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第5章 北条一族の自決

【相模国・鎌倉東勝寺の悲劇】


 三方の山々から立ちのぼる黒煙が、昼なお暗く鎌倉の空を覆いつくしていた。


 新田義貞の軍勢が稲村ヶ崎を破り、切り通しを踏み越えて鎌倉城内となだれ込んだ。

 百五十年の間、武家の都として君臨した鎌倉は、いまや凄惨な炎と血の海と化していた。


 北条一族とその家臣たちが最後に追い詰められたのは、得宗家の菩提寺である東勝寺であった。


 本堂の周りには、手負いの武者や女子子どもがひしめき合っていた。

 執権・北条高時は、酒を煽りながら狂ったように笑い、太刀を抜いた。


『もはやこれまで! 北条の最期、見事に見届けよ!』


 高時が己の腹を深く引き裂くと、それを合図に寺中に満ちていた八百余人の一族・家臣が一斉に太刀を互いの胸に突き立て、あるいは火を放った本堂の炎の中へと飛び込んでいった。


 血の匂いと肉の焼ける匂い。

 北条一族の数百年にわたる栄華は、凄惨な断末魔の叫びとともに地獄の業火へと消え去ったのである。


 【京・足利館の衝撃】


 その悲報が京の六波羅・足利館へもたらされたのは、数日後のことであった。


 高氏の前にひざまずいた進は、声を開くことすらできず、ただ血に汚れた文を差し出した。

 高氏は文を開き、そこに記された「北条高時以下、北条一族八百余人東勝寺にて一斉自害、鎌倉幕府滅亡」の文字を目にした瞬間、ぴたりと動きを止めた。


「……八百人……? 一族ことごとく……腹を切ったと……?」


 高氏の頬から、サーッと血の気が引いていった。

 瞳の焦点が定まらなくなり、唇がガクガクと激しく震え始める。


「高氏様、しっかりなさってください! 登子様と千寿王様は無事、新田軍の手より救出され、京へ向かっておられます!」


 進が声を張り上げて叫んだが、高氏の耳には届いていなかった。



 【錯乱と慟哭】


「ハ……ハハハ……ハハハハハ!」


 突然、高氏の口から甲高い乾いた笑い声が漏れた。

 高氏は立ち上がろうとしたが、腰が抜けたように畳の上へ崩れ落ち、頭を幾度も床板に叩きつけた。


「わしだ……! わしが丹波で挙兵し、六波羅を滅ぼしたからだ! わしが北条を裏切ったから、高時殿も、守時殿も、幼き子どもたちまで火の中に飛び込んだのだ!!」


「高氏様! おやめください! 幕府の命運はすでに尽きていたのです!」


「違う! わしが……わしが殺したのだあぁぁっ!」


 高氏は狂ったように自らの着物を引き裂き、乱れ髪のまま部屋の柱にすがりついて哭き叫んだ。


 高氏の脳裏には、幼い頃に鎌倉の館で自分を優しくもてなしてくれた北条の者たちの顔や、正室・登子の兄である守時と笑い合った昔の日々が、血塗られた走馬灯となって吹き荒れていた。


「源氏の棟梁だと……? 天下の覇者だと……!? わしはただの人殺しだ! 身内を、義理の親族を八百人も地獄へ追いやった悪魔だ!!」


 【逃げられぬ宿命】


 錯乱し、涙と鼻水にまみれて髪をかきむしる高氏を、進は後ろから強く抱きしめた。


「高氏様……! 泣いて済むならば、私めもともに泣きます! ですが、貴方様が倒れれば、討幕のために起ち上がった何万の東国武士たちはどうなりますか! 散っていった北条の者たちの血の上に立ち、新たな時代を創ることこそが、貴方様の背負うべき『業』にございます!」


「進……進……っ!」


 高氏は進の胸に顔を埋め、赤子のように声を上げて泣き続けた。


 歴史は彼を「鎌倉幕府を滅ぼした英傑」と称えるだろう。

 しかしその実体は、己の犯した巨大すぎる殺戮と裏切りの罪悪感に苛まれ、正気を失うほどに苦悶する、一人の哀しい人間の姿であった。


 そしてこの北条一族の滅亡こそが、後醍醐天皇による「建武の新政」の幕開けであり、高氏をさらなる血塗られた南北朝の泥沼へと引きずり込む第一歩に過ぎなかったのである——。

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