第4章 帝の最期
【平城宮・太上天皇の最期】
巨大な盧舎那仏(大仏)の開眼から四年。
平城宮の奥深い寝所は、薬草の重苦しい匂いと、終わりを告げる静寂に包まれていた。
病に倒れた聖武太上天皇の体はすでに骨と皮ばかりに痩せ細り、ただ浅く切ない息を繰り返している。
枕元には光明皇太后(光明皇后)が付き添い、その傍らには側近として幾多の試練をともに潜り抜けてきた進が息をひそめて控えていた。
「……進……お前か……」
落ち窪んだ目をゆっくりと開けた聖武太上天皇は、途切れ途切れの声で進を呼んだ。
「……見よ……大仏は完成した……。されど……この国の病は治まったか……? 民の傷は、癒えたのか……?」
進は答えられなかった。
現実は何も変わっていなかった。
【「三宝の奴」となった天皇の悔恨】
聖武太上天皇の脳裏を駆け巡っていたのは、完成した大仏の神々しい姿ではなかった。
都の街道に野晒しにされた農民たちの遺体。
自害に追い込まれた長屋王の無念の眼差し。
疫病の猛威に苦しみながら「天皇不徳」を呪って死んでいった無数の庶民たちの声。
(朕は……国家を救うために仏を頼った。自らを『三宝の奴』と称し、仏のしもべとなって身を捧げた。……だが、朕が仏を頼れば頼るほど、都は遷都の乱立で荒れ、国庫は底をつき、民は過酷な労働に死んでいった……)
「朕の祈りは……ただの『エゴ』だったのか……? 国を救うという美名の下で、わし自身が一番の災厄だったのではないか……?」
涙が、太上天皇の白く乾いた頬を濡らす。
権力を振るった覇者としての傲慢さではない。
あまりに真面目で、あまりに繊細であったがゆえに、自らの「不徳」と「無力さ」を最後まで赦すことができない——それこそが、聖武天皇という悲劇の帝が負った最大の「業」であった。
【正倉院に宿る「祈りと贖罪」】
その涙を、光明皇太后が優しく拭った。
「上皇様……どうかご自身を責めなさるな。貴方様がこの国のために流された血の涙は、必ず仏が、そして後世の民が知るでしょう」
太上天皇は、かすかに頷きながら、傍らに立つ進と光明皇太后の手を力なく握りしめた。
「……進……わしの愛した遺品を……わしが身に纏ったもの、愛でた宝物を……すべて東大寺の仏に捧げてくれ……。わしの生きた証も、罪も……すべて仏の足元に納め……民の平穏を祈る糧とするのだ……」
天平勝宝8歳5月2日、聖武太上天皇は静かにその波乱に満ちた生涯を閉じた。
彼の没後、光明皇太后は亡き夫を偲び、その遺品や愛用品の数々——漆器、文房具、楽器、そして大仏造立に関わる古文書のすべてを東大寺に寄進した。
それらを収めた木造の宝庫こそが、のちに「正倉院」と呼ばれることとなる。
正倉院に収められた数々の美しき宝物。
それは単なる王家の財産ではなく、「仏教の力で国を救おうとして破滅寸前まで足掻いた帝の、血の滲むような贖罪と祈りの遺品」であった。
【聖武天皇編の結びと、現実への帰還】
聖武太上天皇が息を引き取った瞬間、暗い寝所の奥からまばゆい金色の光が溢れ出した。
十五メートルの盧舎那仏が、果てしない慈悲と悲しみを湛えた瞳で、息絶えた帝と進を見下ろしている。
その光の中に、長屋王の怨霊も、天然痘で散った民の魂も、すべてが呑み込まれ、静かに浄化されていくかのように見えた。
——ハッと息を呑んで、進は目覚めた。
朝の清々しい光が、部屋の畳を照らしている。
進は胸を激しく上下させながら、自身の両手を見つめた。
(秀吉の欲望の栄華も、聖武天皇の純粋な救いの祈りも……どちらも現実の厳しさと人間の業の前に、激しい苦悩と犠牲を生み出してしまう……)
歴史の深淵を覗き込んできた進の精神は、疲弊しながらも、どこか深く澄み渡っていた。
「人は何を求め、どう生きるべきなのか」という問いが、静かに彼の心に刻まれていた。




