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(回想)乙女ゲーム疑惑



「マレイン」


数人分の足音とともに、マレイン様を呼ぶ声が聞こえた。


公爵令息であり、しかも年上のマレイン様を呼び捨てにできる人物など限られている。

私たちは声の主へ視線を向けた。


ローレル殿下である。


そして、その隣にはハーツ様の姿もあった。

私はシトラールお兄様とともに、反射的に最大級の礼を取る。


声をかけられたわけではないが、相手はこの国の王太子殿下だ。礼を失するわけにはいかない。


「……何をしている?」


ローレル殿下が眉をひそめながら問う。


どんな表情でも絵になるあたり、さすがである。


「いえ、メリッサ嬢が入学式の際に少し顔色が悪そうでしたので、声をかけておりました」


マレイン様は爽やかな笑顔で答えた。


(いや、そんな話してないよね?)


私を気遣っているようには見えなかった。

どちらかと言えば、探られていた気がするのだけど。


「メリッサ嬢、大丈夫か?」


「っ……!」


ローレル殿下に名前を呼ばれ、思わず息を呑む。

心臓も大きく跳ねた。


(え、私の名前をご存知……!?)


――いや違う。


今、マレイン様が名前を出したばかりだ。


この場で「メリッサ嬢」と呼ばれるのは私しかいない。

さすがにシトラールお兄様を令嬢とは思わないだろうし。


「妹は問題ありません」


私の代わりに、シトラールお兄様が淡々と答えた。


(ありがとう、お兄様!)


こういう時だけは本当に頼りになる。


「……無理はしないように」


ローレル殿下はそれだけを静かに告げると、こちらを気遣うように一瞥し、教室へと歩き出した。


マレイン様もそれに続く。

こちらへ向かって軽く手を振りながら。


結局、何を探られていたのかは分からない。

ただ一つ分かったのは――


(あの人、油断できない)


それだけだった。


ローレル殿下についても、私は少し考えを改める。

ハーツ様と気が合うと聞いていたから、正直なところ性格に難があるのではと勝手に思っていた。


けれど今のやり取りを見る限り、むしろ誠実で穏やかな印象だ。


(先入観って良くないな……)


内心で反省する。


もしここが本当に乙女ゲームの世界なら、ローレル殿下はメインヒーローのはずだ。


何か悩みを抱えているとしても、それを表に出さず、王太子としての責務を果たしている――そんな人物なのだろう。


そして、その悩みを癒すのがヒロイン。


(早くイベント見たいなー)


ハーツ様がこちらを見ていることに気づき、私は慌てて表情を引き締めた。

どうやら、にやにやしていたところを見られたらしい。


(やばい)


私は急いで淑女の微笑みを作る。


「メリッサ、問題は起こすなよ。シトラールがいるから大丈夫だとは思うが」


ハーツ様はそれだけ言うと、ローレル殿下の後を追った。


(……は?)


何それ。


私が問題を起こす前提?

失礼すぎない?


まあいい。

どうせハーツ様も攻略対象だろうし。


(腹黒担当、ってところかな)


「メリッサ、本当に面倒を起こすなよ」


「だから、なんで?」


シトラールお兄様にまで念押しされ、私は思わず抗議した。




■□■□■□■□■□




教室に入り、私とシトラールお兄様は後方の席に座った。

ローレル殿下のグループからも、ローズマリー様やラズベリー嬢からも、適度に距離を取る位置である。


私は教室内を見渡した。


クラスは成績順で編成されている。

そのためか、下位貴族の姿は少ない。


そして――。


(女子、少なっ)


全体で三十人ほど。

そのうち女子は十人にも満たない。

この世界では、女性は学問よりも淑女教育を優先される。


だからこそ、魔法学園に進学する女子は限られているのだ。

私は一応、淑女教育は修了している。


「目立たないように完璧に」――それがバウム家の方針だからだ。


他の令嬢たちも、所作は申し分ない。


――ラズベリー嬢を除いて。


彼女は遠慮なくローレル殿下を見つめている。

あまりにも露骨で、不躾と言わざるを得ない。


(うん、無理)


関わりたくない。

遠くから観察する、これに限る。


とはいえ――。


(女友達、できたらいいな……)


正直なところ、少しは期待している。

ちなみに私は現在、令嬢の友人が一人もいない。


ほとんどバウム領で育ち、王都に来てもイーズ侯爵家から出ることはなかった。

イーズ侯爵家のヴィオレ様は、こう言っては失礼かもしれないけど、妹のようなものだし。


大体イーズ侯爵家に行っていたのは、行儀見習いが目的だったし、社交どころではなかったのだ。


(このまま卒業までシトラールお兄様と一緒……?)


それは嫌だ。

ブラコンだと思われたくない。


でも、高位貴族が下位貴族に声をかけるメリットはない。

現実的に考えて、友達ができる可能性は低い。


私の外見の問題もある。


黒に近い茶髪と黒い瞳。

魔力量が少ない証。


周囲を見れば、淡い髪と瞳の色の生徒ばかりだ。

私だけが異質に見える。


(……逆に目立ってる?)


最悪である。

実技は厳しいだろうなと想像できてしまった。


ならば、座学で成績を取るしかない。

もともと私は魔法研究寄りだ。


そこは問題ない。


――その時だった。


「あの、王太子殿下ですよね!」


教室に響く大きな声。

ラズベリー・ハーブ男爵令嬢が、迷いなくローレル殿下に話しかけていた。


(ヒロインが行動を起こした……!?)


しかも大声。


ローズマリー様がその様子を見ている。

わずかに眉をひそめながら。


シトラールお兄様も、珍しくじっとその光景を見ている。

これは嫌悪している顔だ。


教室が、一瞬で静まり返った。

全員の視線が、ローレル殿下とラズベリー嬢へ集中する。


空気が――悪い。


ローレル殿下は困ったように微笑んでいる。

けれど、その目は笑っていないように見えた。


(……あ、これ)


私は確信した。


(始まった!)


乙女ゲームが――今、始まったのだ。

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