈折させる魔法も併用すれば、可能か?」
一度言葉を切って、ローレル殿下が真剣に考え込み始める。
「それは本当にやめてくださいね、殿下。俺は殿下の味方ができなくなりますので」
「分かってるよ、シトラール」
ローレル殿下が苦笑する。
……シトラール?
その名前に、私は反応した。
聞き覚えがある。
シトラール。
シトラール・バウム。
幻の隠れキャラとして、ネットで噂になっていた名前だ。
家名まで一致しているなら、間違いない。
「シトラール・バウム?」
私の声に、その少年は顔を上げた。
……やっぱり、まだ顔がよく見えない。
「はい、何でしょう?」
気軽にシトラール・バウムは私へと聞き返してくる。
少し警戒しているのが伝わってくる声音だった。
「隠れキャラの、シトラール・バウム?」
私の問いに、彼は首を傾げる。
「隠れキャラ……とは? 申し訳ありません。無知で恐縮ですが、それはどのような意味でしょうか?」
シトラールはますます首を傾げている。
そうだよね。
普通に考えれば、ローレル殿下と一緒にいる時点で特別な存在なのに。
どうして私は今まで気づかなかったんだろう。
メリッサより少し薄い茶髪。
茶色というより、灰色に近い。
兄妹でもずいぶん違うんだな、なんて思う。
「あれじゃないか? シトラールはバウム領からほとんど出ないだろ。俺も今まで会ったことなかったし」
マレインが言う。
「単純に、顔に認識阻害の魔法をかけているからだろう。シトラールの素顔を知る者は多くないはずだ」
ローレル殿下が続けた。
「……は? 認識阻害?」
最後に、ハーツが怪訝そうな顔で聞き返す。
初耳だったらしい。
「ハーツ様は遠縁とはいえ親戚ですからね。俺の認識阻害の魔法は、無意識に解けているのだと思います。魔力の少ないメリッサでさえ自力で解除しているようですし」
シトラールは淡々と説明する。
へえ。
ハーツとシトラールって親戚なんだ。
「バウム子爵やレーモン兄さんみたいに、シトラールも存在感を消しているのかと思ってた」
「それも多少は使っています」
「俺は至近距離まで近づかないと、シトラールの顔は見えなかったな。遠くからだと、何か魔法を使ってるのかもって違和感があっただけだし」
マレインがシトラールに顔を近づける。
五十センチくらいの距離まで。
「マレイン様は本当に魔力量が多い。まあ、ローレル殿下は桁違いですけどね」
「測れるのか? 魔力量を?」
マレインの問いに、シトラールは肩をすくめた。
「肌感覚ですが、ざっくりとは。ハーツ様も似たような感じでは?」
「……多分。だが、僕よりシトラールの方が正確に測れるだろう」
ハーツはシトラールに少し悩んでから答える。
マレインが興味津々にシトラールの顔を覗き込んでいる。
私も幻の隠れキャラの顔、見たい。
なんでシトラールは幻の隠れキャラなのだろう?
きっと、理由もあるはずだよね。
「バウム子爵家の家系魔法?」
「おそらくそうですね。我が家は隠密系の魔法を得意としています。危機管理能力が高いんです」
冗談のように軽く尋ねたマレインにシトラールは淡々と答える。
空気が一瞬揺らいだ気がした。
……え?
それ、言っていいの?
私が聞いててもいいやつ?
国の機密レベルの珍しい魔法だよね?
今更だけど――。
私はとても、嫌な予感がしてきた。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




