ローレル様に報告
一呼吸置いて、ローレル様は口を開いた。
「レーモン卿はメリッサに、一体何を言いに来たんだ?」
ローレル様の言葉に、私は首を傾げてしまった。
確かに、レーモンお兄様がわざわざ私に会いに来た理由は何だったのだろうか?
私には分からなかった。
いつも通りの雑談しかしていないような気がする。
それに、レーモンお兄様は雑談の中にも、別の意図を込めている時があるし。
私では本当に分からない。
本当にレーモンお兄様は変わっているから。
「まずは、久しぶりにお会いしたご挨拶をして、少し背が伸びたんじゃないかと言われました」
レーモンお兄様と再会したのは、約半年ぶりだったし。
もう私の身長は止まったと、以前レーモンお兄様に伝えたんだけどな。
私は末の妹だから、レーモンお兄様には相変わらず子どもに見えているのかもしれない。
それ以前に、三階の窓の外に平然と立っていることに驚いたけど。
よく警備の人たちの目をかいくぐって、私がいる部屋まで来られたなと感心する。
本当に優秀である。
現に、王太子宮殿の警備の誰もレーモンお兄様に気づいていない。
騒がれていないのが、その証拠だ。
普段から誰も思いつかないようなことをするのが、レーモンお兄様ではあるけど。
リモネンお姉様なら、少しはレーモンお兄様のことを分かっているかもしれない。
あの二人は、ずっと一緒にいたから。
あのレーモンお兄様と双子で、リモネンお姉様も苦労しただろうなとは同情する。
これが年子の兄妹ならば、少しは違ってきたのかもしれないけど。
でも、リモネンお姉様がレーモンお兄様のことを悪く言うのを聞いたことはない。
その逆も然りである。
あの双子の仲が良いことは間違いない。
それは私とシトラールお兄様にも言えることではある……。
軽い言い争いはするけど、喧嘩に発展することはほとんどない。
バウム子爵家というか、バウム領は全体的に言い争い自体を好まない風習がある。
バウム領で揉め事を起こすのは、基本的に他領の人間であることが多い。
「他には?」
「他には……相談もなく、いきなり結婚したことに言及されました」
「普通、言われるよな。それは……」
あ。
私の返答を聞いて、ローレル様が目に見えて落ち込んでいく。
「でも、変わり者のレーモンお兄様に『まさか王太子妃になるなんて。本当にお前は私の想像を軽く超えていくな』と言われたんですよ。あのレーモンお兄様にですよ? 酷くないですか?」
私はレーモンお兄様との会話を思い出しながら、憤慨してしまった。
あのレーモンお兄様にだけは言われたくない言葉である。
本人も、自分が普通ではないことをもっと自覚するべきだと思う。
ローレル様は、そんな私を見て苦笑いを浮かべていた。
「あと……バウム領に帰りたいなら、連れて帰る、と」
私が言い終わらないうちに、ローレル様が私を抱きしめる腕に力を込める。
少し苦しい。
「メリッサは……何て答えたんだ?」
ローレル様が私の顔を覗き込み、恐る恐るといった様子で聞いてくる。
ここまで自信なさげになっているローレル様を初めて見た。
そのことの方が、私には衝撃が大きかった。
「私は自分で決めて、ここにいます。バウム領に帰るつもりはありません。そう答えました」
「……そうか」
ローレル様は安堵したように深く息を吐き、改めて私を抱きしめる。
最近、ローレル様に抱きしめられることへの羞恥心が、以前より軽減してきた気がする。
慣れなのかもしれない。
もともと抱きしめられるのは恥ずかしいだけで、嫌ではなかったし。
「レーモンお兄様は私の意思なら尊重すると言ってくださいました。だから、無理にバウム領へ連れ戻されることはありません」
私は明るい声で続けた。
「他には……今は魔法を使わない方が良い、と。私が調べたいことはお兄様たちが調べるから、魔力はいざという時まで温存した方が良いと助言をされました。レーモンお兄様と話したのは、このくらいです」
「メリッサ、魔法を使ったのか?」
驚いたように、ローレル様が大きな声を上げた。
やはり、魔力量が少ない私は魔法を使わない方が良いらしい。
レーモンお兄様だけでなく、ローレル様も同じことを思っていらっしゃるのなら尚更だ。
ローレル様は私の返事を待たず、表情を曇らせた。
「確かに魔力量が半減しているな。広範囲の魔法を使ったんだね」
私が答える前に、ローレル様が答えを出している。
どうやら、私の状態は完璧に把握されているようだ。
「体力回復と魔力回復の成分が入ったお茶を飲んで、今日はもう休むこと。いいね?」
ローレル様は私にそう言い聞かせながら、ネリーさんにお茶の用意を指示している。
「まだ、お昼にもなっていませんが……」
王宮の美味しいランチは食べたい。
一食抜くと、損をした気分になるんだよね。
そして、ディナーを抜くなんて以ての外だ。
「早めにランチを食べて、回復のお茶を飲むこと。ディナーの時にはちゃんと起こすから、一緒に食べよう。それまで大人しく寝ていてほしい」
ローレル様に真剣な眼差しを向けられてしまうと、何も言えなくなる。
私は頷くことしか出来ない。
他の選択肢なんてない。
ローレル様が、凄く私のことを心配してくださっているのは伝わってくる。
でも、過保護すぎではないかと疑問に思う。
そんな私を抱きしめたまま、ローレル様は侍女たちに指示を出し続けているし。
特に私が休んでいる間は、警備の人数を二倍にするようにと何度も言っている。
フローラ・フラワー嬢の件が発覚してから、王太子宮殿の警備はその時点で三倍に跳ね上がったはず。
それなのに、さらに二倍に増やすの?
「警備の人数に関しましては、さすがにそれはやりすぎではないかと……」
「人は眠っている時が一番無防備になります。保険は幾重にもかけておくべきです」
ローレル様に意見していた私へ、ネリーさんがはっきりと言ってくる。
確かにその通りではあるけど。
今回は魔法を使った私が悪いので、言われる通りにするしかなさそうだ。
私は気持ちを切り替えるように、大きく深呼吸をする。
そして、改めてローレル様を見つめた。
「分かりました。ランチを食べて、ディナーまで休みます。ローレル様、公務が終わって帰っていらしたら、私のことを起こしてくださいね」
私はローレル様に言った。
ネリーさんとアンジェリカが、声を押し殺して笑っているのが伝わってきた。
このままだと、ローレル様は私にずっと付き添ってくれそうだから、先手を打つ。
今だって、異変を感じてご自身の執務室から急に瞬間移動してきたのだろうから、公務を中断しているのは間違いない。
また、ローレル様の側近の方々に迷惑をかけてしまったなと反省する。
「あ、ランチは控えめでお願いします」
私はネリーさんに伝えた。
食後すぐに横になるのなら、たくさん食べたら太ってしまう。
結婚式のウエディングドレスのためにも、体型は維持しなくてはいけない。
たくさんの方が、私のためにウエディングドレスを作ってくださっているのだ。
結婚式を中止や延期には出来ない。
フローラ・フラワー嬢に関しては、私に出来る別のことを考えなければ。
周りに迷惑はかけられない。
「ローレル様、大切なお仕事中に申し訳ありませんでした」
私はローレル様の腕から離れ、一礼して謝罪する。
「メリッサの夫として、当然のことしかしていないよ、私は」
至極真面目な顔で、ローレル様は答える。
そうか。
夫婦だから、当たり前のことなのか。
だったら尚更、私はローレル様の足を引っ張るようなことをしてはいけない。
だって私は、ローレル様の妻なのだから。
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