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警護体制(アレックス・トスカナ視点)



「それでは失礼致します」


宰相は国王陛下に一礼し、僕と共に陛下の執務室をあとにした。


今朝の白魔法の文献を、メリッサ妃殿下が秘匿魔法を使って解読したことを宰相が国王陛下に報告する時、僕も同席した。


宰相と僕が、メリッサ妃殿下の秘匿魔法解除をこの目で見たからだ。

未だに、あの光景が脳裏から離れない。


白魔法の文献の古代文字を難なく読まれたことにも驚いていたのに。

その上、秘匿魔法で隠されていた、今まで誰も解読出来なかった古の文字さえ、彼女はスラスラと読み上げた。


学者が誰一人読めず、落書きだと判定していたものを、だ。

凄いとしか言いようがない。


メリッサ妃殿下と直接お会いしたのは、お披露目の夜会以来、二度目だった。

あの時は笑顔を浮かべていただけで、ローレル殿下に意見出来ない方なのだと感じていた。


ローズマリーからも、メリッサ妃殿下は魔法学園時代、真面目で大人しいご令嬢だったと聞いていたからかもしれない。


今朝の凛とした姿勢。

言うべきことは、はっきりと口にする。


その姿には、正直驚いた。


僕の前を歩いている宰相は、目に見えて浮かれている。


「上機嫌ですね」


思わず声に出してしまった。


「それは当然だろう」


僕の問いに、宰相は即答する。


もしもメリッサ妃殿下がいなかったら、このまま解明されず、真実が明らかにされなかったかもしれない古の白魔法の文献。

ものの数十分で解明させた手腕は、見事としか言えなかった。


しかも秘匿魔法に気がつき、その解除までしたのだから。

歴史的瞬間に立ち会ったと言っても過言ではない。


最初は、メリッサ妃殿下に白魔法の文献を見せることさえ時間の無駄だと思っていたのに。


宰相がメリッサ妃殿下のことを以前から注視していたことは知っている。

ただ単に、ローレル殿下の婚約者候補としてだと思っていた。


だけど、宰相がメリッサ妃殿下を受け入れていたのは、彼女が優秀だと知っていたからだろう。


才媛という言葉が脳裏をよぎる。

こんなにも優秀なご令嬢が、これまで露見しなかったなんて。


ローレル殿下が隠していたのか。

バウム子爵家が隠していたのか。


「アレックス、どうだった? メリッサ妃殿下は」


宰相は僕を振り返りながら聞いてくる。


僕はため息を吐きたいのを、必死で堪えた。

これまで、ローズマリーの方がメリッサ妃殿下より王太子妃に相応しいと思っていた。


今朝のメリッサ妃殿下を見て、その思いは綺麗なまでに霧散した。

間違いなく、ローズマリーよりメリッサ妃殿下の方が優秀なのだから。


そのことを目の当たりにした僕に、わざわざ聞いてくるなんて。

意地の悪い質問だ。


「……ローレル殿下がお選びになられた方なので、聡明な方であるとは思っておりましたが、これほどまでだったとは、と驚いています」


僕は正直に答えた。


ローレル殿下がメリッサ妃殿下に執着するのも分かる気がした。

彼女は、これまで以上に我がベイリーフ王国を繁栄させる方なのだ。


きっと、その現実を僕に知らせるためにも、今朝の謁見に同席させられたのは間違いない。

もっと広い視野を持てと、宰相からは常日頃から言われている。


実際に他人から聞くよりも、自身で見ることの方がしっかりと理解できる。

今日、そのことを痛いほど実感した。


「……そう言えば、先ほど陛下の側に控えていた者はどなたですか? 初めて見る顔でしたが」


僕は疑問を宰相に投げかけた。


大国の国王陛下の側にいる人間なんて限られてくる。

能力、人格を考慮しなくてはいけない。


それなのに、僕には見覚えがなかった。

記憶力はよい方だと自負していたのだが。


「ああ、ペダニウスか」


「っ!」


宰相の返答に、僕は思わず息を飲んだ。


ペダニウス・バウム子爵。

名前だけは知っている。


滅多に社交の場に出てこないことで有名な、メリッサ妃殿下の父君だ。

確かにメリッサ妃殿下と、バウム子爵家嫡男のレーモン卿の面影があった。


「……なぜ、子爵が?」


「それは、結界部屋で話そう」


宰相の執務室の一角にある小部屋。


重要機密を話す場所として、結界が厳重に張られた部屋である。

絶対に外部へ話が漏れないために作られた部屋。


宰相はそのまま、結界部屋へと向かう。


「待たせたかね?」


結界部屋に入るなり、宰相は口を開いた。


そこには侍女が一人佇んでいた。

見たことのない顔の侍女。


まだ若い。

赤毛の髪に金色の瞳。


しかし、この侍女の気配を僕は良く知っていた。


「リモネン嬢!?」


その侍女の正体がすぐに分かり、思わず声を上げてしまった。


「……よく、お分かりになられましたね」


少し驚いたように彼女は答える。


そして、本当のリモネン嬢の姿に一瞬で戻った。

魔法で姿を変えていたらしい。


相当な上級魔法のはずだ。

まさか、それをリモネン嬢が使えるなんて知らなかった。


「大した魔法ではありません。認識阻害の魔法の応用ですので」


驚いている僕に、リモネン嬢は何事もないように答えた。


「良く来てくれた。礼を言う」


宰相がリモネン嬢に向かって頭を下げる。


「弟からの依頼で、妹のためです。身内を守るためですから、お礼は結構です」


リモネン嬢は宰相へと、淡々と答える。


宰相相手であっても怯むことは一切ない。

外見は全く似ていないのに、凛としているところはメリッサ妃殿下によく似ている。


「レーモンも来てくれているのか?」


「はい。それと母も」


「ソレイユ夫人もか……」


リモネン嬢の返答に、宰相は顔を顰めている。

ソレイユ夫人が来ていることは想定外だったらしい。


僕はそもそも、リモネン嬢やレーモン卿、そしてバウム子爵が王宮に来ている理由も分かっていない。


「母は危機回避能力が高く、そして全く戦えない訳ではございません」


僕はリモネン嬢の言葉に目を見張る。


その言い方だと、リモネン嬢は戦える、ということだ。


レーモン卿が剣術や魔法に秀でていることは知っていたが、リモネン嬢も?

想像が出来ない。


「ペダニウスは陛下の護衛を、そして君とソレイユ夫人は王妃様の警護を担当してくれる、と理解しても良いかい?」


「バウム子爵家……両親と兄と私は、ベイリーフ王家に借りがございますので」


にっこりと微笑みながら、リモネン嬢は答えた。


「借り、とは?」


「私と兄は、ベイリーフ王家の計らいで王宮で生まれました。多胎出産はベイリーフ王国では珍しいので」


僕の問いに、リモネン嬢は肩を竦めながら笑う。


「そして現在、妹のメリッサは王太子妃で、しかも命を狙われているとか。これで黙っているバウム子爵家ではございません」


リモネン嬢は続けて言った。


笑顔を浮かべてはいるが、声は凍えるほど冷たい。

その上、瞳は笑っていない。


反対に、怒り心頭なのが伝わってくる。

バウム子爵家の絆はかなり深いらしい。


「あと、バウム領の手練を数名、王宮に潜り込ませました」


何事もないように、リモネン嬢は言い放った。


「正直、こんなに簡単に王宮へ潜り込めるなんて、かなり問題だと思います」


「……そうか。この件が終わったら見直そう」


疲れたような声で、宰相は快諾した。


ただ、小声で「バウム領が特殊過ぎるのだよ……」と溢しているのを、僕は聞き逃さなかった。


実際、王宮に潜り込むなんて簡単ではない

目を光らせているのを、僕も知っている。


それを掻い潜れるほどの者が、バウム領には何人もいるのか。

恐ろしい。


バウム領が凄すぎるのだ。


「レーモンは?」


「単独で動くと言ってました。それが一番レーモンの能力を引き出せるかと存じます」


「分かった」


宰相がリモネン嬢の説明を聞いて頷く。


「君は大丈夫かい?」


「攻撃は最大の防御とも言いますし、なんとかなるかと……いえ、必ずなんとかしてみせます」


宰相の問いに、リモネン嬢は力強く答えた。


それから、リモネン嬢は僕へと視線を移す。


「現在、このように立て込んでおりますので、以前のお誘いはまた後日ということでお願い致します」


実はリモネン嬢に招待状を出していたのだ。

返事がないと思っていたが、こんなことになるとは。


「後日、二人で出かけましょう!」


「……そこは、要相談ということで」


リモネン嬢は曖昧な返事を返してくる。


だけど、僕は諦めませんからね。


この件とローレル殿下の結婚式が終わったら、絶対にリモネン嬢とデートをするのだと、改めて決意した。

読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

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