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【栴檀外伝】「新・夢十夜」伊崎進の異世界転生の夢物語  作者: Kyoi
第八夜 大久保利通の波乱万丈
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第5章 明治維新に向けた生贄

【鳥羽・伏見の戦いと、赤地に金の「錦の御旗」】


 慶応4年1月3日、京の南郊・鳥羽伏見で砲声が轟いた。


 大久保利通の狙い通り、「辞官納地」の過酷な要求に激怒した旧幕府軍が大阪から京へ向けて進軍。

 それを薩長軍が迎え撃ち、戊辰戦争の火蓋が切られたのだ。


 薩長軍の兵力はわずか五千。

 対する旧幕府軍は一万五千。

 圧倒的な数の不利に、薩摩藩内にも動揺が広がっていた。


 だが、大久保の顔には嘲笑のような冷ややかな笑みが浮かんでいた。

 彼は密かに岩倉具視と図り、秘策中の秘策を用意していたのだ。


「進、あれを掲げよ」


 大久保の命を受け、進たちが戦場の最前線へ押し立てたのは、赤地の錦に金銀の日月を描いた「錦の御旗(にしきのみはた)」であった。


「……に、錦の御旗!? 我らが……朝敵だというのか!?」


 御旗が翻った瞬間、旧幕府軍の陣営に凄まじい衝撃と恐慌が走った。

 自分たちは「官軍」として朝廷を守るつもりで戦っていたはずが、一夜にして「賊軍」の汚名を着せられたのだ。


「勝ちだ」


 大久保は一言だけ呟き、前線から目を逸らした。


「一蔵さあ……! 偽物とまでは言わぬが、あの御旗は岩倉様と密かに仕立て上げた策謀の旗。あれ一つで、数千の兵が朝敵とされ、命を散らしていくのですぞ!」


 進が怒号を上げると、大久保は静かに黒い羽織の袖を払い、進の襟首を掴まんばかりの眼光で睨み返した。


「兵の命など気にするな! あの布切れ一枚で、戦の勝敗が決し、徳川の威光が地に堕ちるのだ。朝敵の烙印を押された慶喜は、二度と前線に立てん。勝つためには神仏すら利用するのが政治だ!」


 【江戸城無血開城と、冷酷なる計算】


 慶喜が大阪城を脱出して江戸へ逃れ、官軍は東海道を怒濤の勢いで進撃した。


 勝海舟と西郷隆盛の会談により、江戸総攻撃は回避され、「江戸城無血開城」が実現する。

 江戸の町を火の海から救った西郷の「大徳」を天下が称賛した。


 しかし、京都の陣営でその報せを受けた大久保の表情は、どこまでも冷ややかであった。


「吉之助さあは甘い。江戸を無血で手に入れたところで、東国の旧幕府勢力が降伏したわけではない」


「一蔵さあ……西郷様は百万の江戸市民の命を救われたのです! なぜ素直に喜べないのですか!」


「救ったのではない、問題を先送りにしただけだ」


 大久保は苛立ちを隠さず、卓を叩いた。


「慶喜の命を助け、徳川をなだらかに解体しようなどという甘い考えが、東北の旧幕勢力に『まだ戦える』という愚かな希望を与えるのだ。完膚なきまでに叩き潰し、旧体制の息の根を止めねば、維新など成し遂げられん!」


 【奥羽越列藩同盟の惨劇と、潰された旧時代】


 大久保の懸念——いや、冷徹な予想通り、会津藩を中心とする奥羽越列藩同盟が官軍に対して徹底抗戦の構えを見せた。


 大久保は自ら薩長軍の総指揮を執る勢いで、東北戦線へ容赦ない物資と兵力を送り込んだ。

 新式のアームストロング砲が会津若松城を打ちくだき、白虎隊の少年たちが飯盛山で自害し、会津の城下町は焦土と化した。


「一蔵さあ! 会津の惨状を聞いておりますか! 白虎隊の幼き少年たちまでが腹を切り、女子どもまで城内で散っているのです! もう十分でしょう、降伏を受け入れてやってくだされ!」


 進が血の涙を流しながら大久保の前にひざまずき、哀願した。

 しかし、大久保は手元の書類から顔を上げることすら惜しむように、冷徹な声で突っぱねた。


「無駄だ。降伏は許すが、容赦はせん」


「なぜですか……! 会津もまた、忠義のために戦った武士ではありませんか!」


「その『忠義』という古い道徳こそが、この国の進歩を阻む悪魔なのだ!」


 大久保は立ち上がり、静かに進を見下ろした。


「武士の情け、主君への忠義、義理と人情……。そんなもので国が守れるなら、なぜ欧米列強にペリー一艦で脅かされた!? 古い武士の精神など、この東北の地に骨も残さず埋め立ててしまわねばならんのだ」


 大久保の瞳には、かつて有馬新七らを討った寺田屋の夜と同じ、禍々しいまでの「国家建設への狂気」が宿っていた。


「進、泣くな。わしは会津を憎んで殺すのではない。新たな日本——『明治』という近代国家を創るための生贄として、旧時代のすべてを踏みつぶしているのだ」


 明治元年9月22日、会津藩降伏。

 こうして戊辰戦争は官軍の圧倒的勝利に終わり、数百年間続いた武士の世は、完全に炎と血の海の中に沈んでいった。


 焦土と化した東北の地に立つ大久保利通。

 その背中は、勝利の喜びに浸る者ではなく、自ら旧時代を徹底的に虐殺し、その屍の上に孤独に立ち尽くす「魔王」の異彩を放っていたのだった——。

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