(回想)この世界はもしかして?
入学式の最中、私の頭の中はかなり混乱していた。
先ほどの、ローレル殿下たちのやり取りを見たせいだ。
「メリッサ、気分が悪いのか?」
珍しく、シトラールお兄様が気遣うように聞いてきた。
私は軽く首を横に振る。
体調不良ではない、と伝えるために。
「顔色が良くない」
そう言いながら、シトラールお兄様は壇上を見上げたままだ。
(私の顔、見てないじゃん)
そう反論したくなるのを、私は堪えた。
今はそれどころではない。考えなければならないことがあるのだから。
ローレル殿下。
そして、ハーツ様を含めたローレル殿下の側近たち。
ローズマリー・トスカナ公爵令嬢。
さらに、空気を読まずにローレル殿下へ突撃したラズベリーという少女。
私は壇上で新入生代表の挨拶をしているローレル殿下を見上げた。
文句なしの美少年である。
ローレル殿下に目を奪われている女子生徒は多い。
ローズマリー・トスカナ公爵令嬢も、その一人だ。
けれど、一番きらきらした瞳でローレル殿下を見つめているのは、ラズベリーという少女だった。
ラズベリー嬢の家名は分からない。
もともと私は社交に疎いから、その名前自体、聞いたことがなかった。
でも、ラズベリーなんて――。
これ以上ないほど、それっぽい名前である。
私はちらりとラズベリー嬢を見た。
相変わらず、ローレル殿下を一心に見つめている。
ふわふわしたピンク色の髪に、薄い金色の瞳。
顔立ちもかなり可愛らしい。
頭の中を、いくつもの疑問がぐるぐると巡る。
そして、私の脳裏にひとつの答えが浮かび上がった。
(まさか……乙女ゲームの世界なの?)
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
だからこそ、動揺が収まらない。
魔法学園。
王太子殿下を含む攻略対象者っぽい美形たち。
悪役令嬢っぽい公爵令嬢。
そして、ヒロインっぽい少女。
――揃いすぎている。
私は、入学式のホール前で配られたクラス分けの紙を見つめた。
そこに、ラズベリー嬢の名前を見つける。
ラズベリー・ハーブ。
確か、北の方にハーブ男爵家という家があったはずだ。
なんともヒロインらしい名前である。
しかも全員が同じクラス。
私も含めて。
(そして私はモブ令嬢……!)
これはもう、乙女ゲームのイベントを間近で見られるのでは?
先ほどまでの悩みが、一気に解決した気がした。
もともと魔法学園への入学は楽しみだった。
でも、それ以上の楽しみが見つかったのだ。
「ふ……ふふ……」
嬉しさのあまり、思わず笑いが漏れてしまう。
だって、これは楽しまなければ損でしょう!
「おい、大丈夫か?」
隣のシトラールお兄様が声をかけてきた。
かなり不審そうな顔をしている。
どうやら私は、嬉しさのあまり不審者になっていたらしい。
いけない、いけない。
私は気を取り直した。
「大丈夫だよ」
笑顔でそう答える。
嬉しすぎて、声を小さく抑えるのに必死だったけれど。
「……メリッサのその胡散臭い笑顔と“大丈夫”は当てにならない」
シトラールお兄様は、さらに不審そうな顔を向けてきた。
ひどい。
可愛い妹に向かって、なんてことを言うのだ。
でも、今の私は上機嫌だ。
このくらい、許してあげよう。
私は再び、壇上のローレル殿下を見た。
本当にイケメンである。眼福だ。
――え?
ローレル殿下が挨拶を終え、席へ戻る途中、一瞬だけ目が合ったような気がした。
そして、私に向かって微笑んだようにも見えた。
(まさかね)
きっと、気のせいだ。
私はもう一度、クラス分けの紙を見た。
(魔法学園、楽しい日々を過ごせそう)
■□■□■□■□■□
入学式が終わり、私たちは教室へ向かっていた。
兄も同じクラスである。
これでは本当に四六時中一緒ではないか。
今までと同じだ。
もう今さらか、と諦めることにした。
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫だってば。しつこいな」
シトラールお兄様は、さっきから何度も同じことを聞いてくる。
いい加減うるさい。
「本当に、何か悪巧みを考えていないんだな?」
なおもしつこく聞いてくる。
悪巧みって何。
まるで私が何かやらかす前提ではないか。
問題児扱いはやめてほしい。
しかも、真剣な顔をして言うから腹が立つ。
私がいつも何かしでかしているみたいな言い方ではないか。
シトラールお兄様は、私のことを一体何だと思っているのだろう。
一度、ちゃんと話し合った方がいいかもしれない。
そんなことを思っていた、その時。
「何の話?」
朗らかな声が、私たち兄妹にかけられた。
けれど、その柔らかな口調が、逆に私の警戒心を煽る。
私は表情には出さないまま、シトラールお兄様と一瞬で視線を交わし、振り返った。
そこにいたのは、マレイン・ウズイカ公爵令息だった。
私たちはすぐに礼を取る。
マレイン様は、声色と同じく朗らかな笑みを浮かべている。
けれど、私の警戒心はさらに一段階上がった。
(この人、油断しちゃ駄目な相手だ)
頭の中で警鐘が鳴る。
「そんなに畏まらなくていいよ。君たち、バウム子爵家の兄妹でしょ?」
気安い雰囲気で、マレイン様は言った。
「バウム子爵家第三子、シトラール・バウムと申します」
「同じく、バウム子爵家末子、メリッサ・バウムと申します」
私たちは丁寧に名乗る。
先ほどシトラールお兄様に教えてもらっていなければ、相手が誰か分からなかったかもしれない。
無礼な態度を取るつもりはないけれど、相手を知っているかどうかで対応は変わる。
私は内心、兄に感謝した。
「……普通の娘だね」
ぽつりと、マレイン様が呟いた。
(聞こえたぞ)
普通で悪かったね。
そう思いながらも、私は笑顔を崩さない。
警戒している相手に隙を見せるわけにはいかないのだ。
「シトラール殿が認識阻害の魔法を使っていたから、妹君もそうなのかと思っていた」
素直な感想のように、マレイン様は続けた。
(……シトラールお兄様のせいじゃん)
私は内心で兄を睨んだ。
それにしても、やはりマレイン様は魔力量が多いのだろう。
シトラールお兄様の認識阻害の魔法に気づくなんて。
ずっと一緒にいた私でさえ、気づかなかったのに。
「私は平凡な父に似ておりますので」
にっこり微笑みながら、私は答えた。
嫌味も込めて。
まだ、マレイン様が私たちに声をかけた目的が分からない。
ただの雑談で終わるはずがない。
マレイン様の瞳が、そう物語っていた。
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