(回想)ローレル殿下は心が狭い(コモン・ジンガー視点)
ローレル殿下は十五歳になり、魔法学園へ通い始めた。
目に見えて機嫌がよい。
勉強も魔法も極めており、学ぶことなど何もないだろう。
対人関係も問題ない。
いつもどこからか優秀な人材を確保している。
人を見る目も、すでに養われていると言っても過言ではない。
ここまでローレル殿下が上機嫌なのは、メリッサ嬢に魔法学園で会えるからだろう。
国王陛下や王妃様、そして私の前では、本日もメリッサ嬢は可愛かったと惚気てくる。
微笑ましく思っていたら、魔法学園入学間もなく、魅了事件である。
ローレル殿下に纏わりついている女生徒がいるとは報告を受けていたが、こんな事件に繋がるとは誰も予想さえしていなかった。
その魅了事件に一番最初に気が付き、対策を取ったのがメリッサ嬢だった。
気が付くだけではなく、対策も取る。
この行動力は王太子妃の器であると認めざるを得ない。
流石、神の愛し子である。
ただ、魔力量の少なさゆえ、魔力切れを起こし、三日も意識不明に陥ったらしい。
それでも、メリッサ嬢が対策として作った魅了魔法を無効化する魔石は素晴らしかった。
兄であるシトラール・バウムに渡していた接触型の魔石。
そして、遠縁であるハーツ・イーズに渡した二つの範囲型の魔石。
直接メリッサ嬢が作った魔石を手に取った時は感動してしまった。
見た目が石ころなのも、素晴らしいセンスだと感じた。
これを魅了魔法を無効化する魔石だと、誰も思わない。
そして魔石に宿っている魔力は、とても少ない魔力量の人間が作ったものだとは思えなかった。
本当にメリッサ嬢は魔力量が少ないのかと疑問が湧いた。
メリッサ嬢の兄であるバウム子爵家次男のシトラールは、間違いなくメリッサ嬢は魔力量が少ないと断言した。
ただ、魔法に関しては発想力とセンスが群を抜いているらしい。
魅了魔法事件とほぼ同時期に、バウム領全体に青い薔薇が咲き誇るという事象が起こっていた。
バウム領は、土地が痩せていることで有名だ。
そこに青い薔薇が咲き誇っているとは。
あまりにも突拍子もない報告に目を疑った。
どうやら、メリッサ嬢が魔法改良をして開発した薔薇のようだ。
しかも、今まで開発を諦めていた青い薔薇。
その上、長持ちする品種だと言うではないか。
私は宰相の仕事を調整して、バウム領へ直接出向いた。
そこには想像以上の青い薔薇が、至る所に咲き誇っていた。
青い薔薇がバウム領に咲いていると報告を受けてから、二ヶ月も経っている。
それなのに、現在も咲き誇っているのだ。
バウム領へ訪れるのは、ペダニウスとソレイユ夫人の結婚式以来だった。
あれから二十年は経過している。
それでも、あの頃のバウム領とはそこまで変わりはない。
青い薔薇が咲き誇っていること以外は。
ペダニウスは、私がバウム領に来ているのを聞いて駆けつけてくれた。
疑問に思ったことが絶えず、色々と聞いてしまった。
「どうやら、メリッサが青薔薇の魔法改良に成功して、魔法学園入学前にバウム領の至る所に種を蒔いていったようです」
なんとも簡潔な答えが返ってきた。
これは凄いことなのでは?
もっと喜んで良いのでは?
「こちらの薔薇に関しましては、メリッサが長男に丸投げしたようですので、そちらで話を聞いていただければ助かります」
ペダニウスは、長男がいるバウム領の研究棟へと私を案内した。
「はじめまして、宰相閣下。バウム子爵家のレーモンと申します」
私を見るなり挨拶をしてきた青年。
ペダニウスの若い頃によく似ていた。
王宮で生まれた双子の兄でもあるレーモンは、バウム子爵家の資質を強く受け継いでいるように見えた。
魔法学園を首席で卒業した天才でもある。
「メリッサは深く考えて青薔薇の魔法改良をした訳ではありません。母が花を好きなので作っただけです。そしてバウム領でしか栽培出来ないようにしたのは、単純にバウム領の特産品の一つになれば良いと気軽に考えただけでしょう」
兄であるレーモンも、特にメリッサ嬢の功績を自慢することもない。
バウム領の特産品は、今まで目立ったものは確かにない。
だからこそ、この功績が素晴らしいものなのではないのか。
妹の偉業をもっと誇るべきではないのかと疑問に思う。
それ以上に気になったことがあり、私はレーモンに尋ねた。
「最初の挨拶で、君は私に嫡子であることを言わなかったな。理由でもあるのかね?」
私の問いに、レーモンは困ったように笑った。
「長男だから子爵家を継ぐのではなく、一番優秀な者が継ぐとなっても良いと僕は考えています。メリッサが継ぎたいと言ったら、僕は補佐に回ります。バウム子爵家もバウム領も、それを受け入れてくれると思います」
レーモンの返答に、目を見開いてしまった。
それが、自己紹介で自分を嫡子と言わなかった理由だとは。
他の貴族家では思いもつかない考え方だ。
研究棟にいたバウム領の領民は、それを笑って聞いていた。
中には頷いている者さえいる。
「まぁ、メリッサもシトラールも、そしてリモネンも子爵家を継ぎたいとは思っていないでしょうけどね」
肩を竦めてレーモンは続けた。
研究棟の領民たちは声を上げて笑った。
リモネン嬢が優秀なのは知っていた。
今回、レーモンの優秀さも伝わってきた。
そして次男であるシトラールも優秀なのか。
人を見る目があるローレル殿下が、かなり気に入っている。
メリッサ嬢は魅了事件で、その優秀さを披露している。
これがバウム子爵家かと、改めて再認識させられた。
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それから月日は流れ、ローレル殿下が魔法学園の最終学年になった頃、毎年恒例の魔法学園への講演依頼を受けた。
毎年仕事が忙しく断っていたが、私はメリッサ嬢のことを確認しておきたかった。
メリッサ嬢は、あまり熱心に授業を受けていないと報告は上がっていた。
それでも魔法学園の成績は、座学も魔法実技も良いので、学園側は放置しているとのことだった。
実力主義の魔法学園で、授業を受けていないにも関わらず放置とは。
どれほどまでに優秀なのか、直接確かめてみたかったのだ。
講演会の壇上に立つと、メリッサ嬢のことはすぐに分かった。
黒に近い茶髪と漆黒の瞳。
思っていた以上に濃い髪と瞳の色に驚いた。
普段の授業はあまり熱心ではないと聞いていたため、その真剣な眼差しは意外だった。
そしてローレル殿下は、私の講演を一応聞いているのだろうが、メリッサ嬢を見つめることで忙しそうだ。
普段からよく会っている私の話より、メリッサ嬢を優先している。
しかし、メリッサ嬢はローレル殿下の視線に全く気が付いていない。
講演が終わり、私はメリッサ嬢に偶然を装って話しかけた。
メリッサ嬢は、兄のシトラールと一緒だった。
この頃には、シトラールとは王宮で何度か会ったことがあった。
ローレル殿下に仕事を手伝わされていたり、王宮魔法師団の研究所にて魔法研究をして成果を出していたからだ。
「はじめまして、宰相閣下。バウム子爵家末子のメリッサ・バウムと申します。本日の講演はとても勉強になりました」
カーテシーも挨拶も完璧だった。
このやり取りだけで、メリッサ嬢に妃教育は必要ないと私は判断した。
初めて会う宰相である私に対して、緊張もせず、媚を売ることもない。
そして何より、毅然とした態度にも好感が持てた。
間違いない。
メリッサ嬢が神の愛し子なのだと確信する。
宰相として、今まで色んな人間に会ってきた。
だからこそ、メリッサ嬢の器の大きさに気がつくことが出来た。
その時、遠くから視線を感じる。
ローレル殿下だ。
メリッサ嬢は、ローレル殿下の視線にまたもや気がついていない。
というか、ローレル殿下に対して特に好意があるようには見えない。
それどころか、メリッサ嬢はローレル殿下を避けている節さえあった。
バウム子爵家の資質を、彼女も間違いなく受け継いでいる。
メリッサ嬢と話している私が気に入らないのか、ローレル殿下は睨んでいる。
しかも、私にだけ殺気を飛ばしてくるし。
もしかして、メリッサ嬢と話していることに嫉妬しているのだろうか。
自分の両親より年上の私に?
神の愛し子の話を聞いた時は、王太子と神の愛し子は運命のように惹かれ合うのかと思っていた。
神の愛し子の伴侶は、ローレル殿下で間違いないのだが。
ローレル殿下とメリッサ嬢の関係は、想像から大きく外れていた。
想い合っている訳でもない。
友人でさえない。
知人レベルの関係だ。
ここはローレル殿下の努力次第なのだろう。
メリッサ嬢と何気ない世間話に花を咲かせていると、向けられている殺気が強くなるのを感じた。
シトラールも気がついているのか、肩を竦めている。
この日、私は初めてローレル殿下の心が狭いことを知った。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




