愛が重いと実感した
「ディナーをお持ちいたしました」
寝室の扉の向こうから、侍女の声が聞こえた。
「隣の部屋に置いておいてくれ」
ローレル様が答える。
そう言えば、今は何時なのだろう。
窓の外へ視線を向けると、日は完全に落ちている。
「今、何時ですか?」
「もうすぐ二十一時だね」
ローレル様の返答を聞いて、十時間近くも寝ていたことに気付く。
それでも、まだ眠い。
本当に、魔力回復と体力回復のお茶を飲むとよく眠る。
まぁ、先ほどローレル様から聞いた、この数年の誕生日の薔薇事件の話で、かなり眠気は吹き飛んだけど。
ローレル様は私の手を取り、ベッドから降りる私をエスコートしてくださる。
さりげなく、ナイトドレスの上に羽織る薄手のカーディガンを着せることも忘れない。
「ありがとうございます」
「当然のことしかしていないよ」
私の感謝の言葉に、ローレル様は嬉しそうに答えた。
本当に、こういうことをさらりと言えるのは凄いと思う。
今まで私の周りには、こんなに気が利く男性はいなかったから。
寝室の隣の部屋には、軽めのディナーが用意されていた。
廊下に出ずに隣の部屋へ行けることにも、最近やっと慣れてきた気がする。
「メリッサはずっと眠っていたから、そんなに食欲はないかなと思ったんだけど。お腹は減っている?」
ローレル様に尋ねられ、私はそこまでお腹が減っていないことに気付く。
「そんなにお腹は減っていません」
ローレル様に椅子へ座らせてもらいながら答える。
それでも、食事は抜きたくなかったのだ。
食い意地が張っていると思われても仕方がない。
ディナーは、ビーフシチューとサラダとパン。
美味しそう。
室内には誰もいない。
気を遣わなくていいように、ローレル様が配慮してくださっている。
侍女や侍従に見られながら食べる時は、少し居心地が悪いんだよね。
ありがたい。
こうしてローレル様と二人きりで摂る食事は、正直嬉しい。
まだ多少眠気が残っているので、失言してしまうかもしれないし。
ローレル様になら、多少の失言はしてもいいと思っている自分に驚く。
完全に、とはいかないけれど、ローレル様のことを信頼しているから。
これはもう、身内感覚である。
たった三か月弱で、ここまで心境が変化するなんて思ってもいなかった。
「? どうかした?」
私の視線に気が付き、ローレル様は首を傾げる。
「あ、いえ……その」
「何? 気になるな」
「……もう、ローレル様のことを家族だと思っている自分に驚いていました」
私の言葉に、ローレル様は身体を硬直させた。
ちょっと直球すぎる言い方だったかも、と心配になる。
でも、ローレル様が嫌がっているわけではないことも伝わってきた。
「今日のランチの時もそうだったけど、私にとってメリッサの言葉の破壊力はとても大きいんだよ」
ローレル様は少し頬を染め、視線を逸らしながら呟いた。
そうだった。
今日のランチの時に、私はローレル様にカウンター攻撃を無意識にしてしまっていたのだった。
「でも、ローレル様の言葉と行動も、私にとっては大きな破壊力がありますからね」
私も照れながら言い返した。
だって、本当のことだ。
破壊力というか……困惑ばかりしていたと思う。
「とにかく、ディナーを食べよう」
「はい」
多少気まずい気持ちになりながらも、私たちはディナーを食べ始めた。
ビーフシチュー、めちゃくちゃ美味しい!
一口食べて、感動する。
やはり、ディナーを抜かなくて良かった。
パンは塩味が強いものと甘めのものの二種類あり、どちらもビーフシチューにとても合う。
そんな私を、ローレル様は嬉しそうに見ている。
恥ずかしい。
「あ、あの、ローレル様?」
「ん?」
「そう言えば、魔法学園に入学してからも、私の誕生日には薔薇の花束を贈ってくださいましたよね?」
咄嗟に思いついた話題が、先ほどの恐怖の薔薇事件だった。
「十六歳の時はオレンジ、十七歳の時は黄色、十八歳の時は黄色とオレンジを数本ずつ。何か意図があったのですか?」
「薔薇の花は色によって花言葉が違うし、贈る本数によっても意味が変わると知ったからね。メリッサの小説を読んで」
ローレル様の後半の説明に、私はパンを喉に詰まらせそうになった。
やはり、ローレル様は私が小説を書いていることを知っていて、しかも読んでいらっしゃったのか……。
そうだろうとは思っていたけど。
ローレル様の執務室には、私が書いた小説と原案を担当した絵本が全て揃っていたからね。
間違いなくご存じだとは思っていた。
でも、正面から言われると恥ずかしい。
十六歳の誕生日に贈られてきたオレンジの薔薇は、バウム領に贈られてきた時と同じくらいか、それ以上の本数だった。
それなのに、十七歳の誕生日に贈られてきた黄色い薔薇は十一本だったのだ。
明らかに本数が違う。
その数か月前に出版した小説には、薔薇の花言葉や、本数によって意味が変わるという話を多少盛り込んでいた。
もともと花に興味の薄い私にとって、それは驚きだった。
薔薇……とても奥深い。
それもあって、薔薇を贈りつけてくる人物は、私が小説を書いていることを知っているのだと気付いた。
あの時はストーカーを本気で疑い、身の回りの警戒に力を入れたのだった。
あれ?
そう言えば、シトラールお兄様は本気で取り合ってくださらなかった。
もしかして、薔薇の贈り主がローレル様だと知っていた?
魔法学園在学中、週末にローレル様の手伝いをしていたこともあったし。
シトラールお兄様は、ローレル様が私を妃にしようと思っていたことを知っていた、なんてことはないよね。
バウム子爵家の人間だもの。
目立つことを良しとしない家系だし。
でも、もしシトラールお兄様がローレル様に協力していたとしたら……。
ローレル様は、私が平民になる予定だったことを知っていた。
バウム子爵家の極秘情報だったはず。
いくらローレル様でも、簡単にその情報を入手することはできない。
やはり、シトラールお兄様がローレル様の協力者だった可能性は高い。
なぜそんなことをしたのか、理由が分からない。
私が王太子妃になることに、メリットは何もないし。
駄目だ。
これは堂々巡りから抜け出せなくなる。
当時ハーツ様に至っては、ストーカーだなんて自意識過剰だと鼻で笑われたことを思い出す。
ローレル様の最側近であるハーツ様が、薔薇の件を知らないわけがない。
私が本気で恐怖していたことを知っていたのに、あの言動。
許すまじ。
真剣に悩んでいたから、本来はあまり頼りたくないハーツ様にも相談したのに。
鼻で笑うとは。
「メリッサ、どうかした?」
「え? 何でもありません」
私は笑顔で返答した。
「あ、そうだ。ローレル様」
私は気を取り直して、ローレル様の名前を呼んだ。
「何?」
「今年の誕生日は、ローレル様のお好きなお花が欲しいです。花言葉や本数の意味などは関係なく、純粋にローレル様がお好きなお花がいいです」
「私の好きな花?」
「はい。私もローレル様のことを知りたいので、ぜひお願いします」
私の頼みに、ローレル様が若干困惑しているのが伝わってきた。
「好きな花か……考えたこともないな」
多少途方に暮れながら、ローレル様は呟いている。
それ、私も同じ気持ちだったんですよ。
少しは私の気持ちを分かっていただこうと思う。
「メリッサに似合う花かどうかでしか、花を見ていなかった……」
ローレル様の独り言に、私は一瞬身体を硬直させた。
目敏いローレル様には気付かれなかったようで、安心する。
いつからローレル様はこうだったのだろうか。
とても不思議だった。
ローレル様の愛が重い。
身に染みて実感した。
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