第5章 予期せぬ知らせ
【詰められる一座】
特製の毒芋粥による暗殺失敗から数日後。
再び深夜の密室を訪れた朝廷の密使の態度は、以前にも増して苛烈で、焦燥と怒りに満ちていた。
「どういうことだ、観阿弥殿! 義満はピンピンしているではないか! 皇位簒奪の準備は着々と進んでおるのだぞ!」
頭巾の奥の目が、吊し上げるように観阿弥と世阿弥を睨みつける。
「義嗣の元服の儀まで、もう日がない。朝廷が待てるのは……あと一ヶ月。それが限界だ。これ以上遅れれば、日本国王による太上天皇就任が現実のものとなってしまう!」
密使は低く、凄みのある声で二人に詰め寄った。
「よいか。あと一ヶ月以内に、確実に義満を葬れ。そして絶対に刃沙汰にはするな。『突然の病死』に見せかけ、幕府の権力構造を内側から崩壊させるのだ。失敗すれば、朝廷もろとも貴様ら一座もこの世から消えると思え」
突きつけられた最後通牒。
密使が闇に消えた後、密室には重苦しい沈黙が降り下りた。
遅効性の毒すら効かなかった強靭な生命力を、あと一ヶ月で「自然な病死」に見せかけて確実に絶つ方法など、果たして存在するのか。
観阿弥と世阿弥、そして進を含む一座の主要な者たちは、連日連夜、額を集めて密議を重ねた。
「さらに強い毒薬を調合するか……」
「いや、それでは血を吐いて毒殺と露見してしまう」
「入浴の際に湯気を吸わせるか……」
「義満公の湯浴みは側近が片時も離れぬ。仕掛ける隙がない」
声を出せない進は、自分の持っている現代の理系的知識のすべてを総動員し、筆談を交えながら必死にアイデアをひねり出した。
しかし、完璧な毒見と警戒網を敷き、なおかつ一度の毒すら弾き返した義満を討つ有効な手立ては、一向に見つからなかった。
焦りが座員たちを蝕み、世阿弥の美しい顔にも疲労の色が濃く滲み始めた頃。
事態は、誰も予測し得なかった形で急転直下を迎えることとなる。
「申し上げます!!」
ある日の昼下がり。血相を変えた一座の使い番が、観阿弥たちのいる楽屋に転がり込んできた。
「た、大変でございます! 先ほど、今出川殿から急使が参りました! 将軍・足利義満公が……!」
使い番は息を呑み、震える声でその一報を告げた。
「義満公が、今朝から突如として激しい発熱と嘔吐に見舞われ……病床に倒れられたとのことです!」
「……何だと!?」
観阿弥が目を見開き、世阿弥が立ち上がった。
進も驚愕のあまり、手から筆を落とした。
こちらからは何も仕掛けていない。
毒を盛る機会すらなかった。
それなのに、あの強靭な生命力を誇った絶対的権力者が、突如として原因不明の重病に倒れたというのだ。
「……天が、朝廷に味方したのか……?」
世阿弥が呆然と呟く。
だが、安堵するには早すぎた。
使い番は青ざめた顔のまま、震える言葉を継いだ。
「今出川殿は上を下への大騒ぎで、高名な医師や祈祷師が次々と召喚されております。しかし、義満公の病状は悪化の一途を辿り……そこで」
使い番は、信じられない言葉を口にした。
「義満公が、病床で『観世座を呼べ。世阿弥の舞が見たい』と……うわ言のように仰っているそうです。今すぐ、一座を挙げて今出川殿へ参れとの御意にございます!」
部屋の空気が凍りついた。
暗殺を企てていた相手が病に倒れ、死の淵にあるその当人から、直接呼び出しを受ける。
それは果たして「最後の寵愛」なのか、それとも……毒殺の嫌疑をかけられた「死の罠」なのか。
観阿弥と世阿弥は顔を見合わせ、静かに覚悟を決めた。進も震える手で衣装箱を握りしめる。
日本の運命を決める「最後にして最大の能舞台」の幕が、いま、不気味に上がろうとしていた。




