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優しい歌声


私は改めて、王城の設計図を見渡した。


本当に広い。

広すぎる。


大陸一の大国であるベイリーフ王国。

国の中心部である王宮には、王族以外で三千人ほどが常時待機しているそうだ。


そして、王宮から少し離れた場所には、王宮騎士団と王宮魔法師団の養成所もある。

各養成所には二年間通うことになるのが通常だ。


毎年二千人が養成所に入所するが、卒業できるのは三割程度だと聞いている。


厳しい訓練に己の実力が伴わなければ、脱落は待ったなし、とのことだった。

養成所の訓練生が住み込む寮も王城内にあり、有事の際は後方支援としての活躍が期待されている。


そして、養成所を卒業した騎士と魔法師も、各二百人体制で王城に待機している。

これは三交代で組まれているようだった。


騎士団も魔法師団も真面目な人が多く、休みの日でも王城で自主訓練をしているらしい。


ベイリーフ王国は広く、警備をしなければいけない場所も多い。

国全体に騎士と魔法師が配置されている。


その中でも、王城勤めの人たちは特に優秀な騎士や魔法師で固められているとか。

大国の中心部だから当然だけど。


改めて、私は厳重に守られた場所で生活しているのだと再認識した。


そして特に私たちが住んでいる王太子宮殿が一番警備が厳重だとか……。


この場合、一番警備を厳重にしなくてはいけないのは、国王陛下と王妃様が暮らしている後宮ではないのだろうか?


何か理由があるのかもしれないけど。

だけど、理由の一端は推察できる。


現国王夫妻の生存している実子はローレル様のみ。

次世代の子を産む王太子夫妻である私たちの警備を厳重にしている、といったところか。


そして私の侍女には、要人警護もできるアンジェリカとネリーさんがいる。

この二人は王太子宮殿に自分の部屋を持っている。


この機に、ローレル様の側近の一人であるマレイン・ウズイカ侯爵令息が王太子宮殿に居を移した。

マレイン様がもう長いこと王宮で暮らしていることを、私は初めて知った。


どうやらご実家とあまりうまくいっていないので、王宮生活の方が楽だというのが本人談。

ローレル様の警護も担っている。


最近まで知らなかったが、マレイン様はベイリーフ王国内で十指に入るほどの魔力量保持者らしい。

それにしても人は見かけによらないものだと実感した。


……魔力量が多いことに関しては、羨ましすぎる。


そして、シトラールお兄様とハーツ様の部屋も今回の件で王太子宮殿に用意された。

この二人も最近忙しすぎて、自宅に帰れていないらしい。


シトラールお兄様に関しては、バウム子爵家のタウンハウスが遠いから、こちらに部屋を用意してもらって助かったと言っていた。

タウンハウスから王宮に通勤する時間が勿体ないと、マレイン様の部屋に泊めていただいていたようだ。


同じ王太子宮殿に住んでいると言っても場所が遠いので、あまり会うことはなさそうだった。

シトラールお兄様に愚痴を聞いてもらいたかったのに、残念。


「それにしても、本当に広いのね」


かなり大きなテーブルに設計図を広げたけど、四分の一もテーブルには乗り切れない。足を運んだことがない場所が多すぎる。


設計図だけでは、全てを把握なんて出来そうにない。


フローラ・フラワー嬢の潜伏場所。

木を隠すなら森の中と言うし、若い女性が多く働く場所から潰していくしかなさそうだ。


私自身が王太子宮殿から頻繁に出ることが出来ないのも痛い。

ローレル様が嫌がるから。


白魔法の文献を見せてもらったけど、他の能力もあるかもしれないし。

迂闊に動くのは得策ではない。

しかも、標的は間違いなく私だし。


今まで、前世も含めて、ここまで人に嫌われた経験はない。

対処法が分からないのも、迂闊に動けない原因でもある。


ここは人海戦術しかないのかもしれない。

それとも、気がついていないふりをして、私が囮になってフローラ・フラワー嬢を炙り出すか。


時間は掛かるが安全なのは前者。

短期決戦を仕掛けるなら後者である。


どちらにも危険がないわけではない。

後者は特に、私の命の危険を高確率で伴ってしまう。


私の命の危険が上がっても、短期決戦でフローラ・フラワー嬢を確保したほうが良いと思う。

ローレル様は絶対に許してくれなさそうだけど。


結婚式まであと九日。

無意識に焦りが滲む。


その時、歌声が聞こえてきた。


私は急いで窓を開けて、その歌声を確認するように耳を澄ませた。


初めて聴く歌ではあったが、知っている人の歌声。

私が聞き間違えるわけがない。


クラリスが歌っている。

歌声が聞こえる場所に、クラリスは来ているのだ。


「クラリスさんですよね?」


アンジェリカが私に聞いてくる。


「うん、間違いない」


私は頷きながら即答した。


魔法学園で、クラリスは一つ上の学年だったが、寮ではずっと一緒にいた。

……クラリスも私の見守り役の一人だったのだろうけど。


私はクラリスが好きだった。

家族以外で、駄目なことは駄目だとはっきり言ってくれるのがクラリスだったから。

そういう人材は貴重だと私は思っている。


クラリスとは幼い時から一緒に育った。

実質家族のようなものだ。


クラリスも私のことを、手のかかる妹のように接してくれた。

魔法学園の寮では、睡眠不足に陥ってまで小説を書く私を阻止するために、私の部屋に入り浸っていた。


寮が同じだったから、アンジェリカもクラリスのことを知っている。

アンジェリカは一人っ子だったため、クラリスのことを本当の姉のように慕っていた。


私は耳を澄ませた。


クラリスの歌は、私の心を落ち着かせる効果があるようだ。


先ほどまで焦っていたのが不思議なくらい、心が穏やかになったことが自分でも分かる。

焦りすぎていたと反省する。


そして、私は王城の設計図を広げているテーブルを改めて見た。


クラリスの歌声は王子宮殿から聞こえる。どういう訳か、クラリスは王子宮殿に潜り込んでいるらしい。


病気で寝込んでいる王弟であるノビリス殿下のために呼ばれたのかもしれない。

そんなところだろうか。


皇太后様は歌劇好きで有名だ。

きっと皇太后様がノビリス殿下を少しでも元気づけるために、呼び出されたのかもしれない。


まさか、王宮でクラリスの歌が聴けるなんて。

感激である。


現在、王子宮殿には王弟殿下と前国王夫妻が暮らしているはず。

そして、これはクラリスなりの合図。


現在、王子宮殿は何の問題もないということだろう。

感知能力が強いクラリスは信頼できる。


情報収集能力に長けているクラリスが、現在の王宮の事情を鑑みて足を向けてくれた。

いきなり王太子妃になってしまった私のために。


クラリスは本来、とても優しいことを私は一番よく知っている。


私は王子宮殿の設計図にバツ印を付けた。


一箇所、探す手間が省けた。

本当に有り難い。


私は再度、窓辺へと向かった。

しばらくクラリスの歌声に聞き入る。


とても安心する歌声だった。


いつも私が不安になったり、気落ちしたりした時には、クラリスが歌を歌ってくれた。

幼い時からそうだった。


自分でも落ち込んでいることに気がついていない時でさえ、クラリスは側にいてくれたのだ。

そして、私が少しでも気持ちを落ち着かせられるようにと、歌を歌ってくれた。


微かに聞こえてくる歌の歌詞の内容は、どうやら王立歌劇場で上演される『青薔薇の賢妃』のもののようだ。


本当にクラリスが『青薔薇の賢妃』の主演を演じるのか……。

そこはやはり微妙な気持ちになってしまうけど。


初めての大舞台での主演だから、忙しいはずなのに。

きっと私のことを心配して、王宮まで来てくれたのだ。


その事実が、涙が出そうなほど嬉しい。


それにしても、クラリス。

歌がまたも、上達している。


クラリスが歌い終えるまで、私は彼女の歌に聞き入っていた。

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