無意識に私はカウンター攻撃をしていたらしい
ローレル様はランチを食べ終えると、名残惜しそうに執務室へと戻っていかれた。
ネリーさんとアンジェリカには、私に必ず体力回復と魔力回復のお茶を飲ませるよう、何度も念を押していた。
そこまで言われなくても、ちゃんと飲みますよ。
ローレル様の執務室が王太子宮殿へ移ったので、同じ建物内にいらっしゃることには精神的な安心感があった。
私自身、魔力量が少なく、自分の身を守ることに多少の不安があったからだ。
もちろん、アンジェリカやネリーさんがいてくれることも心強い。
それでも、やはりローレル様が近くにいてくださることには、大きな安心感があった。
私は回復のお茶を飲む前に、ドレスからナイトドレスへと着替えた。
そして現在、王太子夫妻の寝室にいる。
「……いつものように、私の寝室で寝るのでは駄目なのですか?」
私は、まだこの王太子夫妻の寝室に少し緊張してしまう。
たとえ、ローレル様がいらっしゃらなくても。
「ここが一番安全なのですよ。警備面では」
ネリーさんが少し笑いながら答えてくれた。
それは分かっているけど。
今までも何度か、このベッドで眠ったことはあるけど。
やはり、なんとなく落ち着かないのだ。
でも、仕方がない。
私はベッドに腰掛ける。
アンジェリカが、魔力回復と体力回復のお茶を淹れて持ってきてくれた。
「この前飲んだお茶と、少し違う?」
「はい。レモネード風味にしてみました。メリッサ様はレモネードがお好きでしょう?」
アンジェリカが笑顔で答えた。
さすが親友。
よく私のことを分かってくれている。
実は前回、魔力回復と体力回復のお茶を飲んだ時、少し漢方薬のような独特の味と匂いがして、飲みにくかったんだよね。
良薬は口に苦しとは言うけど、苦手なものは苦手なのだ。
レモネード風味にしてもらえたことで、匂いと味が緩和されているようで助かった。
あの味が苦手だなんて、子どものようなことは言えなかったから。
私はアンジェリカから手渡された、レモネード風味のお茶を飲んだ。
普段のような温かいお茶ではなく、本物のレモネードのように冷やされていたのも飲みやすかった。
ミントがアクセントに加えられていて、漢方薬のような苦味は完全に消えている。
「美味しい。ありがとう、アンジェリカ様」
「私もよく飲むのですが、あの味が苦手でして。魔法の練習のあとに、どうしても魔力と体力を消耗してしまうので、仕方なく飲んでいたのです。そこで、何とか飲みやすく改良してみました」
アンジェリカは、少し照れたように言った。
「え? 魔法の練習? それって、最近の話?」
私はアンジェリカに尋ねた。
「そうです。朝活として毎朝、魔法の練習をしています」
大したことではないように、アンジェリカは説明してくれた。
最近、忙しいよね?
そもそも、朝活として魔法の練習をしているなんて、初めて聞いた。
朝活に魔法の練習をする人がいるなんて、聞いたこともない。
「大丈夫? アンジェリカ様、ちゃんと休めている?」
私は慌ててアンジェリカに聞き返した。
私が起きている時、基本的にアンジェリカは側にいてくれている。
休憩も、ちゃんと取れていないのでは?
そもそも、アンジェリカは私の専属侍女になってから、休み自体を取ったことがないのではないだろうか。
記憶を辿る。
以前も、アンジェリカの業務はブラックだと思っていたけど、ブラック度が加速している。
「私はちゃんとお休みをいただいておりますよ」
慌ててネリーさんを振り返ると、ネリーさんは笑って答えてくれた。
つまり、ネリーさんから見ても、アンジェリカは休みを取っていないらしい。
知らない間に無理をさせてしまっていたなんて、反省である。
「私はメリッサ様のお側にいたくているのです。それに、ちゃんと適度に休憩は取っていますよ?」
アンジェリカは力説する。
本当に休憩を取っているのか、疑問である。
何でも出来てしまうアンジェリカに、私は頼りすぎていた。
これは完全に私が悪い。
ごめん、アンジェリカ。
「本当に、私がメリッサ様のお側にいたいのです。そうでなければ、先ほどの王太子殿下へのカウンター攻撃も見ることが出来ませんでしたし!」
何やら、アンジェリカは熱く語っている。
普段はとても冷静な彼女にしては珍しい。
「ローレル様へのカウンター攻撃?」
アンジェリカの説明の中で、気になったことを聞き返した。
思い当たることがなかったため、思わず首を傾げる。
誰がローレル様にカウンター攻撃をしたのだろうか。
私は見損ねてしまったのか。
残念だ。
見てみたかった。
「あれは、お見事でございましたね。メリッサ妃殿下」
ネリーさんが、笑みを噛み殺しながら言った。
アンジェリカは何度も大きく頷いている。
「え? 私?」
どうやら、私がローレル様にカウンター攻撃を仕掛けたらしい。
記憶にないのだけど。
「本当に、あれは見ものでした。あれほど動揺している王太子殿下を拝見したのは初めてです」
アンジェリカは笑いを堪えきれなかったようで、吹き出している。
珍しく、ネリーさんもアンジェリカを止めようとはしない。
ネリーさん自身が、笑いを堪えることに必死になっているからかもしれない。
「?」
私は二人を見て、ますます首を傾げた。
「いつもは取り澄ましている完璧な王太子殿下なのに、メリッサ様のお言葉が嬉しすぎて、フォークを落とすなんて。きっと今頃、メリッサ様のお言葉を心の中で何度も反芻して、幸せを噛み締めていらっしゃいますよ」
アンジェリカの説明の中で、フォークのくだりを聞き、やっと先ほどのことかと理解した。
確かにローレル様は、かなり動揺なさっていた。
まぁ、普段からは想像出来ないほど驚愕なさっていたようだけど、そこまで笑うところだろうかと疑問だった。
でも、ローレル様を困らせてしまったのではないかと、少し気になっていた。
喜んでくださっていたのなら、良かった。
思ったことをそのまま口に出さない方が良かったかもと、少し後悔していたから。
「王太子殿下が、あれほどメリッサ様のカウンター攻撃に弱いとは驚きでした。それを直接見ることが出来ただけでも、ボーナス分の価値はありました」
笑いながら、アンジェリカは続けた。
え?
そこまで?
私は驚きながら、アンジェリカを見つめてしまった。
「私は王太子殿下と血の繋がりはありませんが、従兄妹にあたります。初めてお会いしたのは十三歳の頃でしたが、とても同い年とは思えないほど落ち着いていらっしゃって、人間ではないのではないかと思えるほどでした」
アンジェリカは、ローレル様との出会いを説明してくれた。
彼女は、実家に関することはあまり話したくないようで、普段は口にしない。
その延長で、ローレル様の話もアンジェリカからは聞いたことがなかった。
「絶対に仲良くしたくない、というのが第一印象でした。ですから、先ほどの王太子殿下を拝見して、初めて親しみを覚えたくらいです」
笑いすぎて涙が出てきたらしいアンジェリカは、人差し指で涙を拭いながら言った。
「確かに、子どもの頃から大人顔負けの言動をなさっていましたね。あまり子どもらしくなく、感情がないのではないかと、私も心配しておりました。メリッサ妃殿下とご結婚なさってからは、よく笑うようになられましたので、ローレル様は良い方とご結婚なさった、というのが古参の王宮勤めの者たちの共通認識です」
嬉しそうに、ネリーさんが続けた。
「そうなのですか? 私のような下位貴族がローレル様の妃になったことで、ローレル様の評判を落としてしまっているのではないかと、心配していました」
私は、内心気にしていたことを口にした。
「とんでもございません。ベイリーフ王国でメリッサ妃殿下を称賛する者はおりますが、非難する者はおりませんよ」
ネリーさんの言葉に、それは言いすぎではないだろうかと思った。
魔力回復と体力回復のお茶の効果が出てきたのか、瞼が重くなってきた。
「さあ、ゆっくりとお休みください」
私はネリーさんに促され、ベッドへと潜り込んだ。
「二人とも、ちゃんと休憩は取って……ください……ね」
眠りに落ちる寸前、なんとかそれだけは言えた気がする。
でも、今は非常事態の最中である。
二人とも頷いたように見えたけど、きっと休むことはないんだろうな。
もっと、私がしっかりとしないといけない。
そんなことを思いながら、私は眠りへと落ちていった。
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