三年ぶりの再会(クラリス・イジー視点)
「クラリス・イジー様にお客様でございます。いかがなさいますか?」
部屋をノックした侍女が、躊躇いがちにノビリス様へと尋ねている。
私にお客様?
今回、ノビリス様と王宮へ行くことを、私は誰にも話していない。
ノビリス様はマートル・キンバイのことを完璧に隠している。
本来なら、私とノビリス様に接点があることは、誰にも知られていない。
でも、国王陛下との謁見のあと、ローレル殿下にお会いしたことを思い出す。
私が名前を名乗ると、すぐにバウム子爵家の家令の娘だとお分かりになられた。
もしかして、ローレル殿下から話を聞いたシトラールが、私に会いに来たのだろうか。
イーズ侯爵家のハーツ様とは面識があるけれど、わざわざ私に会いには来ないだろうし。
午前中、王子宮殿の中庭で歌を歌ったから、メリッサにも聞こえていたのかもしれない。
王太子宮殿と王子宮殿は、そこまで離れていない。
でも、メリッサは私に会いには来ないだろう。
現在、一番危険な立場にいるのはメリッサだと聞いている。
警護の面を考えても、気軽に王太子宮殿から出られるはずがない。
そうすると、ローレル殿下から聞いた、バウム領から送り込まれたという手練れの誰かだろうか。
内密に王宮へ潜り込んでいるのに、こんなにも堂々と会いに来るとは思えない。
私は、リモネンが手練れだと思っている数人の顔を思い浮かべる。
やはり、私に会いに来ることはないだろう。
私に何か伝えたいのなら、別の方法で連絡してくるはずだ。
目立つことを嫌うのが、バウム領の人間なのだから。
「もしかして、ノビリス様。ご婚約者か恋人がいたの?」
私は一番可能性の高い事案について、ノビリス様へ尋ねた。
それなら、辻褄が合う。
ノビリス様に婚約者、もしくは恋人がいたのなら、女性を宮殿へ引き入れたとなれば、心中穏やかではいられないだろう。
マートルさんに恋人がいなかったことは確認していたけれど、ノビリス様については、そこまで詳しく調べていなかった。
婚約者はいなかったはずだけれど、婚約者として内定している相手はいたかもしれない。
これは私の調査不足だ。
もしかしたら、ノビリス様に迷惑をかけてしまったのではないかと心配になる。
「いるわけがないだろう。兄夫婦と母上は、君のことを私の恋人だと思っているよ」
多少脱力しながら、ノビリス様は答えた。
王太后様も王妃様も、とても好意的に接してくださっていたとは思っていたけれど。
やはりそうだよね、と自分で納得する。
私はノビリス様の瞳の色をしたドレスと、輝かしい髪色に合わせた髪飾りを身につけている。
淡い赤紫色のドレスにパープルサファイアのネックレス、そして上品な金色の髪留め。
これでもかというほど、現在の私はノビリス様の色を身につけている。
周囲からそのように見られるために、ヴィオレ様からこのドレスとネックレスを譲ってもらったのだ。
ちなみに髪留めも、ヴィオレ様がくださった。
やるなら徹底的にやった方が良いと、後押しまでしていただいた。
でも、国王夫妻と王太后様に、愛人ではなく恋人だと思われているのは意外だった。
絶対に愛人だと思われると覚悟していたのに。
私は、ノビリス様の愛人だと思われても良いと考えていた。
王弟の愛人なんて、女優として箔がつくし、家族やバウム子爵家の人たちも気にしないだろうから。
「相手は誰だ?」
ノビリス様が侍女に尋ねる。
「バウム子爵家のレーモン卿です」
「え? レーモン?」
意外な名前を聞いて、私は思わず素の声で聞き返してしまった。
それほどまでに、意外だったのだ。
バウム子爵家で誰よりも目立つことを嫌っているのがレーモンだと、私は知っている。
「ここへ通せ」
ノビリス様が、少し硬い声で侍女へ指示を出した。
普段からは考えられないほど、ノビリス様の声は低かった。
もしかして、機嫌が悪い?
ノビリス様が苛立っているのが伝わってくる。
珍しい。
普段のノビリス様らしくない。
でも、王弟らしいとも思ってしまった。
どんなノビリス様も好きだけど。
もしかして、私は何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。
普段温厚な方ほど怒ると怖いということを、私は初めて実感した。
ノビリス様は王弟である。
時には厳しい判断もしなくてはならない立場の方なのだと、改めて思った。
ええと、でも。
レーモンは、私に会いに来たんでしょう?
そういえば、数日前に私がシトラールをぶっ飛ばしてしまったことを、レーモンは怒っているのかもしれない。
レーモンは性格に難はあるけれど、家族思いな人なのだ。
それよりも、メリッサの現在の状況について情報を共有するために来た可能性の方が高い。
私はリモネンの言う手練れには入らないほど、戦力にはならない。
邪魔をしないようにと、釘を刺しに来たのかもしれない。
でも、ノビリス様の前では、レーモンも私に伝えたいことを言えないのでは?
私は、呆れたようにノビリス様を見つめた。
いつもはとても穏やかな方だ。
脚本を書いている時は、とても真剣だけれど。
うまく書けずに苛立っている時でさえ、こんな言い方をする人ではなかった。
私は珍しいものでも見るように、ノビリス様を見つめていた。
その視線に気づいたノビリス様は、居心地が悪そうに僅かに視線を逸らした。
「レーモン・バウム様をお連れいたしました」
侍女とともに、レーモンが室内へ入ってきた。
バウム領にいる時のような気軽な格好ではなく、貴族としての正装をしている。
初めて見るレーモンの姿に、少し驚く。
こうしていると、ちゃんと子爵家の嫡男に見える。
バウム領では、領民とほとんど変わらない格好をしているから。
そして、レーモンも驚いたように目を見開いていた。
ドレス姿の私と、その私と一緒にいるノビリス様に対して。
まさか、ノビリス様までいるとは思っていなかったのだろう。
普段、滅多に驚かないレーモンの表情を見て、何だか得をした気持ちになった。
「王弟殿下、初めてお目にかかります。バウム子爵家のレーモンと申します」
レーモンはすぐに正気へ戻ったようで、ノビリス様に最大級の礼を執った。
相変わらず、隙がない。
そしてレーモンは、自分のことを嫡子とは名乗らない。
まだ、子爵家を弟か妹に継がせることを諦めていないようだ。
潔く諦めれば良いのに。
その件に関しては、もう無理だとバウム領の誰もが思っている。
レーモンが一番、バウム子爵家の跡取りに相応しいのだから。
「王弟のノビリス・ベイリーフだ」
ノビリス様は答える。
レーモンという人物を、ノビリス様は量りかねているようだった。
その反応は正しい。
さすがノビリス様。
人を見る目がある。
レーモンは癖の強い性格をしているのに、それを上手に隠し、普段は誰にも悟らせないのだ。
そんなノビリス様を見て、レーモンは満面の笑みを浮かべた。
何かを企んでいる時の顔だ。
「劇作家マートル・キンバイ様のお名前も有名ですし、以前からお会いしたいと思っておりました。お目にかかれて感激しております」
レーモンの言葉を聞いて、ノビリス様は私へと視線を向けた。
私は首を横に振る。
レーモンと劇作家マートル・キンバイについて話したことは、一度もない。
それどころか、レーモンとは三年以上も直接会っていなかった。
最後に会ったのは、レーモンが魔法学園を卒業した日だったはずだ。
「レーモン。ノビリス様がマートル・キンバイだって、よく辿り着けたね」
私は感心しながら言った。
でも、私でさえ調べたらすぐに分かったのだ。
レーモンなら、もっと早く調べられるはず。
無駄に優秀だから。
「クラリス、三年ぶりだな。今着ているドレスとアクセサリー、それにその髪飾りはどうした?」
レーモンは私の問いには答えず、反対に自分が聞きたいことを尋ねてきた。
三年前と変わっていない。
レーモンは、こういう人だ。
ノビリス様は、レーモンが『三年ぶり』と言ったことに驚いているようだった。
「ヴィオレ様と取引をして、譲っていただいたの」
取引の内容までは言えないけれど。
私は正直に答えた。
「イーズ侯爵家に迷惑をかけるくらいなら、バウム子爵家に声をかけろ。それくらいの金は出せる」
「時間がなかったのよ……」
レーモンの言い分はもっともだし、時間がなかったのも本当だ。
そこで、ヴィオレ様との取引材料があることを思い出したのだ。
「今後、彼女が着るドレスは私が用意する。イーズ侯爵家にも、私から礼を返す。それで良いだろう」
ノビリス様の言葉に、室内は静まり返った。
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