決意(コモン・ジンガー視点)
「それでは失礼致します」
私は国王陛下に一礼し、アレックスと共に陛下の執務室をあとにした。
今朝のメリッサ妃殿下による、古の白魔法の文献と、そこに誰も気が付いていなかった秘匿魔法。
その秘匿魔法を簡単に解除し、落書きだと思っていたものが文字だったこと。
その文字を、メリッサ妃殿下は独学で読むことができたこと。
そして秘匿魔法を使ってまで、後世に白魔法の危険を知らせるメッセージが書かれていたこと。
それら全てを、国王陛下にお伝えした。
今回、メリッサ妃殿下が古の文献を読み取れたことも、全て報告した。
国王陛下は、メリッサ妃殿下が古の文献を読み取ると分かっていたのか、満足そうに頷いていた。
そして陛下の側に控えていたペダニウスは、表情一つ変えなかった。
陛下の執務室の扉を閉じ、宰相執務室へと私たちは歩き出した。
世紀の大発見に立ち会えたことに、私は感動してしまっていた。
「上機嫌ですね」
「それは当然だろう」
アレックスの問いに、私は即答する。
こんなにも心躍らせたことは、とても久しい。
年甲斐もなく、内心ではしゃいでいた。
メリッサ妃殿下がいなかったら、このまま解明されずに真実を明らかにされなかったかもしれない古の白魔法の文献。
ものの数十分で解明させた手腕は、見事としか言えなかった。
「アレックス、どうだった? メリッサ妃殿下は」
私はアレックスを振り返りながら問うてみた。
少し意地悪な質問だったかと思わなくもなかったが。
アレックスが、ローレル殿下とメリッサ妃殿下との婚姻をよく思っていなかったのは知っている。
確かに、メリッサ妃殿下の優秀さ、そしてバウム子爵家の異様さを分かっていなかったのだから、仕方がないことではある。
しかし、アレックスは次期トスカナ公爵になる。
トスカナ公爵家は筆頭公爵家だ。
王族に次ぐ立場になることが決まっている。
アレックスのためにも、若い間になるべく視野を広げておいたほうがよい。
後にそれが彼の糧になり、ベイリーフ王国のためになるのだから。
アレックスは良い公爵になると私は信じている。
だからこそ、私の側で仕事をする間はアレックスには色んなものを見て、正しく理解して欲しいと思っているのだ。
「……ローレル殿下がお選びになられた方なので、聡明な方であるとは思っておりましたが、これほどまでだったとは、と驚いています」
アレックスは言いにくそうに答えた。
彼が、妹君のローズマリー嬢以上にローレル殿下の妃に相応しい令嬢はいないと思っていたのは知っている。
ローレル殿下がメリッサ妃殿下を自ら選ばれたことに関して、不服があることも。
きっと大半の貴族は、実際にそう思っていたはずだ。
メリッサ妃殿下の功績が表沙汰になることが、最低限に抑えられていたから仕方がない。
よくも、あれほど優秀な令嬢を、バウム子爵家は隠しきっていたものだと感心する。
メリッサ妃殿下だけでなく、他のバウム子爵家の令息と令嬢も。
現子爵も、表立って彼がとても優秀であることを知られていない。
今日のメリッサ妃殿下を見た限り、バウム子爵家の人間は、自分たちがどれほど優秀で特殊なのかを分かっていない可能性もあると感じた。
バウム子爵家自体が優秀過ぎて、それを『普通』だと思っているのではないか、と。
私は昔のことを思い出す。
四十年前、サフラン王国に一年ほど留学していた頃のことを。
私はまだ十八歳の時だった。
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「念願の娘が生まれるようだ」
当時、まだ王太子であった現在のサフラン王国の国王、グローリー・サフラン殿下に聞かされた。
まだ王太子妃の懐妊が発表される前だった。
「それはおめでとうございます」
サフラン王国の王族には、ここ百年ほど、男児しか生まれていない。
誰もが、久しぶりの王女誕生に浮足立っているようだった。
サフラン王国の血筋魔法で、時々、予見の能力を持って生まれてくる者がいるらしい。
その予見の能力のおかげで、サフラン王国は戦禍に巻き込まれることはなかったらしい。
ただ、予見の能力を受け継ぐのは数世代に一度と限られていて、かなり貴重な人物だった。
なぜ、そのことを他国の、しかも十代の留学生に過ぎない自分に機密情報として簡単に話したのか、最初は不審に思った。
サフラン王国にメリットになるどころか、デメリットにしかならない。
しかも当時の自分は、将来を決めかねた不安定な状態だったから、なおさらだ。
そのことを伝えてもなお、王太子であるグローリー殿下は話すのを止めなかった。
私とグローリー殿下は七つも離れていたが、話が合い、また弟のように接してくださっていた。
それも、とても不思議だった。
留学が終わる直前、私はグローリー殿下に連れられて、サティウス陛下と謁見することになった。
その時に予見の能力を持つのが、当時のサフラン王国の国王、サティウス陛下であると告げられた。
サティウス陛下は、マリーベル王太子妃の懐妊にいち早く気が付き、そして腹の子が女児であると予見した。
そして王女が生まれた際、予見が神託のように降りてきたそうだ。
王女は十数年後、ベイリーフ王国のとある子爵家に嫁ぐ、と。
その話を聞いたとき、まさか、と思った。
我がベイリーフ王国がいくら大国とは言え、一国の王女を子爵家ごときに降嫁させるなんて出来るはずがない。
国際問題になるのは必至である。
しかし、そうしなくては滅ぶのはベイリーフ王国だと断言された。
「そんな、馬鹿な」
サフラン王国の国王の御前であるにも関わらず、不敬にも思ったことが口に出てしまっていた。
それほどまでに驚愕していたのだ。
「私も可愛い娘を他国に嫁がせたくはないよ」
グローリー殿下は悲しげな表情で呟いた。
サティウス陛下も哀愁を漂わせている。
確かに、約百年ぶりに誕生した王女を、サフラン王国は手放したくないだろう。
しかも他国の子爵家なんかに。
ここまで突拍子もない話なのに、なぜか信憑性が出てきた。
不思議な感覚だった。
「孫娘である王女、ソレイユは、その子爵家の令息との間に神の愛し子を産む」
「神の愛し子?」
私は聞き返してしまう。
初めて聞く言葉だった。
「その愛し子は、その時のベイリーフ王国の王太子と婚姻し、世界の安定に努める役割がある」
サティウス陛下の説明を聞く限り、ソレイユ王女が産むのは娘。
その子が愛し子なのか。
その上、ベイリーフの王太子と婚姻する。
現国王は健在で、現在の王太子が次期国王と言われている。
その王太子に昨年、王子殿下が生まれた。
つまりソレイユ王女の娘が結婚するのは、昨年生まれた王子殿下の御子、ということか。
なんと先の話だろうか。
悪い意味で滑稽極まりない話だ。
本来なら馬鹿馬鹿しいと思って、まともに取り合ったりはしない。
しかし、お忙しいはずのサフラン王国の国王陛下が、貴重な時間を割いてまで私に伝えたかったのだ。
与太話ではない。
それにソレイユ王女がベイリーフの王太子と結婚するのではなく、子爵家令息と結婚して、その娘がその時の王太子と結婚するとは、なんとも回りくどい。
だからこそ、真実味を帯びている。
しかもサフラン王国の血統魔法の重要な予見の能力。
今まで聞いたことさえなかった。
だけど、納得もした。
その能力のおかげで、サフラン王国はこの世界で一番小さな国であるにもかかわらず、戦禍に巻き込まれることがなかったのだ。
軍事力も大してない。
国土的にも、他国に制圧されやすい地形をしているにも関わらず、だ。
「……その話を私にお伝えなさった意向が分かりません」
私は疑問に思ったことを、サティウス陛下に尋ねた。
「君が、我が孫娘と曾孫たちを守ってくれる立場になるからだ」
サティウス陛下は私を見据えて、はっきりと言った。
まるで確信しているように。
それも、サティウス陛下は私のことも予見なさっているのだろうか。
グローリー殿下も微笑んで頷いてくれている。
私はベイリーフ王国のために一生を捧ぐと決めていた。
でもどのように国へ尽くせばよいか迷っていた。
しかし、この瞬間、目標が変わった。
進むべき道筋が見えた気がした。
自分には思っていたより、できることがあるのかもしれないと感じたからだ。
壮大な夢を見てしまった。
私は、この世界のために一生を捧ぐと決めたのだ。
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