(回想)呪いの魔石
私は体調不良を理由に、午後の授業を休んだ。
ローレル殿下に直接渡さずに、それでも魔石の効果を最大限発揮できる方法を思いついたからだ。
シトラールお兄様に休む旨を伝えたとき、かなり訝しげな顔をされた。
けれど、魔力不足で体調が悪いのは事実だ。
嘘でない。
私は寮の部屋にこもり、石の改良に取りかかる。
魅了魔法を無効化する――魔石。
我が家特有の魔法を応用する。
得意ではない。
けれど、やらないよりはましだ。
存在を希薄にする魔法。
本来は自分自身にかけるものだが、応用できるはず。
まず、魅了無効の魔法をもう一度、小石に付与する。
ただ持つだけではなく、半径二メートルの範囲まで効果を広げる。
「……はぁ、はぁ……」
魔力が一気に削られた。
息が上がる。
まるで全力で走り続けた後のようだ。
それでも、止まれない。
「もう、なんで私はこんなにも魔力量が、少ないの」
思わず自分を罵ってしまう。
でも、こればかりは仕方ない。
魔力量は生まれつき。
自分ではどうしようも出来ない。
私が魔力量が少ないことも個性だと、今までは自分に言い聞かせていたけど。
やはり、魔力量はないよりあったほうが絶対に良い。
次に、小石の存在を消す魔法を重ねる。
――気合いを込めて、再度付与する。
「あ……」
力が抜ける。
まずい、と思った瞬間――
意識が途切れた。
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目が覚めると、外は青空が茜空へと変化する前だった。
どうやら、気を失っていたらしい。
1時間ほど意識を失っていたようだ。
倒れたのが絨毯の上でよかった、と場違いなことを考える。
起き上がろうとしても、身体に力が入らない。
ここまでの魔力切れは初めて。
息苦しい。
吐き気もしている。
それでも、なんとか気合いで立ち上がる。
手の中には――魔法付与した小石。
どうやら成功したらしい。
ほっと息を吐く。
荒かった呼吸が少し楽になってきた。
少しは魔力が回復したのかも。
あとはこれを、ハーツ様に渡すだけ。
ローレル殿下の最側近である彼が持てば、効果は届くはずだ。
私はふらつく身体を無理やり動かし、部屋を出る。
壁伝いに、廊下を進む。
人の気配はない。
まだ授業中だ。
――運がいい。
この姿を誰かに見られるわけにはいかない。
バウム子爵家の名に傷がつく。
一応、私は貴族令嬢なのだから。
なんとか正門近くまで辿り着いた。
ハーツ様は寮ではなく、イーズ侯爵家のタウンハウスから通っている。
だから、この時間ならここを通るはずだ。
正門には馬車が並んでいる。
ほとんどが高位貴族のものだ。
バウム子爵家にもタウンハウスはあるが、学園から遠い。
だから寮に入った。
――自分のことは、自分でする。
それが、バウム家だ。
正門が見える建物の影に身を隠し、ハーツ様を待つ。
……そのまま、力が抜けて座り込んでしまった。
魔力切れなんて起こすものではない、と改めて思う。
やがて、生徒たちがぽつぽつと下校し始める。
見逃さないようにしないと。
ここまで来たのだから。
それに――。
早い方がいい。
なんとなく、嫌な予感がする。
(これも……バウム家の血、かな)
荒かった呼吸が少し楽になってきた。
少しは魔力が回復したのかも。
楽観的なことが脳裏に浮かぶ。
そのとき。
淡く赤みの強い菫色の髪が視界に入った。
――ハーツ様だ。
私はなんとか立ち上がった。
やはりまだ身体は思うように動かない。
ローレル殿下が一緒でないことに、内心安堵する。
さすがに、ローレル殿下がご一緒のときには声はかけられない。
ハーツ様の隣には、リンシード・アマ公爵令息の姿。
……大丈夫。
きっと、あとでハーツ様が何上手く揉み消してくれる。
「は……ハーツ様」
私は声をかける。
かすれて、うまく声が出ない。
「メリッサ!?」
すぐにハーツ様は、こちらに気づき駆け寄ってくれた。
そのまま、自然に身体を支えられる。
……意外と、紳士的。
少しだけ、ハーツ様のことを見直してしまった。
ハーツ様も成長したのだと感心する。
「サボりかと内心決めつけていたが、本当に体調が悪そうだな」
失礼なことを言われた気がするけど、今はそれどころじゃない。
ハーツ様は人目につきにくい場所へと私を誘導してくれる。
ありがたい。
「それで? どうした?」
低い声。
ハーツ様は緊急事態を理解してくれている。
「メリッサから声をかけてくるなんて、よほどのことだろう」
断言されてしまった。
……まあ、間違ってはいない。
さすがに子供の頃から私のことを知っている人である。
私は石ころを差し出す。
先ほど完成した2つの魔石。
「これ……を」
ハーツ様は躊躇いなく受け取る。
「……魔石か?」
見ただけでハーツ様はこの石ころが魔石だと分かってくれた。
さすが、次期宰相候補と言われているだけはある。
優秀だ。
呼吸が苦しい。
急がないと。
私は懸命に口を開く。
「呪いの……魔石、です」
我ながら、自分でも何を言っているのか分からない。
気がついたら、そう声に出ていた。
もっと別の言い方があったのだろうけど、上手く頭が回らない。
「絶対に……身に着けて、離さないで……ください」
「は?」
間抜けな声が返ってきた。
分かる。
私もそう思う。
でも、時間がない。
私はハーツ様の手に石を握らせ、その上から自分の手を重ねた。
「絶対に……どんな時も……持っていて……ください」
必死に伝える。
「手放したら……必ず、不幸に、なりま、す……から」
――ひどい嘘だ。
でも、それでいい。
ハーツ様の表情が変わる。
困惑から、警戒へ。
……伝わった。
安堵した瞬間。
力が抜ける。
「メリッサ!」
遠くで、ハーツ様の声がした。
――もう、限界。
意識が、沈んでいった。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回からシトラール視点になります。よろしくお願いします。




