選ぶ側、選ばれる側(レーモン・バウム視点)
私の提案を説明すると、ローレル殿下は少し考え込んだ。
「……確かに、悪くない案だな」
ローレル殿下は小声で呟き、頷く。
「レーモン卿の提案は、実行してみる価値がある」
それから、ローレル殿下は不敵な笑みを浮かべて私を見た。
何やら値踏みされているようにも感じる。
それは、仕方のないことだと理解していた。
ローレル殿下は、バウム子爵家の嫡子である私について、それほど多くの情報を持っていないはずだ。
私という『レーモン・バウム』の人物像を、まだ完全には掴めていない。
まぁ、それは私にも言えることではある。
私も、ローレル殿下のことをよくは知らない。
知っているのは、ローレル殿下が意図的に公開している情報だけだ。
それに、魔法学園でクラスメイトだったシトラールとメリッサから聞いた他愛のない話。
そして、同時期に魔法学園へ通っていたバウム領民から聞いた、実際のローレル殿下の人物像くらいしか分からない。
『ローレル・ベイリーフ』が本当は何を考えているのか、現状では推察することしかできない。
「メリッサの身を最優先にしたい」
ローレル殿下は私を真っ直ぐに見つめ、真剣な表情で言った。
やはり、多少の違和感が残る。
どうして、ローレル殿下はそこまでメリッサにこだわるのか。
王族であるローレル殿下が、自分の恋情だけを最優先するわけにはいかない。
何よりも考えなければならないのは、ベイリーフ王国のはずだ。
それに、恋だの愛だの、そういうものに溺れるような人物でもない。
優秀なのは間違いない。
為政者として正しい判断ができる人物であることも、確認している。
だからこそ、不可解だ。
なぜ、ローレル殿下はそこまでメリッサに執着するのか。
そして、なぜそのことに、ベイリーフ王家やベイリーフ王国の重鎮たちが異を唱えないのか。
私は、この状況を異常だと判断せざるを得ない。
メリッサは確かに優秀だ。
ベイリーフ王国の発展のために、その能力を存分に発揮できる存在ではある。
しかし、メリッサを王太子妃にする理由は全くない。
メリッサをベイリーフ王国の発展に協力させるためなら、他にいくらでも方法はあるはずだ。
王太子妃という立場である必要はない。
反対に、メリッサを王太子妃にしたことで生じる不利益もある。
筆頭公爵家の現当主であるトスカナ公爵が、ベイリーフ王家に不信を抱いているのは事実だ。
そして、本日の昼間にクラリスから得た情報によると、ローレル殿下は六年前にメリッサへ一目惚れしたとのことだった。
イーズ侯爵家がメリッサをローレル殿下の妃に推した、というのも少し無理がある。
確かに、イーズ侯爵家が優秀なメリッサを目にかけてくださっていることは、私も知っていた。
しかし、メリッサは王太子妃になるには明らかに家格が足りない。
そして、イーズ侯爵家には王太子妃にふさわしいヴィオレ嬢がいる。
メリッサを王太子妃に推す理由がないのだ。
「レーモン卿、納得できていない顔をしているな」
「ローレル殿下の意図が掴めないため、バウム子爵家は対応に困っている、というのが本音です」
「はっきり言うな」
ローレル殿下は声を上げて笑った。
先ほどから彼と話していて、三つも年下とは思えない。
ましてや、三か月前まで魔法学園に通っていた学生だというのに。
しかし、これが王族なのだとも実感する。
「バウム子爵家は、代々伴侶に選ばれる家系だ」
ローレル殿下の言葉に、私は考え込んだ。
確かに、間違いではない。
私の両親が、まさにそうだ。
サフラン王国の王女であった母が父に一目惚れし、単身でバウム子爵家へ乗り込んできたのは有名な話だ。
そして、私の双子の妹であるリモネンも、同じ状況になりつつある。
筆頭公爵家の嫡男から、一途に思われているのだから。
バウム子爵家の祖父や曾祖父も、相手は高位貴族ではなかったが、似たような状況で結婚したと聞いている。
代々、伴侶に選ばれているのだ。
しかも、バウム子爵家にとって有益となる女性から。
偶然では済まされない、圧倒的な事実である。
そのことをベイリーフ王家に気付かれているとは思っていなかった。
これは血統魔法が関与しているのかもしれないと、私も考えていたことではある。
「……そうかもしれませんね」
私は少し言葉を濁す。
断定できるだけの確証はない。
「そして、ベイリーフ王家は伴侶を選ぶ側だ。ベイリーフ王国に最も利益をもたらす女性を、必ず本人が選ぶ」
ローレル殿下の説明に、私は一瞬息を詰めた。
ベイリーフ王国の歴史を思い起こす。
そこまで自国の歴史に興味がなかったため、詳しいわけではない。
だが、確かにその通りだと思った。
ベイリーフ王国の初代国王アヴァロン陛下は、聖女フィーネを妃として迎えている。
そして、私はあることを思い出した。
歴代のベイリーフ国王には、側妃や愛妾が存在したという記録が残っていない。
二千年もの歴史を持つベイリーフ王国であるにもかかわらず。
それは、とても異様なことだと気付く。
王妃が国王の子を産み、その子どもが次の国王となる。
養子を迎えた事例もない。
「これも、血統魔法の一つなのかもしれないな」
ローレル殿下の言葉に、私は反論できなかった。
肯定できる証拠も、反論できる証拠も、現段階では持ち合わせていない。
まだ解明されていない魔法は、数多く存在する。
これが血統魔法ではないとも言い切れない。
「それで、ローレル殿下はメリッサを選んだ、と?」
「そうだ。私は、初めて会った時にメリッサで間違いないと思った」
つまり、ローレル殿下は十二歳の時から、メリッサを妃にするつもりだったのか。
辻褄は合う。
「私も、ベイリーフ王家の伴侶についての話は、メリッサと出会った後で聞かされたのだが」
苦笑交じりに、ローレル殿下は続ける。
「だから誰もメリッサを私の妃に迎えることに反対しなかった」
ローレル殿下の言葉に納得はした。
国王陛下に王妃様、そして前国王様に王太后様。
宰相閣下までは、そのことをご存知だったと見て間違いないだろう。
本当に本人の意思を尊重するため、あえて相手に出会うまでは教えられないのかもしれない。
もしかしたら、バウム子爵家もそうなのかもしれないと感じた。
私には、まだ相手がいない。
だから、知らされていないこともあるのかもしれない。
まぁ、私自身がバウム子爵家の当主の座にこだわっていなかったからかもしれないが。
しかし、今回の事件で、私は腹を括った。
バウム子爵家を継ぐのは私だ。
誰よりもバウム子爵家の資質を受け継いでいるのは、私なのだから。
父や祖父よりも、私の方がバウム子爵家の資質を色濃く受け継いでいると実感している。
血統魔法をバウム子爵家の中で最も上手く扱えるのも私だ。
間違いない。
私は、改めてローレル殿下を見た。
「ローレル殿下は、それで良いのですか?」
「もちろん。たとえ、これが血統魔法に支配されている気持ちであったとしても構わない。血統魔法がなくても、私がメリッサを愛していることは変わらない。不思議なことに、これだけは断言できてしまうのだ」
「……それは、凄いですね」
「歴代の王族の中でも、私のメリッサに対する気持ちは異常なほど大きい。父も祖父も驚いているほどだから、相当なのだろう。メリッサを怖がらせないようにと、助言を受けたほどだ」
ローレル殿下は、自慢げに説明してくる。
彼はメリッサへの気持ちや執着を、これでも抑えているようだ。
メリッサがベイリーフ王家から邪険に扱われることはないと分かり、安堵する。
しかし、別の心配が出てきてしまった。
今日メリッサに会った時は、ローレル殿下を受け入れているようだったが。
これは、メリッサから相談された時に、改めて考えればよいだろう。
今は、目の前の問題を片付ける方が先だ。
「選ぶ側のベイリーフ王家と選ばれる側のバウム子爵家。建国二千年も続いているのに、今まで交じわらなかった方が不思議だとは思わないか?」
ローレル殿下の言葉に、確かにと感じた。
バウム子爵家の警戒心が強かったからかもしれない。
「まぁ、そのお陰で私はメリッサと婚姻することができたのだが」
私はローレル殿下の呟きに苦笑する。
それと、私にはローレル殿下に伝えるべき言葉があった。
「ローレル殿下。遅くなりましたが、妹をよろしくお願いいたします」
一礼してから、私はその場を魔法で立ち去った。
ローレル殿下の返事は必要ないと思ったからだ。
それよりも、時間が惜しい。
メリッサの結婚式まで、あと八日になってしまった。
大切な妹には、安心して結婚式を挙げてほしい。
できることは全てやる。
今は、自分の役目を全うするだけなのだ。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




