(回想)ただの傍観者です
ハーツ様は、わざとらしくため息を吐いて腕を組む。
「それで? メリッサは何を企んでいるんだ?」
(ええ……)
企んでいるなんて、人聞きが悪すぎない?
私は半眼になってハーツ様を見つめた。
昔から私にばかり難癖をつけてくる腹黒男め。
……まあ、その半分くらいは私が悪かったと認めなくもないけれど。
今回はただ授業中にクラスの観察をしていただけだし。
「何も企んでなんていませんけど?」
私は心外だと言わんばかりに言い返した。
だって、本当だもの。
ハーツ様はもう一度大きくため息を吐くと、私からシトラールお兄様へと視線を移した。
シトラールお兄様は肩をすくめ、首を横に振る。
「昨日からローレル殿下たちを目を輝かせて見ているだろう」
断定するようにハーツ様は言った。
しかも、なぜか呆れられている気がする。
「高貴な方々が珍しくて、つい見てしまいました」
私は無難に答えた。
嘘は言っていない。
雲の上の存在であるローレル殿下や、その側近の方々。
そして公爵令嬢であるローズマリー様。
こうして身近に接することすらなかった人たちなのだから、少しくらい浮かれてしまっても仕方ないと思う。
本来なら。
……まあ、ラズベリー嬢に関しては完全に興味本位ですけどね。
乙女ゲームの転生ヒロイン。
彼女の行動にも注目しておりますとも。
休み時間になるたび、彼女は懲りずにローレル殿下へ声をかけている。
本人曰く、これまでは平民として暮らしていたこと。
母親が亡くなって、父親である男爵に引き取られたこと。
継母や異母妹に嫌がらせをされていること。
乙女ゲームのテンプレのような身の上話をしながら、瞳をうるうるさせている。
そんな話を聞かされれば、ローレル殿下も無下にはできないのだろう。
実際、ローレル殿下はラズベリー嬢の話をちゃんと聞いていた。
マナーのなっていない令嬢に苦言も呈さず、である。
(やっぱりローレル殿下はさすが王太子。器が大きいなぁ)
今この昼休みも、きっとラズベリー嬢に捕まっているに違いない。
本当はそこも見たかったのだけれど、授業が終わるなりシトラールお兄様に教室から連れ出されてしまった。
バウム家の家訓――『君子危うきに近寄らず』と『触らぬ神に祟りなし』が、兄の中で無意識に発動したのかもしれない。
私は近づくつもりなんて、まったくないのに。
「嘘をつけ。メリッサがそんな流暢なことを考えているわけがないだろう。しかも僕のことまで見ていたのは分かっている。視線を感じたぞ」
なおもハーツ様が追撃してくる。
しかも隣で、シトラールお兄様まで無言でうんうん頷いている。
(本当に腹立つな!)
だって、ハーツ様も攻略対象の一人だと思うし。
気になって見てしまうのは仕方ないよね。
私はふと、シトラールお兄様を見た。
この美形の兄。
もしかしてシトラールお兄様も攻略対象者だったりする?
攻略対象でない方が不自然な気すらしてきた。
「ラズベリー・ハーブ嬢を気にしているようだが、何かあるのか?」
ハーツ様は、私がラズベリー嬢も観察していたことに気づいていたらしい。
「確かに、メリッサと似たようなものを彼女から感じるが」
独り言のようにハーツ様が呟く。
どうやら、彼なりに分析しているらしい。
でもマナーがなってない令嬢と一緒にはされたくない。
「それ、俺も感じました」
シトラールお兄様まで同意した。
(え? どういうこと?)
私はちゃんと礼儀作法を身につけていますが?
でも、ラズベリー嬢と似ている、か。
納得できるところはある。
それは同じ前世持ちだからかもしれない。
このことは絶対に言えない。
シトラールお兄様もハーツ様も、そういう話を信じるタイプではない。
むしろ、私の頭がおかしくなったと判断されるに決まっている。
けれど、ラズベリー嬢に違和感を覚えているのも事実だ。
ローレル殿下に対して、あまりにも一直線すぎる。
乙女ゲームのヒロインだとしても、少し性急すぎないだろうか。
……いや、私自身、乙女ゲームを実際にしたことはない。
小説やアニメで知っている程度だ。
だから、私の認識がずれている可能性もある。
「それで? 本当のところは?」
考え込んでいた私に、ハーツ様が返答を促す。
「……もしかして、ローレル殿下の身分違いの恋愛模様が見られるかなー、なんて」
それは本音だった。
本来なら不敬かもしれない。
でも身内同士での会話だし、つい正直に口にしてしまった。
ローレル殿下には、まだ婚約者がいない。
公爵令嬢であるローズマリー様が婚約者候補筆頭だとは思うけれど、まだ正式に発表されてはいないはずだ。
まだローレル殿下の婚約者ではないので、ローズマリー様が悪役令嬢ポジションにしては少し弱い気もする。
とはいえ、ローレル殿下のことをお慕いしているのは一目瞭然だった。
しかも、昨日から今日の午前中まで観察した限り、ローズマリー様はごく常識的な方に見える。
もしかしたらローズマリー様も前世の記憶があって、ざまぁ回避のために慎重に動いているのかもしれない。
「……はあ?」
私の返答に、一拍置いてハーツ様が困惑の声を漏らした。
こんなにも露骨に困惑したハーツ様を見るのは久しぶりである。
そこまであり得ない話なのだろうか。
まあ、普通に考えればそうかもしれない。
あるいは、ローレル殿下とローズマリー様の婚約が内々にほぼ決まっているのかもしれない。
それなら、ハーツ様の反応にも説明がつく。
ラズベリー嬢の礼儀のなさは現時点でも目に余る。
王太子殿下の側近としては、ローレル殿下がそのような令嬢に心を寄せるなどあってはならないことなのだろう。
主君が間違いを起こさないようにするのも、側近の役目だろうし。
「さすがに、それはないだろ」
シトラールお兄様も呆れたように言った。
やはり、これが普通の感覚なのだ。
ハーツ様は頭を押さえている。
なぜそこまで苦悩しているのか、私には分からない。
「でも、万が一があるかもしれないし。ラズベリー嬢は美少女だから。男の人って、ああいう子が好きなんじゃないの?」
私は純粋な疑問を口にした。
「それ以前の問題だ。あの令嬢は」
シトラールお兄様が眉をひそめ、絞り出すように言った。
やはり、礼儀作法がなっていないのが問題らしい。
私も、今のままラズベリー嬢が王太子妃になるのは駄目だと思う。
さすがに無理がある。
「相手がラズベリー嬢じゃなくても、ローレル殿下の恋愛が見られるかもしれないし。ローズマリー様を改めてお好きになられるとか」
「それもない。メリッサ、変な邪推はしないように」
間髪入れずにハーツ様は返答する。
少し疲れた様子で、そのままハーツ様は立ち去ってしまった。
(……ん?)
今の言い方だと、やっぱりローレル殿下の婚約はほぼ決まっているようにも聞こえる。
でも、相手はローズマリー様ではないらしい。
(だったら、他国の王女様とか?)
そんな疑問が浮かんだ、その時だった。
もう一つ、別の可能性が脳裏をよぎる。
――魅了魔法。
とても稀な魔法だ。
もし、ヒロインが魅了持ちだったら?
そう考えた瞬間、私は急に不安になった。
私は足元に転がっていた、わずかに魔力を帯びた石ころを拾い上げる。
(……対策、しておいた方がいいかも)
石ころを見つめながら、私はそんなことを考えていた。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




