最悪の顔合わせ(ハーツ・イーズ視点)
目的の部屋に近づいてきたら、男女の叫び声のようなものが聞こえてきた。
僕は思わずため息が出そうになるのを堪える。
バウム兄妹が何やら言い合っているようだ。
しかも大声で。
普段、バウム子爵家次男のシトラールは大きな声を出すことはない。
それ以上に必要なこと以外、口を開かない。
無駄なことを言わないのだ。
僕の信頼できる友人の一人である。
まぁ、きっとメリッサが何か、やらかしたのだろう。
ここまでシトラールが大声をだしているから、間違いない。
「……大丈夫なのか?」
「問題ありません。ただの兄妹喧嘩です」
僕はローレル殿下に向かって笑顔で言い切った。
シトラールとメリッサは普段仲が良いが、喧嘩はあまりしないはずだけど。
メリッサは日頃からお喋りで煩くはあるが。
なにかイレギュラーなことが起こっているのかもしれない。
そして、バウム兄妹は喧嘩の理由を隠すこともない。
「変態! 妹のドレスを剥がそうとするなんて!」
「とにかく今はそのドレスを脱いでベッドに寝ろ!」
思ったより不穏な言葉が飛び交っている。
我がイーズ侯爵家では辞めてほしい言い争いだ。
どんな経緯でこのような話になるのか僕は見当も付かない。
まぁ、それだけ2人はイーズ侯爵家で気を許しているんだろうけど。
「おい、ハーツ。ただ事ではないようだけど」
ローレル殿下は焦っているようだ。
あの会話だけ聞くとメリッサが襲われていいるように聞こえる。
僕はローレル殿下を制して、言い争いをしている部屋をノックする。
すると部屋付きのメイドが直ぐに顔を出した。
「ハーツぼっちゃま」
メイドは顔色一つ変えてない。
大した喧嘩ではないと判断する。
「どのくらい、メリッサが悪い?」
取り敢えず、メイドに聞いた。
部屋の中にいたのだからメイドはバウム兄妹の言い争いを最初から見ていたはずだ。
そして、止めに入っていない。
「100パーセント、メリッサお嬢様が悪いですね」
メイドは淡々と答えた。
しかも即答。
それがバウム兄妹の喧嘩に止めに入らなかった理由だろう。
シトラールはメリッサに手を挙げることはないし、精神的に追い詰めることもない。
逆も然り。
ここ数年、我が家に定期的にバウム兄妹は来ていたのでイーズ侯爵家の使用人も、そこはわかっている。
そんな、僕とメイドのやり取りを、ローレル殿下は驚いた顔をしながら黙って聞いていた。
自分の婚約者候補とは言え、アレだものなぁ。
複雑な気持ちになるのも分かる。
これでメリッサはローレル殿下の婚約者候補の話しはなしになるだろうな、と冷めた気持ちになった。
初めての顔合わせがこれである。
メリッサに王太子妃は向いていないし、これで良かったのかも知れない。
ローレル殿下の大切な時間をこれ以上無駄にせずに済む。
……しかし、そうなるとメリッサの結婚相手が僕になる可能性が高い。
イーズ侯爵家は優秀なメリッサを取り込みたいのだ。
僕は嫌ではないけど、メリッサは嫌がるだろうな。
バウム子爵家もよい顔はしないだろう。
それでも他の貴族に嫁がせるよりはましという判断を下すのではないかと思っている。
「部屋に入っても良いか?」
僕はメイドに聞いた。
「大丈夫でございます」
そう言ってメイドはドアを大きく開ける。
バウム兄妹の喧騒は止まっていない。
騒がしい。
ベッドの上でシトラールがメリッサの服に手をかけている。
確かに見ようによっては、確かにメリッサが襲われているようにに見えた。
僕は大きくため息を吐いてしまう。
イーズ家で喧嘩はしないで欲しいのが本音だった。
と、同時にバウム兄妹が僕に気が付く。
「ハーツ様!」
バウム兄妹の声がハモった。
こういうところはそっくりである。
僕は肩を竦めた。
「なんの遊び?」
こんな言葉しか出てこない。
普段から考えつかないようなことをメリッサはするのだ。
遊びの一環でもおかしくない。
シトラールにベッドで押さえつけられたせいか、メリッサの髪とドレスは乱れている。
普段からメリッサはあまり髪やドレスに頓着していないようだけど。
良くも悪くもメリッサは常識に囚われない。
それが長所であり、短所でもあると僕は思っている
「ハーツ様! 兄を現行犯で捕まえて…下さ…い」
強気で言っていたメリッサの声が小さくなっていく。
視線は僕の隣に向いていた。
聡いメリッサはローレル殿下のことに気が付いたのだろう。
それはシトラールも、同じだった。
二人とも目を見開いている。
シトラールは慌ててベッドから降りて最大級の礼を取る。
メリッサも後に続く。
まるで、先ほどまでの喧騒がなかったように。
メリッサは髪とドレスが乱れてはいるが、完璧なカーテシーをした。
ローレル殿下は呆然と2人を見ていた。
正確にはメリッサを。
ここまで破天荒な令嬢を、ローレル殿下は、きっと今まで出会ったことはないはずである。
メリッサのような令嬢が他にいる訳がない。
ただ、言葉もなくローレル殿下はメリッサを見つめている。
少し動揺しているようにも見えた。
「?」
僕は微かに疑問に感じた。
ローレル殿下は何に動揺しているのか。
まぁ、このままではいられない。
僕はバウム兄妹に向き直る。
「シトラールはそのまま僕たちと来てくれ。メリッサは髪とドレスを直してからサロンに」
指示を出し、ローレル殿下とその部屋から出た。
ローレル殿下の婚約者候補と紹介しようとしていたのがアレだんて。
イーズ侯爵家の恥である。
でもイーズ侯爵家が王太子妃に推すほどに優秀なのだ。
メリッサは。
「ハーツ様」
追いかけてきたシトラールの声に僕は振り返る。
今、あの喧騒の理由を聞くチャンスである。
ちなみにメリッサに話を聞くと訳が変わらなくなるのでシトラールに聞いておきたい。
「さっきのは何?」
僕はシトラールに尋ねた。
ローレル殿下も理由が気になるのかシトラールを見つめている。
「お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません」
「理由を聞きたい。シトラールが声を荒げるのを初めて聞いた」
頭を下げながら言うシトラールに僕は先を促す。
「……お恥ずかしい話なのですが、我が妹が2日間も寝ていないことが発覚いたしまして」
「え?」
シトラールの説明に口を挟んだのはローレル殿下だった。
メリッサならあり得るから僕は疑問に思わなかった。
「メリッサは何をしていたんだ?」
取り敢えず、理由をシトラールから聞いておく。
「……筆が乗ったとかで小説を書いていたようです」
言いにくそうにシトラールは答えた。
今年から2人を別の部屋に滞在させたのが裏目に出たということだ。
13歳と12歳だからとイーズ侯爵家としては気を使ったつもりだったが。
シトラールがメリッサに怒っていた理由は分かった。
成長期の今、2日も寝ていなかったら身体を壊す。
ローレル殿下も驚いているようだ。
「あと……その……」
言いにくそうに、シトラールは口を開く。
まだ、何かあるのか。
僕はシトラールに先を促す。
「西棟の庭に植えてある木の葉から毒薬を作れるそうで試してみたいとメリッサが申しておりまして……」
「え?」
僕は西棟の近くに植えてある珍しい木のことを思い浮かべた。
あの木の葉から毒薬が作れるなんて初耳だ。
「まだ断定は出来ていないのですが、ハーツ様のお耳には入れておいたほうが良いと思いまして」
シトラールの言葉を聞いて、僕の侍従が駆け出しているのが視界の隅に見えた。
きっと家令に報告に行ったのだろう。
「博識なんだな、彼女は」
ポツリとローレル殿下が呟く。
まぁ、博識であることは否めない。
メリッサは自分の興味があることにだけ、徹底的に調べるのだ。
見た目はそれほど悪くないのに、突飛なことをしでかす天才だ。
本当に残念な令嬢である。
「先ほどは、失礼致しました。バウム子爵家のメリッサと申します」
髪とドレスを整えたメリッサが追いついてきて、優雅に挨拶した。
その見事な所作にローレル殿下が息を飲んだのが分かった。
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