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妹の幸せを願う(シトラール・バウム視点)


「バウム子爵家の兄弟姉妹は、随分と仲が良いようだな」


ローレル殿下が俺に向かって言った。


疑問ではなく、確信している言い方だった。

バウム子爵家はあまり他家との交流がないので、自分たちの家族仲が良い方なのか、俺にはよく分からない。


一番親しくしているのは遠縁のイーズ侯爵家だが、イーズ侯爵家も家族仲は良いと思われる。

他の貴族家とは比較出来ない。


でも――。


現在、ローレル殿下には兄弟がいない。

本来なら姉である王女殿下がいらっしゃったが、ローレル殿下がお生まれになる四年前にご逝去されている。


「多分、仲は良い方だと思います。基本的に相手の意見を尊重しますし、何かを強要することは、まずありません。これはバウム領全体にも言えることですが」


俺は家族や領民のことを思い出しながら答えた。


だからといって、相手を放置しているわけではない。

見守っている、というのが一番しっくりくる状態で、相手には深く干渉しない。


相手が困難に陥っていたら、すぐに手助け出来るようにしている。

……ただし、メリッサやレーモン兄上は、自分が困難な状況に陥っていることを他人に悟らせないのが上手い。


かなり注意して見守っているつもりではある。

それでも分からないことが多い。


これを仲が良いと言えるのか、俺には判断出来なかった。

イーズ侯爵家のハーツ様やヴィオレ様たちも、似たような感じではある。


「多少の言い争いくらいはしますが、喧嘩をすることはあまりありません」


「そうなのか」


ローレル殿下は納得したように頷いた。


簡単に言えば、自分のやりたい事を優先したいから、無駄なことに時間を使いたくないというのが本音ではある。

これは普通のことだろうか。


「そういえば、レーモン兄上はメリッサに何を言いに来たのですか?」


俺は疑問に思っていたことを、ローレル殿下に尋ねた。


ローレル殿下ご自身は、レーモン兄上とは直接お会いしていないと思うが。

今回のフローラ・フラワー嬢の件で何か分かっているのなら、聞いておいた方が良い。


レーモン兄上の情報なら、かなり信憑性があるはずだ。

聞いておく価値は必ずある。


「メリッサからは世間話しかしなかったと言われた」


ローレル殿下は、少しだけ張りのない声で答えた。


まぁ、メリッサがレーモン兄上に会うのは約半年ぶりのはずだ。

だからといって、ただ世間話をするためだけに来たとは到底思えない。


「一番の目的は、この結婚にメリッサ本人の意思があるのかを確認することだったらしい」


力なく、ローレル殿下は続けた。


ローレル殿下は、メリッサとの結婚をかなり強行した。

その件について、メリッサ本人へ直接確認しに来たのか。


レーモン兄上らしいといえば、らしい。


「……それだけですか?」


ローレル殿下の説明には納得したが、疑問も残る。


メリッサの結婚については、俺はもちろん、母上や姉上からも聞いているはずだ。

しかし、直接メリッサの口から聞きたかったという気持ちも分かる。


「……バウム領へ帰りたいのなら、連れて帰ると言われたそうだ」


ローレル殿下は、かなり思い詰めた表情をしていた。


警備が厳重な王太子宮殿へ、レーモン兄上は誰にも気づかれることなく侵入出来たのだ。

メリッサをバウム領へ連れて帰ることも、不可能ではないだろう。


「でも、メリッサは断ったんですよね? レーモン兄上の提案を」


メリッサが今も王太子宮殿にいるのなら、本人の意思を無視して連れて帰ることはしなかったということだ。


レーモン兄上は、メリッサが嫌がることをしないはずだから。

これは間違いない。


メリッサはローレル殿下と添い遂げようと思っている。

現在、メリッサの気持ちは完全にローレル殿下へ向いているのだ。


見ていれば分かる。

ローレル殿下の力になりたいと思っていることが、俺にも伝わってくるからだ。


メリッサも、俺と同じバウム子爵家の人間だ。

身内と、それ以外をはっきりと線引きする。


今、メリッサは間違いなくローレル殿下を身内だと思っている。

俺がラズベリーに抱いている想いと同じように。


そこは、ローレル殿下も似ている。

メリッサの身内には、とても甘い。


嫌われたくないと思っていることが伝わってくる。

現に俺にも、メリッサの兄として、出会った時から友好的だったのだと今なら分かる。


メリッサがローレル殿下を身内だと思っているので、バウム子爵家やバウム領民にも、ローレル殿下を悪く思っている人間はいない。

ローレル殿下がメリッサをとても大切に想ってくださっていることを、皆が分かっているからだ。


「……メリッサは魔法を使ったらしい」


「いつですか?」


俺より先に、マレイン様がローレル殿下へ尋ねた。


今日、俺はメリッサの魔力を感じなかった。

……そもそも、メリッサは魔法を使う時、自分の魔力を他人に感じさせることがない。


十歳を過ぎた頃から、魔法を使ったことを周囲に悟らせることがなくなった。

本来なら魔法を使う時、魔力は大なり小なり外部へ漏れるのが普通だ。


だから、魔力量の多い人間なら、誰が魔法を使ったのか分かる。

マレイン様が驚くのも無理はない。


「レーモン卿がメリッサに会いに来る直前らしい。レーモン卿から、魔力は温存しておくように忠告されたと言っていた」


ローレル殿下の莫大な魔力量を以てしても、メリッサが魔法を使ったことを感知出来なかったのだろう。


レーモン兄上も、そこまで魔力量が多いわけではない。

それでも王城内にいながら、メリッサが魔法を使ったことを察知したのか。


王城のどこにいたのかは知らないが、かなり距離が離れていても分かるのだろう。

もしかしたら、バウム子爵家の嫡男に伝わる血統魔法の一種かもしれない。


昔からレーモン兄上は、メリッサが一人で魔法実験をして、魔力切れを起こして動けなくなっているところを何度も見つけ、保護していた。


メリッサがいなくなったと気づいた段階で、俺も探し回っていた。

だが、俺がメリッサを見つけられたことはない。


とにかくメリッサは、一人になると、とんでもないことをしでかす。

だから普段から、目を離さないようにしていた。


「……メリッサは、そんなに魔力を消費していたのですか?」


俺の問いに、ローレル殿下は頷いた。


「半分ほど魔力を消費していた。今は早めの昼食を摂らせ、魔力と体力を回復させるお茶を飲ませて休ませている」


ローレル殿下の説明に、俺は納得する。


一時間ほど前から、王太子宮殿の警備がさらに厳重になった。

休んでいるメリッサのためか。


「魔法を使う時、メリッサちゃんは魔力漏れを起こさないのか?」


マレイン様が真剣な顔で聞いてくる。


「メリッサ『ちゃん』?」


ローレル殿下が眉を顰め、マレイン様を見つめた。


そのことを気にせず、俺は頷いた。


「メリッサは魔法実験をする時、誰にも知られたくなかったので、いつの間にか、そのような芸当が出来るようになったのだと思います。あとは元々魔力量が少ないので、魔力を少しでも外へ放出しないためかもしれません」


俺はマレイン様へ答えた。


実際のところ、どうやって魔力を漏らさずに魔法を使えるようになったのかは分からない。

多分、無意識にやっていることなので、聞いたところでメリッサ本人にも分からないだろう。


そういえば、レーモン兄上も魔法を使う時に、魔力を外へ漏らすことがない。

もしかしたら、これもバウム子爵家の血統魔法なのかもしれない。


どれほど練習しても、俺には出来そうにないことだけは分かる。


「メリッサが、私と一緒にいられることを幸せだと言ってくれたんだ」


突然、ローレル殿下が惚気始めた。


以前なら、メリッサはローレル殿下から逃げたいと思っていたことを俺は知っている。

それが、ここまで気持ちを変化させたのか。


驚きである。


「……へー、良かったですね」


書類仕事へ戻りながら、ハーツ様が呆れたように言った。


レーモン兄上のことは予想外だったが、ローレル殿下にとっては、メリッサの言葉の方が嬉しかったのだろう。

メリッサは、ローレル殿下のことを分かろうとしている。


ローレル殿下ご本人をしっかりと見て、知ろうとしているのだ。

メリッサ自身が、ローレル殿下を想い始めたからに他ならない。


俺は、ローレル殿下に協力したことが間違いではなかったのだと安堵した。


メリッサは、大切な妹だ。

誰よりも幸せになってほしい。


メリッサの幸せは、兄としての俺の、紛れもない願いなのだから。

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