(回想)ローレル殿下の切実な想い(コモン・ジンガー視点)
ローレル殿下が、バウム子爵家のメリッサ嬢を妃にすると決めてから、年に数回ほど同じ方向を見つめていることがあった。
最初は窓の外を見ているのかと思っていたが。
書棚や壁しかない場所を見ている時もあり、不思議に思ってしまった。
ローレル殿下が、気がついたら同じ方向を見ているのだ。
それが毎回一週間ほど続き、その後は何もなかったように通常に戻る。
年に二度か三度ほど、そんなことをしていた。
不思議な現象だった。
莫大な魔力量を持つ王族だからこそ、何か見えているのかもしれない。
そんなことを感じていた。
「……ローレル殿下は何を見ているのですか?」
つい尋ねてしまった。
新しく国王になられたローレル殿下の父君、ルベール陛下と三人しかいない時だった。
他の者には聞かせられない事柄かもしれないと思ったからだ。
王太子となられたローレル殿下は、立派に成長している。
彼が国王になったら、後世に名を残すだろうと確信していた。
ローレル殿下がある方向を見ている時は、自由時間や移動時間だったため、聞くべきではないかもしれない。
しかし、二年を超えるとなると、聞いておいた方が良いと私は判断した。
「え?」
驚いたような声を上げて、ローレル殿下が私を振り返る。
ローレル殿下はしばらく考え込み、顔を赤らめていた。
そして気まずそうに俯いた。
彼にしては珍しい行為だった。
いつもは必ず相手の目を見て、ローレル殿下ははっきりと物を言う。
普段は冷静沈着で、隙がない。
十四歳とは思えないほどの態度のローレル殿下が、年相応に見える。
こんなことは滅多にない。
「……メリッサ嬢が王都に来ているから」
小声でローレル殿下が呟いた。
「は?」
私も思わず間抜けな声を出していた。
まさか、この場でメリッサ嬢の名前が出てくるとは思わなかったのだ。
ルベール陛下も驚きを隠せていない。
「メリッサ嬢の位置が分かるのか?」
ルベール陛下の言葉に、ローレル殿下は躊躇いながらも頷く。
年に数回、メリッサ嬢が王都に来ていた時に、ローレル殿下は彼女がいる方向を無意識に見ていたらしい。
確かに、ローレル殿下が見ていた方向は、バウム子爵家が持っているタウンハウス、又はイーズ侯爵家のタウンハウスの方向だと、脳内で王都の地図を思い浮かべる。
「王族の血統魔法ですか?」
私はルベール陛下に尋ねた。
少なくとも、前国王陛下や現国王のルベール陛下からは、この手の魔法は聞いたことがなかったと思う。
しかし彼らがたまに、ふとした瞬間、後宮の方へ視線を向けていた記憶はある。
「……多分、そうだと思う」
ローレル殿下が答えた。
ルベール陛下は首を傾げているだけだ。
もしかしたら無意識に、その魔法を使っていた可能性がある。
「……メリッサ嬢に、会いたい」
ローレル殿下はポツリと言った。
とても切ない声に、思わず胸が痛くなる。
幼い頃から、わがままなど言わず、弱音も吐かない。
帝王学を真面目に、そして真摯に学んでいる姿を見てきたから尚更なのかもしれない。
ローレル殿下は、メリッサ嬢には一度しか直接会っていない。
それでも、ここまで想いを募らせていたとは。
メリッサ嬢が内密にローレル殿下の妃に内定してから、この話題はしていない。
一部の人間にしか話していないのだ。
どこからバウム子爵家に伝わるか分からないからだ。
バウム子爵家のことを改めて調べてみた。
やはり特殊な家系らしい。
ベイリーフ王国としても、メリッサ嬢を逃がすわけにはいかない。
ローレル殿下の婚姻に関しては、内密に進めるべきだと判断した。
まぁ、ローレル殿下も独自に人を向かわせ、秘密裏にメリッサ嬢とバウム子爵家を調べたようだ。
王族とはいえ、十代前半でここまで賢く行動することにも改めて驚いた。
そして、画家を送り込み、風景画を描いている振りをさせ、メリッサ嬢の姿絵を描かせていることには脱帽だった。
ちなみにメリッサ嬢の姿絵は、ローレル殿下の寝室に飾ってある。
大量のラフ画とともに。
凄い執着である。
ベイリーフ王家には、配偶者が優秀な者ほど想いは大きいと文献が残っている。
つまり、メリッサ嬢が優秀なのは間違いない。
「来年から、魔法学園で毎日会えるようになりますよ」
私は慰めるようにローレル殿下に言った。
イーズ侯爵家から、メリッサ嬢の礼儀作法はもちろん、魔法学園で学ぶ予定の座学も実技も問題ないと聞いている。
魔力量はかなり少ないと聞いていたが、それでもローレル殿下と同じく最上位クラスに入るのは確実だと情報が入っていた。
魔力量が少ない。
姿絵を入手し、彼女の外見からも魔力量の少なさは伝わってきた。
黒に近い茶髪と漆黒の瞳。
姉のリモネン嬢とは違う色合いである。
それなのに、魔法は難なく使えるということに違和感がある。
神の愛し子だから、か……。
イーズ侯爵家の嫡男のハーツからも、メリッサ嬢の魔法は全く問題ないと直接聞いた。
しかも、座学も魔法の実力も、メリッサ嬢の方が確実に上回っていると悔しそうに言っていた。
ハーツが嘘を言っているようには見えなかった。
そして、ハーツが優秀なのをローレル殿下が太鼓判を押している。
「メリッサ嬢が今回、王都に来ているのは、魔法学園への入学手続きのためでは?」
「明日、メリッサ嬢とバウム子爵家の次男が魔法学園に試験を受けに行くらしい」
私の問いに、ローレル殿下は淀みなく答えた。
「ああ、それでローレルは明日のスケジュールを空けたのか」
ルベール陛下が多少、呆れたように苦笑した。
遠目からでもメリッサ嬢を見に行くのだろう。
本当に手際が良い。
今までも、ローレル殿下は突然スケジュールを空けて外出する時があった。
どうやら、メリッサ嬢を遠くから見るためだったようだ。
ここまでメリッサ嬢に想い焦がれているのを知って、反対はしない。
出来ない。
ローレル殿下は、やるべき事は全てやってから、スケジュールを空けている。
「しかし、バウム子爵家の次男は魔力量も多いので、感知されるのでは?」
「そこは大丈夫。ハーツに付き合ってもらうから」
私の問いに、またもやローレル殿下は即答した。
イーズ侯爵家の嫡男であるハーツは、感知能力が高い。
流石はバウム子爵家の分家である。
バウム子爵家の歴史を遡って調べてみると、意外な事実を発見した。
現在、バウム子爵家はイーズ侯爵家の分家と言われているが、本来は逆だったのである。
ベイリーフ王国が建国して五百年ほど後に、バウム子爵家からイーズ侯爵家が分家として創立されている。
当時は、イーズ男爵家となっていた。
その後、バウム子爵家の後押しにより、五十年ほどでイーズ家は侯爵家へと上り詰めている。
バウム子爵家の隠れ蓑としてイーズ家を興したと見て間違いないだろう。
どれだけ表舞台に立ちたくないのかを物語っている。
バウム子爵家の血統魔法は、権力者に目を付けられやすい。
隠密や暗殺に特化している特殊な血統魔法。
体術も得意とし、毒耐性も強い。
代々優秀な人間がバウム子爵家を継ぎ、堅実な判断をしている。
だからこそ『目立たないように』上手く立ち回っているのだ。
その姿勢を、バウム子爵家は建国以来一貫して貫いてきた。
爵位の変化もない。
もしかしたら、ベイリーフ王国の監査官としての役割を担っているのかもしれない。
それにしても、王族の能力は凄い。
バウム子爵家のタウンハウスは、王宮からとても遠い。
それでもメリッサ嬢の位置を特定するとは。
ところで、当のメリッサ嬢はローレル殿下のことをどう思っているのだろうか。
ローレル殿下からもハーツからも、その言及はない。
その件に、私はとても嫌な予感がした。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




