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(回想)魅了魔法対策



「あれはないわー……」


私は思わず、声に出てしまった。


魔法学園に入学して、二週間。

いい加減見慣れてきたはずなのに――やっぱり、ない。


「確かに、ないな」


隣でサンドイッチをかじりながら、シトラールお兄様が淡々と同意した。


私たちの視線の先では、今日もラズベリー・ハーブ嬢がローレル殿下に突撃している。


本当に懲りない。

反対に感心するレベルである。


対応しているのは、側近の中でもっとも人当たりの良いマレイン様だ。

年の功かもしれない。

伊達に二つも年上なだけある。


ハーツ様はというと、我関せずといった様子で殿下と何やら話し込んでいる。

マレイン様の手助けする気が一切ない。

清々しいほどに。


代わりにローレル殿下の残りの側近であるリンシード・アマ公爵令息とラヴィンド・グラウン伯爵令息がマレイン様に加勢をしている。

頑張れ。


お昼休み、私とシトラールお兄様は、いつもの庭園のベンチに座って昼食をしている。

温室がかすかに見えるこの場所は、私たちの定位置になっていた。


――やっぱりあの温室、イベント発生地点なんじゃない?


ローレル殿下とラズベリー嬢たちの攻防を見ている分にはおもしろいのだけど。

そんなことを考えながら、私はサンドイッチを口に運ぶ。


……それにしても。

ラズベリー嬢の行動は、さすがに目に余る。


入学して最初の週末。

彼女は前触れもなく王宮へ向かい、ローレル殿下に会おうとしたらしい。


『私、ローレル殿下の友達なんです!』


――と、堂々の正面突破をしようとした。


当然ではあるけど通されるはずもなく、門番にきっちり追い返されたそうだ。

普通に考えたら当たり前の対応だ。


王宮の敷地にすら入れず、文字通りの門前払い。

この話をなぜ私が知っているかというと――ハーツ様から聞いたからである。


正直、子爵家の娘である私が聞いていい話なのかと不安になったけれど。

特に箝口令も出ていないらしく、むしろ王宮では話題になっているとのことだった。


……いや、それもどうなの。


結果として、ラズベリー嬢は国から一週間の謹慎処分を受けた。


魔法学園ではなく、“国から”である。


その重さは言うまでもない。

さらに、実家であるハーブ男爵家にも責任が問われたらしい。


監督不行き届き、として王家から直接苦情が入ったとか。


……うん、そうなるよね。

普通に考えれば。

貴族社会の現実を、改めて見せつけられた気分だった。


私は静かに背筋を正す。

反面教師として、しっかり心に刻んでおこう。


――まあ、バウム子爵家の人間がそんなラズベリー嬢と同じことをやるとは絶対に思えないけど。

そもそも、ラズベリー嬢のような“常識を置き去りにした行動力”をバウム子爵家は持ち合わせていない。


そしてラズベリー嬢の謹慎が明けた後。


彼女は――何事もなかったかのように登校してきたのである。

……強いな。


ある意味、感心する。

もちろん悪い意味で。


しかも後から聞いた話では、ハーブ男爵家はかなり厳格な家らしい。

ラズベリー嬢は甘やかされているわけでもない。


さらに調べると、ラズベリー嬢は現男爵の実子ではなかった。

男爵の弟が平民の女性と駆け落ちし、その2人から生まれたのがラズベリー嬢とのことだった。


駆け落ちした時点でハーブ男爵の弟は貴族籍を外されているとのこと。

つまり、両親は平民。

と言うことは、ラズベリー嬢も平民なわけで。


ハーブ男爵家に引き取られてはいるが、養女ではないらしい。


ちなみにラズベリー嬢のご両親は健在である。

亡くなってはいない。

生きて仲良く暮らしているらしい。


貴族ではないので、ラズベリー嬢ではなく。

ラズベリーさん、なのである。


――それでも。

ハーブ男爵家から学費も生活費も、さらにはお小遣いまで出してもらっていたらしい。

……かなり手厚い待遇だ。


それなのに。


あのお涙頂戴の設定は、どこから来たのか。

完全に乙女ゲームのテンプレじゃない。


私は小さくため息をついた。


そして、もう一つ。

最近、気になることがある。


ラズベリー嬢への対応が――変わってきている。

ローレル殿下の側近方がおかしい。


マレイン・ウズイカ様だけじゃない。


ハーツ様以外のローレル殿下の側近たちは、明らかにラズベリーさんへの対応が“甘く”なっている。


最初はあれほどローレル殿下にラズベリーさんを近づけなかったのに。


ハーツ様だけは全く変わらないけど……。

あの人は元から読めない。


「それで、お前は何をしているんだ?」


シトラールお兄様の声で、我に返る。


視線は、私の手元。

そこには――小さな石。


ほんのわずかに魔力を帯びた、ただの石ころ。


「……これ」


私は持っていた石ころの一つをシトラールお兄様に差し出した。


「しばらく持っていて」


「魔石か?」


シトラールお兄様は石ころを受け取り、軽く観察する。


「絶対に身につけて」


私は真剣な声で念を押した。

少し怪訝そうな顔をしながらも、兄は静かに頷く。


シトラールお兄様もバウム家の血が騒いだのだろう。

大人しく受け取ってくれた。

こういう時は身内で良かったと思う。


バウム子爵家は危機管理能力が高いのだ。

これは家系魔法にあたるらしいと魔法学園に入る前に父から聞いた。


だから、私の行動に対して何も聞かないでいてくれる。

シトラールお兄様もそれが正しいとことだと思っているからだ。


この二週で私は必死に作った。


魅了魔法を無効化する魔石。

私の魔力量では三つが限界だった。


……それ以上は、さすがに無理だった。

身体がもたい。


魔力量が少ないのは本当に悔しい。


魔力を代償として、私は現在軽い魔力切れを起こしている。

少し立ちくらみがするのも、そのせいだ。


……まあ、私は大丈夫。

少し休めば、動ける。


あと、私は手元に残った二つの石を見つめる。

どうするべきか。


一つはハーツ様に。

あの人が魅了されたら、絶対に厄介なのは間違いない。


ハーツ様の腹黒さは一級品だ。

幼い頃から年々と腹黒さが増していく。


腹黒さの頂点に向かっているのは確実で。

ハーツ様は、いずれ腹黒さを極めると私は確信している。


そして――もう一つは。


できれば、ローレル殿下に渡したい。


ラズベリー嬢が王太子妃になる未来だけは、絶対に避けたい。


あれは、国が乱れる。

直感だけど、確信に近い。


けれど。


子爵令嬢の私が、殿下に直接何かを渡すなんてありえない。


それこそ、ローレル殿下の顰蹙を買ってしまう。

そんなリスキーなことは出来ない。


「……どうしよう、かな」


思わず、小さく呟く。

隣にいるシトラールお兄様にも聞こえないように。


読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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