恐怖の誕生日薔薇事件
「メリッサ。起きて」
ローレル様の優しい声で、私は目を覚ます。
ここは現実だ。
目の前には、現在のお姿のローレル様がいた。
「……昔の夢を見ていました」
私は起き上がらず、寝たままローレル様に言った。
まだ思考がはっきりしていない。
だけど、ベッドのシーツの感触。
それと、薔薇の香りがした。
この主寝室には、いつも青薔薇が生けられている。
誰も使わない日でさえ。
私の寝室にも青薔薇が生けられている。
薔薇特有の香りではあるが、強くもなく弱くもない。
とても上品な香りである。
「いつの夢?」
ローレル様は私の頬を撫でながら、優しい声で聞いてくる。
触覚と嗅覚がある。
やはり、ここは現実だ。
「六年前、ローレル様と初めてお会いした時の夢です」
「あの時、私は緊張して、メリッサとなかなか上手く話せなかったね。もっと話したかったと後悔しているよ」
「……? ローレル様が緊張なさっているようには思えませんでしたけど」
少し照れながら話すローレル様を見て、あれは過去の出来事ではなく、本当に私の夢だったのかもしれないと思う。
だって、ローレル様が緊張する理由はない。
あの日は丸二日寝ていなかったので、記憶はあやふやだった。
「……夢の中で、ローレル様は私に好きなお花を聞かれました」
「それは夢ではないね。私は実際に、メリッサがどんな花が好きなのか聞いたよ」
私はゆっくりと起き上がる。
やはり、さっきの夢は私の幻想ではなく、事実だったようだ。
「なぜ、急に私の好きな花を聞かれたのですか? 凄く驚きました」
「メリッサのことを知りたかったんだよ」
ローレル様は苦笑した。
「だから、花の話を振られたのですか?」
「そう。メリッサに花をプレゼントする時の参考にしたかったんだ」
「?」
なぜ、当時の私に花束をプレゼントするつもりだったのか分からない。
え?
でも、ちょっと待って。
ローレル様と初めてお会いしてから、私の次の誕生日以降、毎年匿名で大量の薔薇の花束が贈られてきたことを思い出す。
十三歳の誕生日には真紅の薔薇。
十四歳の誕生日にはピンクの薔薇。
そして、十五歳の誕生日には白い薔薇が贈られてきた。
薔薇は毎年綺麗だった。
十三歳の時に真紅の薔薇が贈られてきた時から、嬉しい気持ちより恐怖の方が勝っていた。
まだ十三歳の少女に、匿名で薔薇を送ってくるなんて、かなり常軌を逸していた。
とても上等な薔薇の花束だった。
しかも大量。
この時点で、私はパニックに陥っていた。
お金をかけてまで十三歳の少女に薔薇を贈るなんて、正気ではない。
私は泣きながら、父と祖父に助けを求めた。
母と祖母は贈られてきた薔薇を見て、「薔薇に罪はないわよ」と嬉々としてバウム領の子爵邸に飾り始めていた。
この時点で、私は父と祖父に向かって泣き叫んでいた。
かなりのお金をかけて、十三歳の少女の誕生日に大量の薔薇を贈ってくるなんて。
理由はそう多くはない。
私は一番最悪の事態を想定してしまったのだ。
『お父様、お祖父様、私を金持ちロリコンに売り渡したりしませんよね?』
泣きながら何度も聞いた。
『お願いです。金持ちロリコンに、私を売り飛ばさないでぇ!』
『……そんなことするはずないだろう』
父と祖父は呆れたように答えていた。
でも、当時のバウム子爵家にはお金の余裕がなかった。
領民たちの生活のため、新しいインフラ整備に着手したばかりだったからだ。
しかも、それにはかなりの費用をかけていた。
その年は、レーモンお兄様とリモネンお姉様、それに領民から十人ほどが魔法学園へ通っていた。
バウム領からは過去最大の人数だったと記憶している。
学費や生活費も負担していたので、家計はかなり切迫していた。
学ぶことは良いことだし、そのことに異を唱えるつもりは毛頭ない。
でも、私は当時のバウム子爵家の経済状況を知っていた。
家計は火の車だった。
だからこそ、もしかしたら金持ちロリコンに売られてしまうかもしれないと思うと、凄く怖かった。
泣き叫ばずにはいられなかった。
それまでの私の誕生日は、家族や領民に祝ってもらう和やかな一日だった。
十三歳の誕生日も、それ自体は変わらなかったけど。
でも私は、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら絶望のどん底にいた。
しかも、誰から薔薇を贈られたのか分からなかった。
自分では調べられず、レーモンお兄様に助けを求めた。
しかし、レーモンお兄様でも贈り主を突き止めることはできなかった。
この時点で、不安はますます大きくなった。
バウム領の情報網を最大限使っても分からなかったのだから。
通常では考えられない事態だった。
しかも、十五歳の誕生日には真っ白な薔薇が大量に贈られてきた。
『これって献花や供花だったりする? 私、もうすぐ死ぬの?』
ちなみに父と祖父は、私の対応が面倒だったのか、十五歳の誕生日の頃にはあまり相手にしてくれなくなっていた。
お金持ちロリコンはサイコパスかもしれない疑惑も浮上してしまった。
しかも、もともと大量だった薔薇の花束は、年々本数が確実に増えていた。
初めて大量の薔薇が贈られてきた時から、金持ちロリコンに嫁ぐくらいなら、一人で生活しようと思った。
手に職をつけなければ、最悪の事態に陥るかもしれない。
今後の人生のためにも、手に職をつける。
そう強く思った出来事だったのだ。
一人で食べていけるくらいの収入を得られれば、金持ちロリコンに嫁がなくてもいい。
その件があってから、私は小説を書くことに時間を割くようになった。
幾つも小説を書き、リモネンお姉様やクラリスに読んでもらって感想をもらい、書き直すことを繰り返していたのだ。
誕生日の恐怖の大量の薔薇。
もしかして……。
「あの、ローレル様?」
「何?」
「私の誕生日に薔薇の花束を贈ってくださったことってありますか?」
私は恐る恐る尋ねた。
「え? うん。メリッサに喜んで欲しかったから、十三歳の誕生日から毎年贈っていたよ」
「……」
当然のように肯定し、その上満足そうな表情を浮かべているローレル様を、私は無言で見つめてしまった。
謎が解けた。
バウム子爵家の力をもってしても、贈り主を見つけられないはずだ。
ローレル様が何重にもフェイクを入れていたから、見つけることができなかったのだ。
私は脱力するのを止められなかった。
まさか、ローレル様が犯人だったとは。
大量の上質な薔薇だったので、私は勝手に金持ちのロリコンおじさんからだと決めつけていた。
でも、まさか同い年の異性から贈られてきているなんて思わなかった。
しかも、王族であるローレル様が、私の誕生日に薔薇を贈ってくださっていたなんて思いもよらなかった。
「メリッサの好きな花が薔薇だとは聞いたけど、色を聞かなかったのは痛恨のミスだったよ」
少し残念そうにローレル様が言う。
そうではないのです、ローレル様!
あれ、結構トラウマなんですけど。
それでも、私以外のバウム子爵家の女性陣は大量の薔薇を喜んでくれていたし。
その上で青薔薇の魔法改良を行った私は、神経が図太いのだろう。
……花の種類には疎かったこともあるけど。
「……匿名だったのは、どうしてですか?」
「ハーツが、私の名前で薔薇を贈るとメリッサが驚いて萎縮してしまうと言ったんだ」
確かに、その通り。
しかし、この件に関しては、匿名はやめてほしかった。
でも、ローレル様から贈られてきていると分かっていたら、それはそれで国外に売り飛ばされると思ってしまったかもしれない。
誕生日の恐怖の薔薇事件の謎が解けたことだけは、良かったと思うことにした。
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