筆頭公爵家として(アレックス・トスカナ視点)
リモネン嬢は宰相へと一礼して、変装魔法をかけ直し、結界部屋をあとにした。
僕はリモネン嬢の後ろ姿を、真剣に見送っていた。
次にリモネン嬢に会えるのがいつになるのか分からない。
次回の約束を確定出来なかったのは痛手だった。
まだ、リモネン嬢は僕に警戒心を抱いている。
早く彼女からの信用を得なければと思う。
宰相からの視線が痛い。
しかも、生暖かい視線である。
「リモネン嬢と何か約束していたのかね?」
宰相の問いに一瞬、戸惑う。
しかし、隠すことでもない。
後ろめたいことなど何もないのだから。
「トスカナ公爵家に花を見に来ないかと、招待状を送っておりました」
「それは、それは」
宰相が感心したように言う。
少し恥ずかしい。
何が、それはそれは、なのだろうか。
そして、なぜか感心していることも気になる。
でも、現在リモネン嬢に婚約者がいないのも事実。
僕もまだ婚約者がいないし、何も問題にはならないはずだ。
「いつからリモネン嬢のことを?」
尚も宰相は聞いてくる。
「魔法学園に在学している時から……綺麗な人だと思っていました」
なんとか答える。
隠すことではない。
実際に、もう既に何人かには知られている。
そして、当のリモネン嬢だけが、僕の気持ちにまだ気づいていない。
結構分かりやすくアピールをしているつもりなのだが。
伝わった気配が全くない。
「リモネン嬢は子爵令嬢とはいえ、現王太子妃の姉だ。悪くない」
宰相が分析しながら呟いている。
「しかも、優秀な令嬢だ。トスカナ公爵家に嫁いでもおかしくない」
どうやら反対はされていないようだ。
そのことに、ほっと安堵する。
恥ずかしくて、宰相の方をまだ見ることは出来ないが。
「ローレル殿下にこのことを伝えたら、後押ししてくれるのではないか? リモネン嬢が筆頭公爵家の夫人になるのなら、メリッサ妃殿下は気兼ねなく会えるようになるし、お喜びになるだろう」
「……現在、ローレル殿下には既に協力していただいております」
僕の返答に、宰相は声を上げて笑った。
やはり恥ずかしさは拭えない。
僕は宰相のことを第二の父だと思っているから、尚更だった。
「ローレル殿下は清々しいほど、メリッサ妃殿下を最優先されるからな。それなら安心して良い。きっと全てうまくいく」
笑いながら、宰相は続ける。
どうやら、ローレル殿下は僕を応援してくれているらしい。
先日もいきなりローレル殿下から連絡が来て、リモネン嬢をイーズ侯爵家に送り届けてほしいと言われたのだ。
何か意図があるのだろうな、とは思っていたが。
メリッサ妃殿下のために連絡してくれたらしい。
有り難いけれど、微妙な気持ちになってしまう。
きっと僕の気持ちなんて二の次なのだろう。
ローレル殿下の中では、メリッサ妃殿下を中心に世界は回っているのだろう。
メリッサ妃殿下が関わらなければ、完璧無敵な王太子なのに。
意外な短所を知ってしまった。
メリッサ妃殿下が周りをよく見て、察してくれる方で本当に良かった。
王太子妃として、まともな常識を持っている。
これが、私利私欲のために国庫を食いつぶすような方でなくて本当に良かった。
国庫を食い潰すような王太子妃だったら、ベイリーフ王国はかなりの打撃を受けたはずだ。
それどころか、王太子妃に割り振られた予算に一切手を付けていない。
普通なら、ドレスやアクセサリーにお金を使うものではないのかと不思議に思ってしまった。
ローレル殿下は予算や独自のポケットマネーから、メリッサ妃殿下にドレスやアクセサリーをプレゼントしているようだ。
そして、ローレル殿下も自分のことに予算はほぼ使っていない。
ある意味、似たもの夫婦なのではないかと思う。
「アレックス」
「はい」
まだ、何か話があるのだろうか。
結界部屋の中でしか話せない内容が。
今朝の白魔法の文献から、誰が精神を乗っ取られているのか分からない現状だ。
フローラ・フラワーが捕まるまで、この部屋を利用することが多そうだ。
「メリッサ妃殿下の要請で、ローズマリー嬢に話を聞きたいそうだ」
「この現状の中で、ローズマリーを呼び出さなければいけないのですか?」
僕は驚きの声を上げる。
妹を危ない目には遭わせたくない。
「フローラ・フラワーのことをお聞きになられたい、と。この現状の中でも聞いておきたいことがあるのだろう」
宰相は淡々と言った。
メリッサ妃殿下を、宰相はかなり信頼している。
今朝のメリッサ妃殿下を見て、必要なことだとは分かってはいるが……。
「メリッサ妃殿下との会談の場所は王太子宮殿。現在、この王宮で一番安全な場所だ」
宰相は続けた。
ローレル殿下がメリッサ妃殿下のために、婚姻する前から警備体制を万全にしている。
建国以来、ここまで王太子宮殿の守りを固めたことはない。
確かに、現在の王宮で一番安全な場所だと言える。
「フローラ・フラワーがローズマリーに的外れな逆恨みをしている可能性があるかもしれません」
「……それは否定出来ないな」
僕の問いに、宰相が一瞬躊躇ったあと同意した。
貴族牢の中で、フローラ・フラワーがローズマリーへの恨み言を言っていたと報告が上がっている。
看過できない報告だった。
フローラ・フラワーが近衛兵に捕まった時、ローズマリーは彼女を庇わなかった。
ローズマリーが取った行動は間違いではない。
しかし、フローラ・フラワーにその理屈が通じているか分からない。
それが理解できるようであれば、王太子妃のお茶会であんな行動は取らないはずだ。
フローラ・フラワーの件で、ローズマリーと我がトスカナ公爵家は評判を落としている。
ローズマリーもそれを理解していて、落ち込んでいた。
これ以上、ローズマリーに負担をかけたくはない。
しかし、今は緊急事態だ。
断る権利はないだろう。
「メリッサ妃殿下とローズマリー嬢の会談には、ハーツ・イーズ、そしてマレイン・ウズイカが警護に付くそうだ。直接聞いてはいないが、ローレル殿下も立ち会うだろう」
宰相の言葉に、少しだけ安心した。
マレインは魔力量が多く、魔法のセンスもあり、護衛にはうってつけだ。
まぁ、本当はメリッサ妃殿下を守るための布陣ではあるのだろうけど。
メリッサ妃殿下と一緒にいるならば、ローズマリーの安全は確約されたも同然だ。
ローズマリーは優しい娘だ。
他者を傷つけることを嫌っている。
恐れていると言っても過言ではない。
だから魔力量は多くても、攻撃魔法はほとんど使えない。
そしてトスカナ公爵家としても、これ以上ベイリーフ王家との関係を悪化させるのは得策ではない。
今回のフローラ・フラワーの件に関しては、我がトスカナ公爵家の落ち度である。
白魔法は想定外だったが。
しかも、その白魔法をフローラ・フラワーが使えるとは思ってもいなかった。
貴族牢を警備していた衛兵が一人亡くなっているのだ。
これ以上、被害者を増やさないためにも、早めに対策を取るべきだと分かっている。
「……分かりました。早急に手配します」
僕は答えた。
ローレル殿下の結婚式まで、あと九日。
時間がない。
結婚式でフローラ・フラワーが問題を起こしたら、目も当てられない。
それでなくても、ローレル殿下は現在このことに怒り心頭なのだから。
結婚式の前には、何としてもフローラ・フラワーを確保したい。
筆頭公爵家として、この事件を解決させなければいけない。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




