(回想)神の愛し子の伴侶(コモン・ジンガー視点)
ローレル殿下が十一歳の頃から、本格的に彼の婚約の話が出てきた。
本人は辟易した表情を必死で抑えているようだった。
高位貴族が推してくる令嬢に、ローレル殿下を一人ずつ会わせてみた。
だが、何の収穫もない。
ローレル殿下が、あのご令嬢たちではないとはっきりと言い張った。
代々、ベイリーフ王国の王族の婚姻は、その時代で一番有益になる令嬢を選ぶ習性がある。
宰相になり、すぐそのことを教えてもらった。
これが、大国が滅ばない理由なのかもしれないと思った。
これはベイリーフ王家の血統魔法の一種かもしれない。
そうでなければ、辻褄が合わないことが出てくるのだ。
そこはサフラン王国と似ている部分があると感じた。
サフラン王国は数代に一度現れる予見の能力。
ほかの国の王家にも、似たような血統魔法があるのかもしれない。
それぞれの国が今まで存続できた理由なのかもしれない。
そうでなければ、何千年も続く時代の中で、ベイリーフ王国やサフラン王国が創建から二千年も存続できた理由が説明できないだろう。
最後の大きな戦争が終わって、三百年以上が経過している。
多少なりとも他国間で小競り合いは行われてきたが、大きな戦争には発展しなかった。
大国の宰相である私が知らないだけで、現在存続している国には多少なりとも、国家が存続できるための血統魔法が受け継がれているはずだ。
我がベイリーフ王国は、この能力を持っているおかげで、二千年もの間、大きな戦に襲われなかったのである。
ベイリーフ王国の王族の伴侶となった妃殿下は、王太子殿下、又は国王陛下を心身ともに献身的に支える。
そして、国王や王太子は伴侶になった王太子妃や王妃だけを一生かけて愛し続けるのだ。
ベイリーフ王国の歴史には、そのことが記録として残されている。
建国二千年、ずっとである。
これもベイリーフ王家の血統魔法の一種なのかもしれない。
ローレル殿下の婚約者はまだ見つからない。
これはやはり、相手が神の愛し子であるからなのかと、そんな考えが脳裏によぎる。
そんな時に、ソレイユ夫人が長女を連れてケイジュ妃殿下に会いに登城してくることが耳に入った。
これはチャンスだと私は捉えたのだ。
偶然を装って、私はソレイユ夫人に声をかけた。
「ソレイユ夫人、お久しぶりですな」
「まぁ、ジンガー宰相様。ご無沙汰しております。この子は長女のリモネンです。リモネン、ご挨拶して。貴方が生まれる時に、とても尽力してくださった方なのよ」
ソレイユ夫人に言われ、リモネン嬢は一歩前へ出ると、見事なまでのカーテシーをした。
「リモネン・バウムと申します」
ソレイユ夫人そっくりの美少女。
作法も完璧に仕上がっている。
「リモネン嬢はお幾つになられたのかな?」
「十四歳になりました」
年齢を聞かれた時に一瞬戸惑いはしたが、滑らかで隙のない返答。
本当に十四歳かと驚愕する。
ローレル殿下は現在十一歳。
リモネン嬢は十四歳。
そこまで年の差があるわけではない。
「今日はローレル殿下が剣術の授業をしているようですぞ。見に行かれますかな?」
私の問いに、リモネン嬢は少し首を傾げて、私の意図を測りかねているようだった。
頭の回転も速い。
見栄えも素晴らしい。
三歳差なら問題にはならない。
リモネン嬢が次期王太子妃なら、これほど申し分ない相手はいない。
「いいえ。練習のお邪魔をしてしまいましたら申し訳ないので、ご遠慮いたします」
リモネン嬢ははっきりと答えた。
全く王太子に興味がないようだ。
「宰相」
そこに、これから剣術の練習に向かうローレル殿下が通りかかった。
「ローレル殿下、バウム子爵家のソレイユ夫人と長女のリモネン嬢です」
「……ああ、母上が親しくしているバウム子爵家の……」
ローレル殿下の言葉に、リモネン嬢はカーテシーだけした。
言葉は発さない。
ローレル殿下も黙礼して、その場から立ち去ってしまった。
二人とも、特にお互いを気に留める素振りをしなかった。
あれほどの美少女に、ローレル殿下は全く興味を示さなかった。
他の令嬢たちと同じように。
また、リモネン嬢もローレル殿下に興味を持たなかったのは明白である。
ローレル殿下が立ち去った先を見ようともしなかったのだから。
それ以前に、お互いに目を合わせることもなかった。
本当に興味がないのだろう。
「リモネン嬢は、ローレル殿下の妃になりたいとは思わないのかい?」
私は直接、疑問を呈していた。
「いいえ、全く。興味がございません」
即答だった。
それどころか、王族に嫁ぐことに嫌悪しているのも感じられる言い方だった。
とても優秀で麗しいご令嬢。
しかしリモネン嬢は、神の愛し子ではないのかもしれない。
「妹君はどうかな?」
姉から見て、妹の様子を尋ねた。
現時点で、神の愛し子が妹の方である可能性が高くなった。
バウム子爵家の末子であるメリッサ嬢は、名前以外の情報が出ていない。
意図的にバウム子爵家が隠していると見るのが自然だ。
「メリッサ、ですか?」
ここで、リモネン嬢の警戒心が格段に上がったのが伝わってきた。
「普通の子爵家の末子でして、魔力量が極端に少ないです。でも、そんなことを気にせず前向きで、とても楽しい妹です。魔力量のこともありますし、それ以前に我が家は子爵家です。ローレル殿下の妃になれるだなんて、妹も考えたことさえありません」
笑いながら答えるリモネン嬢に、私は違和感を覚えた。
嘘は言っていない。
しかし妹のことを、意図的に何か隠していることが伝わってきた。
宰相の私には言えない何かがあるのだと、断定できた。
「それにローレル殿下の婚約者は、ローズマリー・トスカナ公爵令嬢以外には務まりません」
にっこりと、リモネン嬢は天使のような微笑みを浮かべて答えた。
明らかに妹をローレル殿下、もしくは王宮に近づけたくないという意思が、ひしひしと伝わってきた。
しかし、これで確証が得られた。
ソレイユ夫人が生んだ神の愛し子は、間違いなく妹の方だと確信してしまった。
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メリッサ・バウムのことは調べようとしても、何の成果も得られなかった。
この頃には、メリッサ嬢に会ってみたくなっていた。
彼女が本当に神の愛し子であると、確認しておきたかった。
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ローレル殿下が十二歳になった直後、イーズ侯爵家から王太子妃にメリッサ・バウム子爵令嬢を推す声が上がった。
イーズ侯爵家は、バウム子爵家の本家にあたる家門だった。
イーズ侯爵家には、ローレル殿下の二つ年下の優秀な娘がいる。
ローレル殿下の筆頭婚約者になり得るご令嬢がいるにも関わらず、遠縁のバウム子爵家の末娘を王太子妃に推した。
イーズ侯爵家の娘を差し置いてでも、メリッサ・バウムを推してきたのだ。
余程のことがない限り、下位貴族の令嬢をローレル殿下の婚約者候補に推すことなんて、そうそうあることではない。
私の一代前の宰相を務めたイーズ侯爵家。
いまだに、ベイリーフ王国で絶大な権力を持っている。
厳しいことで有名だったイーズ元宰相が、ここまで一人の令嬢を褒めたたえるのは初めてだった。
これはもう間違いないと思った。
ローレル殿下が十二歳になってから、バウム子爵家の末娘と会わせることにした。
メリッサ嬢は下位貴族。
高位貴族からの反発が上がることが予想できたので、イーズ侯爵家での顔合わせになった。
イーズ侯爵家から帰ってきたローレル殿下は、ここ最近では見ることができなくなった笑顔が溢れ、年相応のあどけない少年に見えた。
そんなローレル殿下は初めてだった。
「バウム子爵家の末子のメリッサ嬢を妃に迎えます」
淀みなく、はっきりと、真剣な眼差しでローレル殿下は国王陛下に言い放つ。
いつもは慎重派のローレル殿下に、目を見張ってしまう。
「早速、バウム子爵家にメリッサ嬢との婚約の打診を送っていただけませんか?」
「少しお待ちください」
私は国王陛下とローレル殿下の会話に、無理やり入り込んだ。
マナー違反なのは重々承知の上で。
「私は長女のリモネン嬢と、去年お話する機会がございました。その時のリモネン嬢は、王家にあまり良くない印象を持っている様子でした。ここは慎重になるべきかと」
私の言葉に、国王陛下が不思議そうな表情を向けてきた。
本来なら反対するべき事案だろう。
「ローレル殿下が認めたご令嬢なら間違いないでしょう」
私は陛下に向かって口を開く。
実際に、ローレル殿下の人を見る目は確かなものがある。
これは疑いようのない事実。
「良い組み合わせだと思います」
私は、世界の安寧のためにベイリーフ王国の宰相になったのだ。
この時のために権力を持った。
「私は、ローレル殿下の意思を尊重したく存じます」
きっとローレル殿下の判断に間違いはない。
ローレル殿下が生まれた時から成長を見守ってきたのだ。
彼ほど神の愛し子の伴侶に相応しい者は、この世界にはいないと、はっきりと断言できた。
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