俺が選んだ道(シトラール・バウム視点)
フローラ・フラワー嬢の能力を危惧し、ローレル殿下の執務室は王太子宮殿へと移された。
白魔法なんて、俺は聞いたこともなかった。
メリッサは名前だけは知っていたらしいと、ラズベリーから聞いた。
白魔法の存在を知り、その上で放置してはいけないものだと、メリッサは判断したようだ。
自身の結婚式が控えているというのに。
きっと、それほどまでに白魔法とは危険な魔法なのだろう。
実際に、犠牲者が一人出ている。
犠牲者は、分かっているだけで一人。
もしかしたら、他にもいるかもしれない。
そして、これからも犠牲者が増える可能性がある。
メリッサが一番危惧しているのは、そこだろう。
これ以上、犠牲者を出したくない。
人の命に関しては、メリッサがとても慎重になることを、俺は知っている。
しかし、結婚式が迫っている。
出来ることなら、結婚式の準備に集中してほしい。
一生に一度の晴れ舞台なのだから。
ローレル殿下とメリッサの結婚式は、あと九日後だというのに。
慌ただしさばかりが際立っている。
大切な妹の結婚式である。
平穏に、穏やかな気持ちで、メリッサには結婚式に臨んでほしい。
俺はローレル殿下に協力していた。
メリッサにも、家族にも内密に。
ローレル殿下に嫁ぐことが、メリッサにとって一番の幸せになると思ったからだ。
王族になれば、制限も多い。
だけど、ローレル殿下なら、比較的メリッサの望むように生活させてくださるはずだ。
そのことをローレル殿下に了承していただいたからこそ、俺は協力したのだ。
メリッサが幸せに暮らせるように。
相手が王太子であるローレル殿下なのだから、普通の結婚式のようにはいかない。
国を挙げての一大行事になることに、妹本人は戸惑っているだろう。
そこだけは同情する。
魔法学園在学中、メリッサはローレル殿下を異性として見てはいなかったようだ。
だが、メリッサがローレル殿下を好意的に見ていたことを、俺は知っている。
現在、メリッサはローレル殿下に好意を寄せているようだ。
上手くいって、本当に良かったと思っている。
前の執務室からの資料や荷物は王宮から選ばれた文官たちが運んでくれた。
俺たちは、いつものように書類仕事に追われていた。
その時だった。
突然、ローレル殿下が立ち上がり、瞬間移動の魔法を使って、その場から姿を消した。
「っ!?」
執務室にいた全員に、緊張が走る。
何事かと、すぐさま警戒態勢に入った。
その時、執務室の窓の外に、覚えのある気配を感じた。
俺は窓の方へと振り返る。
そこには、レーモン兄上がいた。
「っ!」
なぜ、レーモン兄上がここに?
だが、すぐにメリッサに会いに来たのだと理解した。
ハーツ様とマレイン様も、レーモン兄上に気がついたようだった。
緊張を張り詰めさせている俺たちに向かい、レーモン兄上は笑顔で手を振る。
そして次の瞬間には、その場から姿を消していた。
先ほどまでメリッサに会いに来ていて、普段は完全に消している気配を、わざとメリッサの側に残したのだろう。
だから、ローレル殿下は慌ててメリッサの安否を確認しに行ったのだ。
直接言われたわけではない。
だが、ローレル殿下がメリッサとの結婚を強行したことに、一番不快感を抱いているのはレーモン兄上だ。
メリッサが自分の意思でローレル殿下と婚姻したことは理解している。
それでも、そのやり方があまりにも強引だったからだ。
つまり、これはレーモン兄上なりの、ローレル殿下への意趣返しなのだろう。
同時に、ローレル殿下へ自分の魔力を知らせるためでもある。
緊急時のために位置特定の魔法を使えるローレル殿下に、レーモン兄上は自分の魔力量や性質を教えたのだ。
何かあった際には、普段は消している自身の存在を知らせられるようにしたのだろう。
全てメリッサを、守るために。
裏で単独行動をした方が、レーモン兄上の能力を最大限に発揮出来る。
メリッサが結婚したあと、俺は家族に正直に話した。
ローレル殿下に協力していた、と。
俺もローレル殿下に協力していたが、あれほど強引にメリッサと結婚するとは思ってもみなかった。
ローレル殿下が焦っていることには気がついていたが。
国王陛下が父とメリッサを呼び出し、ベイリーフ王国の重鎮達の前で圧力をかけられ、その上で婚姻証明書にサインさせられたと聞いた時は、そこまでしたのかと俺も呆然とした。
そして、メリッサはそのままバウム子爵家には帰ってこなかったのだ。
俺がローレル殿下に協力していたことに、いち早く気がついたのもレーモン兄上だった。
責められると思っていたが、軽い嫌味を言われた程度だった。
『確かに、メリッサには後ろ盾となる権力が必要だった。だが、ローレル殿下は本当にメリッサを守ってくださる方なのか?』
表情も声も、いつも通りだった。
それでも、あれほど怒っているレーモン兄上を見たのは初めてだった。
バウム子爵家の、身内を守るという性質を誰よりも強く受け継いでいるのがレーモン兄上なのだと、あの時、初めて知った。
『ローレル殿下以上に、メリッサのことを大切にしてくださる方はいない』
俺はレーモン兄上の目を真っ直ぐに見つめ、即答した。
それで少しは、ローレル殿下のことを信じてくれたようだった。
あれから二ヶ月。
レーモン兄上とは会っていない。
ローレル殿下の補佐の仕事が忙しく、その合間には魔法研究をしていた。
会う時間はなかった。
レーモン兄上は、基本的にバウム領の研究棟に籠もっている。
今回、フローラ・フラワー嬢の件がなければ、王城には来なかっただろう。
俺とハーツ様が警戒を解くと、マレイン様が俺たちへ真剣な眼差しを向けていることに気がついた。
レーモン兄上を見ても、俺たちが驚かなかったからだろう。
「……今のは?」
「俺の兄です」
俺は素直に答えた。
現在、フローラ・フラワー嬢の件で、王城には厳重な警戒態勢が敷かれている。
その中でも、最も警備が強化されている王太子宮殿に、レーモン兄上は易々と姿を現したのだ。
疑問に思うのも当然である。
俺も、不思議で仕方がない。
「……レーモン兄さんなら、この王太子宮殿の警備さえ掻い潜れるということだな。一体、どんな魔法を使っているのだろう? 聞いたところで、教えてはくれないだろうけど」
若干呆れたように、ハーツ様が呟いた。
確かに、直接聞いたところで、まともな返答をしてくれないことは目に見えている。
それ以前に、レーモン兄上と直接会うこと自体が無理難題である。
こちらからレーモン兄上を見つけ出し、会うことなど出来はしない。
それほどまでに、レーモン兄上は隠れることに優れている。
以前、父上が、自分よりも兄上の方がバウム子爵家の血統魔法を上手く扱えると言っていた。
レーモン兄上の方から会おうとしない限り、会うことは出来ないと思ってよいだろう。
「……噂には聞いていたが、噂以上に凄いな。レーモン卿は」
マレイン様が感心している。
今朝、ローレル殿下から、バウム子爵家の人間とバウム領の手練れが数名、メリッサのために王宮へ潜り込んでいることは聞いていた。
その話を聞いていなかったなら、ベイリーフ王国に仇を為す一族だと思われても仕方のない所業である。
もともと目立つことをしないバウム子爵家だからこそ、余計に不気味さが増すような気がした。
特にレーモン兄上は、誰も思いつかないことを平然と行うから質が悪い。
きっと兄上なりの考えがあるのだろう。
だが、凡人には全く理解出来ない。
もちろん、俺にもレーモン兄上の考えはまるで読めない。
あのメリッサでさえ、レーモン兄上の考えは分からないと言っていた。
ならば、レーモン兄上を理解出来る人間など、いないのではないだろうか。
ちなみに、レーモン兄上の双子の妹であるリモネン姉上は、あれは不思議な生き物なのだと割り切っていると言っていた。
きっと、それが正解なのだろう。
メリッサも、レーモン兄上のことを深く追及しようとしたことはない。
追及しても分からないからこそ、あえて踏み込まないのではないかと思っている。
捕まえたと思っても、煙のように実体を掴むことが出来ない。
俺は、あらゆる面で、一生かけても兄上を追い越せるとは思えない。
今までは、優秀な兄のようになりたかった。
だから、無意識に兄上の背中を追いかけていたのだと思う。
以前、メリッサに言われたことがある。
『適材適所という言葉があります。レーモンお兄様とシトラールお兄様は別の人間なのですから、得意なことが違って当たり前です。だから、シトラールお兄様はレーモンお兄様のことなんか気にせず、自分のやりたいことや得意なことを伸ばしていけば良いのですよ』
諭すように、メリッサは言った。
確かに、その通りだ。
レーモン兄上と俺は、別の人間。
得意分野も違う。
メリッサにそう言われてから、俺は自分の道を探した。
だから、今の俺がある。
これからも、自分の道を歩いていく。
そう、決めたのだから。
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