アンジェリカの休暇
「おはよう」
ローレル様の声で、私は目を覚ました。
ここは王太子夫婦の主寝室。
現在は危機的状況のため、この部屋で寝起きすることになっている。
でも、まだ慣れないな。
そんなことを、完全には覚醒していない頭でぼんやりと考えていた。
「……おはようございます、ローレル様」
また、ローレル様に寝顔を見られてしまった。
夫婦になったのだから、これは諦めないといけないことなのだろうけど。
自分が寝ている時、どんな顔をしているのかは分からない。
変な顔で寝ていないと良いのだけど。
昨夜はディナーを食べて、ゆっくりとお風呂に入った。
それから、ローレル様と一緒にこのベッドで眠りについた。
ベッドに入る前には、あの魔力回復と体力回復のレモネードを飲んだ。
すぐに睡魔が襲ってきて、そのまま眠りについた。
今朝は少しだけ様子が違うことに気付く。
いつもなら、ローレル様もベッドで一緒に眠ったまま私を起こしてくださる。
だけど今朝は、ローレル様はすでに身支度を終え、ベッドの端に腰掛けて私を見ていた。
間違いなく、今朝はすでに一仕事終えていらっしゃる。
「……ローレル様、何かありましたか?」
私は、ようやく覚醒してきた頭でローレル様に尋ねた。
ディナーを食べる前とは違い、今はもう眠くはない。
魔力も体力も回復している。
やはり、あのお茶は凄い。
いつか解析してみたい。
「ちょっと仕事が入ってね」
「私に、お手伝いできることはありますか?」
ローレル様の返答に、私は被せるように尋ねた。
現在、ローレル様が大変な状況であることは理解している。
少しでも私に手伝えることがあれば。
そんな願いを込めて尋ねた。
「そうだな……明日からは、メリッサにも手伝ってもらわなければならないことがあるかもしれないな」
少し考えてから、ローレル様は答えた。
「本当ですか?」
私は歓喜を抑えきれず、笑顔で聞き返した。
やっと私でも役に立てる。
そのことが素直に嬉しかった。
まぁ、私は魔力量も少なく、特別な特技も持っていないことは重々承知している。
そんな私にも何かできるかもしれないなんて。
王宮で暮らし始めてから、私はほとんど何もできていない。
王太子妃としての役目も、まだ十分に果たせていない。
ずっと、もどかしかった。
何もできない自分が悲しかった。
ローレル様の少しでも役に立ちたいという思いが、日に日に大きくなっていたのだ。
「だから今日は、午前中に念入りに結婚式の準備をしておいてほしい。あと、魔法は絶対に使わないように!」
ローレル様は、私に強く釘を刺した。
今日のローレル様は迫力がある。
絶世の美男子で、生まれながらにいずれ国王となることを宿命づけられた王族だ。
もともと放つ雰囲気が違う。
普段でさえ神々しく、思わずひれ伏したくなるほどなのだから。
私はローレル様に向かって、何度も大きく頷く。
言葉は出なかった。
「約束だよ、メリッサ」
念を押され、私は再び何度も大きく頷いた。
昨日の午前中に魔法を使ったことを言われているのだと分かった。
……私も、何かせずにはいられなかった。
魔法研究が好きな私にも、できることがあると思ったから。
昨日、魔法を使ったことで、バウム子爵家のみんなが王宮に来ていることが分かった。
それに、幼馴染のクラリスも、なぜか王子宮殿にいるようだったし。
他にも数名、知り合いのバウム領民の気配があった。
たぶん、バウム領民は許可なく王宮へ入り込んでいるのだろう。
私のためなのか、それとも別に調べることがあるのかは、私には判断できなかった。
ベイリーフ王国に仇為すわけではないし、わざわざローレル様へお知らせすることでもないと思い、私は何も言わなかった。
何かあれば、私にも何らかの連絡が来るはずだ。
無闇に事を大きくしない方が良いと判断した。
しかし、午前中は念入りに結婚式の準備か……。
少し気が重い。
でも、結婚式まであと八日。
日も迫ってきている。
結婚式の段取りを正確に頭へ入れておいて損はない。
ローレル様に恥をかかせるわけにはいかない。
ベイリーフ王家にも。
私は本当に良くしていただいているのだ。
恩を仇で返すことだけは、絶対にできない。
結婚式だけではなく、私はまだベイリーフ王家のしきたりも知らない。
この辺りのことも、知っておくべきだ。
王妃様も侍女のみんなも、私が強引に婚姻させられたことを知っている。
だから、慣れるまでは、そのことも後回しにしてくださっているようだ。
周囲がとても気を遣ってくださっているのを感じる。
確かに私は困惑し、戸惑い、途方に暮れていた。
でも、二か月以上が経ち、王宮での暮らしにも少しずつ慣れてきた。
相変わらず、高価そうな調度品には近付かないようにしているけれど。
昨日、私が調べたいことは、レーモンお兄様たちが調べると仰ってくださった。
私が下手に介入すれば、お兄様たちの邪魔をしてしまうかもしれない。
それに、レーモンお兄様も言っていた。
魔法はいざという時のために使わないように、と。
破天荒すぎるレーモンお兄様ではあるけれど、間違ったことは言わない。
そこは信用できる。
腹が立つほど、レーモンお兄様は無駄に優秀なのだ。
魔力量も、私よりずっと多い。
ここは、ローレル様とレーモンお兄様の指示に従うべきだ。
そう直感した。
「さぁ、朝食にしよう」
ローレル様は私をエスコートし、隣の部屋へ向かった。
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朝食を食べ終えた後、ローレル様は執務室へと向かわれた。
私は身支度を整える間もなく、ネリーさんにウエディングドレスの試着室へ案内される。
「ネリーさん。今日はアンジェリカの姿を見ていないのですが……」
朝食の時から気になっていたことを尋ねた。
「アンジェリカは本日、お休みをいただいております」
「え?」
私は驚いた。
確かに、アンジェリカは休暇を全く取っていなかった。
だから、休んだ方がいいとは思っていたのも事実だったけど。
「……急ですね。もしアンジェリカがお休みを取るのなら、事前に私へ教えてくれそうなのに」
私はアンジェリカの性格をよく知っている。
だからこそ、不自然に思えた。
「昨日のお話を、今朝早く私からローレル殿下へお伝えいたしました。メリッサ妃殿下が、アンジェリカが休暇を取っていないことに心を痛めていらっしゃる、と」
ネリーさん、そんな伝え方をローレル様にしたのか……。
確かに、私はアンジェリカの身体を心配していた。
しかも、朝活として毎朝魔法訓練をしていると聞いた。
その上、魔力回復と体力回復のお茶をレモネードに改良し、毎日飲んでいるらしい。
回復のお茶を飲んでも、アンジェリカは眠くならないのか不思議に思ったけれど、どうやらアンジェリカは、あのお茶を飲んでも眠くならない体質らしい。
羨ましい。
「それで今朝、ローレル殿下がアンジェリカに半ば強引に休暇を与え、一度パトーキ侯爵家へ帰されたそうです。アンジェリカの継母であるラウラ様は、ローレル殿下の叔母君にあたりますから。ラウラ様がアンジェリカを大切になさっていることも、ローレル殿下はよくご存じですし」
ウエディングドレスの試着をしながら、私はネリーさんの説明に聞き入っていた。
それなら、アンジェリカが私に何も言えないまま休暇を取ることになった理由も納得できる。
ラウラ様も、ずっとアンジェリカを心配していらっしゃったはずだ。
少し寂しいけれど、アンジェリカもラウラ様にお会いしたかっただろう。
私は、本当にアンジェリカに頼り過ぎていたのだと反省する。
本日は、デザイナーさんもお針子さんたちも、いつも以上に目を輝かせながら必死に作業をしていた。
私が声を掛けられないほど真剣だ。
やっぱり、ウエディングドレスは着るたびに重くなっている気がする。
この姿で、結婚式当日は何時間も笑顔でいなければならない。
もう少し体力を付けておくべきだった。
そんなことを思いながら、私は鏡に映る自分の姿を見つめていた。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




