王弟(ノビリス・ベイリーフ視点)
国王である兄から呼び出され、私は久しぶりに王宮へ戻っていた。
基本的に、私は王宮で生活をしていない。
一応、王宮の王子宮殿で暮らしていることにはなっているが、王弟であることを隠し、別人として城下町で暮らしている。
国王に即位した兄と、優秀な王太子である甥がいるおかげで、私は比較的自由にさせてもらっていた。
王族に生まれた以上、自由など望めないと思っていたのだが、兄である国王陛下が私の願いを叶えてくれたのだ。
年齢が離れている為か、兄は幼い頃から私を可愛がってくれていた。
物心つく頃には、当時王太子だった兄はすでに結婚しており、王妃である義姉にも良くしてもらった記憶しかない。
私が七歳の時、兄夫婦に待望の子どもが生まれた。
しかも、跡継ぎとなる王子である。
その頃から、私は自由に過ごせる時間が増えた気がする。
甥は幼い頃から優秀で、私を王位に就けようとする愚かな貴族もほとんどいなくなった。
まだ皆無ではないが、その数はかなり減った。
私は最初から王位に興味がない。
いくら私を国王にしようと画策しても無駄だというのに。
兄より出来の悪い私を傀儡の王に仕立てたいらしい。
そんなことをしても意味はない。
私には兄や甥のような王としての素質はないのだから。
そして二か月前、甥が電撃結婚をした。
内密に結婚相手が決まっていることは聞いていたが、まさか婚約もせず、いきなり結婚するとは思わなかった。
その相手にも驚愕した。
今まで婚約者候補にさえ名前が挙がっていない、下位貴族の令嬢。
本当に極秘で決まっていた相手だったのだろうかと疑問に思った。
バウム子爵家の末娘、メリッサ・バウム。
個人的に彼女のことは知っていた。
いつか直接会ってみたいとも思っていた相手だった。
まさか甥の妃になるとは思ってもいなかった。
それでも一度話をしてみたいと思い、祝福の品を携えて挨拶に向かおうとしたところ、甥から「会いに来てほしくない」と断られてしまった。
甥とは良い関係を築けていると思っていたのは、私だけだったのだろうか。
地味にショックを受けた。
今の私が自由に暮らせるのは甥のおかげでもある。
結婚式まで大人しく待つことにした。
さすがに結婚式では会えるはずだ。
義理の姪になったのだから、メリッサ妃殿下とはこれから話す機会もあるだろうと自分を納得させた。
仕事が立て込んでいたこともあり、気持ちを切り替えることにした。
兄が国王へ即位してから、私は居を王宮から城下町へ移した。
甥が後押ししてくれたことも大きい。
本当は王位継承権もなくしてほしかったが、甥に子どもが生まれるまでは待ってほしいと兄に言われた。
現在、王族の人数が少ない以上、仕方のないことではある。
私は病で王子宮殿に籠もっていることになっている。
さすがに五年も寝込んでいる設定には無理が出てきているようだ。
だが、そのおかげで、ずっとやりたかった仕事が出来ている。
自由をくれた兄と甥には、本当に感謝しかない。
だから今回の兄の招集にも応じた。
もっと顔を見せに来いとは以前から言われていたし。
今の私は非常に忙しい。
仕事が山積みだ。
兄もそのことは知っているはずなのに、それでも王宮へ呼び戻した。
理由も簡単に説明されていた。
白魔法。
古の時代に存在した魔法。
名前くらいしか知らない。
文献もほとんど残っていなかったはずだ。
昨年その文献が見つかり、先月本物であると判明したことまでは聞いていた。
だが、まさか白魔法を使える者が現在王城に潜んでいるとは。
しかも一人が命を落としたという。
危険人物が王宮内にいながら捕縛できないとは由々しき事態だ。
私は魔力量も多く、高度な防御魔法と攻撃魔法を扱える。
そのため、前国王夫妻である両親の護衛として呼び戻されたのである。
「すまないね。付き合わせてしまって」
私は後ろを歩く女性へ声をかけた。
今の私は忙しいが、彼女もまた忙しい。
私なら王宮でも仕事が出来るが、彼女はそうではない。
「いいえ。私が無理を言って同行させていただいたのです。感謝申し上げます」
その返答に私は驚いた。
普段の彼女はこんな話し方をしない。
もっと砕けた口調だからだ。
そういえば、彼女の父親は準男爵だったことを思い出す。
基本的な礼儀作法は身に付いているようだ。
まるで別人と一緒にいるような気分になってしまう。
「何か?」
歩みを止めず彼女を見つめていると、不思議そうな表情を向けられた。
立ち居振る舞いが美しく、思わず見惚れてしまったのだ。
それに普段では見られない貴族が着るドレスもすごく似合っている。
もちろん、そのようなことを本人に伝える勇気はなかった。
取りあえず兄からは、彼女を王子宮殿に住まわせる許可を得ている。
あまりにも簡単に許可が下りたので、反対に驚いてしまったほどだ。
王弟である私が女性を自らの宮殿に住まわせるなど異例である。
世間体も良くない。
彼女の評判が悪くならないか心配になった。
実は彼女が貴族籍を持っていると知ったのは数日前のことだ。
知り合って一年以上も経っていたというのに、私は気づかなかった。
それなのに彼女は、出会って間もなく私が王弟であると見抜いた。
誰にも気づかれたことがなかっただけに驚いた。
彼女の人を見る目は確かだと確信した。
しかも、私が王弟だと知っても態度を変えなかった。
いつも通り接してくれた。
そのことが、どれほど嬉しかったか彼女は知らないだろう。
兄である国王陛下の前でも緊張せず、毅然としていた彼女には驚かされた。
今日は彼女のことで驚きっぱなしだ。
私は彼女のことを、まだ何も知らないのだと痛感する。
そして、もっと知りたいと思った。
兄との謁見を終え、王子宮殿へ向かう途中、甥と出会った。
「叔父上、お戻りでしたか」
年齢差は七つしかないのに、叔父上と呼ばれる。
以前は兄上と呼んでくれていたのに。
もしかして嫌われるようなことをしたのだろうか。
心当たりはない。
それでも、可愛い甥との再会だ。
自然と笑みが浮かぶ。
「久しぶりだね、ローレル。兄上に呼び出されたんだ」
私は穏やかに答えた。
「結婚おめでとう、ローレル」
「ありがとうございます」
婚姻後、直接会うのは初めてだったため、ようやく祝いの言葉を伝えられた。
ローレルは礼を述べながらも、私と一緒にいる彼女へ視線を向けていた。
「女性同伴でお戻りとは驚きです」
やはり周囲にはそう見えるのか。
ますます彼女のことが心配になる。
「私の仕事関係者だよ」
そう答えると、ローレルは一瞬だけ眉をひそめた。
「王弟であることを隠されていると聞き及んでおりましたが」
「そうなんだ。本来は隠しているけれど、彼女には気づかれてね」
私の返答に、ローレルは納得していないような表情を浮かべる。
「名前を伺っても?」
ローレルは彼女へ向き直った。
彼女は一歩前へ進み、優雅にカーテシーをする。
兄との謁見の時にも感じたが、その所作は準男爵家の娘とは思えず、高位貴族に匹敵する美しさだった。
「クラリス・イジーと申します」
その名を聞いた瞬間、ローレルの表情が驚きに変わった。
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