整合性(クラリス・イジー視点)
午前中、舞台で歌う曲の練習も兼ねて、王子宮殿の中庭で王太后様の前にてクライマックスの歌を披露した。
もちろん、演出家でもあるマートル・キンバイ……もとい、王弟殿下であるノビリス様にも聴いていただいた。
さすがに王宮で歌を歌うとなると、かなり緊張してしまった。
だけど、私が調べた限り、この王子宮殿にはフローラ・フラワーはいない。
そのことをバウム子爵家の人々へ伝えるためにも、私は全力で歌った。
途中から王妃様や上級侍女たちまで集まってきたのは予想外だったけれど、良い練習にはなった。
一ヶ月もしないうちに、国立歌劇場の大舞台で歌うのだ。
きっと、身分の高い方々もたくさん観にいらっしゃるはず。
この程度で萎縮していたら、話にならない。
ノビリス様からも直接的に何度もアドバイスをいただいた。
今回の歌劇は、これまでのものとは全く違う。
既存の歌劇ではなく、新作のために歌も新しく作られたものだった。
ベイリーフ王国の若き王太子と王太子妃の恋の物語。
作詞と作曲を担当なさった方々も、かなり力を入れてこの曲を作ったと聞いている。
私は、この曲を国立歌劇場で初めて歌う女優になる。
とても素晴らしい名曲だ。
私の名前とともに、歌劇の歴史に残ることになるだろう。
プレッシャーもある。
でも、絶対に『青薔薇の賢妃』を成功させてみせる。
現在は昼食を済ませ、ノビリス様と台詞回しの調整を終え、休憩しているところだった。
ノビリス様と王子宮殿でお茶をするなんて、思ってもいなかった。
意外にも、ノビリス様はマートル・キンバイとしてお会いしている時とは違い、とても優雅な立ち居振る舞いをなさっている。
素直に素敵だと感心してしまった。
王子様の服装も、とても良い。
もちろん、マートル・キンバイの時だって素敵な方だと思っていたけれど。
王子宮殿にいるノビリス様を見ていると、マートル・キンバイよりも、王弟殿下であることの方がしっくりくる。
マートル・キンバイは、若い女優や助手、それに歌劇を観に来る女性の観客たちからも、とても人気が高かった。
そのことに、ノビリス様ご本人はまるで気がついていない。
私がマートル・キンバイへ売り込みに行った時も、周囲の若い女性たちから、あからさまに嫌な顔をされた。
それなのに、ノビリス様は全く気づいていない。
いつだって、歌劇の脚本を書くことに集中なさっている。
そんな仕事に真摯な姿も、私にはとても好印象だった。
王弟という肩書を使わず、一から劇作家として活動し、成功を収めている。
現在では、徐々にマートル・キンバイの名が知れ渡り始めているのだ。
次の『青薔薇の賢妃』では、国外にまで名を知られることになるだろう。
私だって、『青薔薇の賢妃』の主演を務め、女優としての地位を確立するのだ。
失敗は出来ない。
『青薔薇の賢妃』を成功させることが、バウム子爵家への恩返しにもなる。
魔法学園へ通わせてもらったのに、私はバウム領へ帰らなかった。
それは、私が女優になり、バウム領の名を国内へ知らしめることが出来ると思ったからだ。
これが、私に出来るバウム子爵家への最大の恩返しになる。
「機嫌が良いね。王子宮殿には慣れたかい?」
向かいに座っているノビリス様が、優雅にお茶を飲みながら尋ねてくる。
現在、部屋にいるのはノビリス様と私の二人きり。
取り繕う必要のない状況だ。
「そんなにすぐ王宮に慣れるわけないよ。まだ王城へ来て数時間しか経っていないし。それに私は所詮、準男爵の娘。しかも、この一年は駆け出しの女優として、平民と変わらない暮らしをしていたしね」
この王子宮殿には、前国王夫妻も暮らしている。
とても格式の高い宮殿である。
メリッサが現在暮らしている王太子宮殿も、似たようなものだろう。
高価な調度品の数々に、戦々恐々としているのが本音だ。
よくメリッサは、二ヶ月以上も王宮で暮らしているものだと感心してしまう。
もう慣れたのだろうか?
……いや、あのメリッサが短期間で王宮暮らしに慣れられるわけがない。
心の中で、自分の考えにツッコミを入れた。
「先ほど歌った時、王太后様と王妃様が楽しんでくださっていたようなので、安心したんです」
「四年以上かけて、『青薔薇の賢妃』のために作られた曲らしいからね」
「え?」
ノビリス様の言葉に、私は思わず声を漏らした。
初めてあの歌詞と曲を聴いた時から、素晴らしい曲だとは思っていた。
だけど、四年以上かけて作られた曲だということには驚く。
「ノビリス様が『青薔薇の賢妃』の脚本を書き終えたのは、二ヶ月前……だったよね?」
かなり無理をして初稿を書き上げたと聞いている。
ノビリス様が『青薔薇の賢妃』の初稿を執筆していた間は、私でさえ彼に会えないほどだった。
まるで世間から完全に隔離されたかのような状態で、書き上げられたはずだ。
「『青薔薇の賢妃』の脚本はね。でも、ローレルがメリッサ妃のために、五年ほど前から作曲を依頼していたと聞いているよ」
「……五年?」
私は驚きすぎて呆然としながら、ノビリス様の言葉を繰り返してしまった。
確かに、あれほどの名曲が一ヶ月そこらで出来上がったとは思っていない。
でも、そんなにも長い年月をかけて作られた曲だったなんて、想像もしていなかった。
五年も前。
まだメリッサが魔法学園へ入学する前になる。
「……もしかして、本来は別の方のために作られた曲なの?」
私は、嫌悪感が表情に出るのを止められなかった。
「最初からメリッサ妃のために作らせた曲で間違いないよ」
苦笑いを浮かべながら、ノビリス様は答える。
ローレル殿下とメリッサが顔合わせをしたのは十二歳の時で、六年前だ。
でも私は、魔法学園へ通っている間にローレル殿下がメリッサを妃にすると決めたのだと思っていた。
今のノビリス様の話を聞く限り、ローレル殿下は魔法学園へ通い始める前から、メリッサを妃にすると決めていたように聞こえる。
五年前。
つまり十三歳の時には、メリッサと婚姻することを決めていたことになる。
そんなに幼い頃から?
私が十三歳の時なんて、結婚の『け』の字さえ頭になかった。
間違いなくメリッサもそうだ。
メリッサには、もともと結婚願望がなかったのだから。
「先ほど母上に……王太后様に聞いたのだけれど、ローレルは六年前、初めてメリッサ妃に会った時に一目惚れしたらしいよ」
「え、嘘」
つい、本音が口からこぼれてしまった。
だって、ローレル殿下がメリッサ妃に一目惚れしたなんて考えられなかった。
魔法学園在学中に、優秀なメリッサを見て妃に決められたのだと思い込んでいた。
私は、メリッサが中身を評価されて選ばれたのだと疑いもしなかった。
メリッサの優秀さは、一緒に育ってきた私は嫌というほど知っているし。
それなのに。
まさか、ローレル殿下の一目惚れとは……。
「もしかして、王太子殿下は……目がお悪いの?」
私は思ったことを口にした。
一応、言葉を選ぼうとはしたが、他に適切な表現が出てこなかったのだ。
「目が悪いなんて話は聞いたことがないよ」
笑いながら、ノビリス様は答えた。
確かに、そんな話は聞いたことがない。
仕事柄、高位貴族との繋がりもあるけれど、ローレル殿下については『完璧な王太子』という評判しか聞いたことがなかったのも事実だ。
「ああ、分かった。王太子殿下は、女性の趣味が悪いのか!」
完璧な人間なんているわけがない。
ローレル殿下は、天から二物も三物も与えられている。
本来は『天は二物を与えず』と言うけれど、ローレル殿下は違う。
多くのものを与えられていることは有名だ。
きっと、美的感覚が悪いことで天は整合性を図ったのだ。
そうに違いない。
私は自分の考えに納得し、何度も一人で頷いていた。
そんな私を見て、ノビリス様は吹き出してしまった。
私は首を傾げる。
そこまでおかしなことは言っていないと思うのだけれど。
その時、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




