第2章 彷徨の果て
【紫香楽の異界】
天平15年(743年)。
彷徨の果て、平城京を捨て、恭仁京を経て聖武天皇がたどり着いたのは、甲賀の深い山々に囲まれた紫香楽宮であった。
静謐な山懐に逃れれば、長屋王の呪詛も、平城京を覆う怨嗟の声も届かないはずだった。
しかし、山深き異界は、かえって聖武天皇の病んだ精神をどこまでも追い詰めていく。
「進……見よ。あの山が、また燃えている」
夜、宮殿の回廊に立った聖武天皇が指さす先、暗黒の山肌が妖しく赤く染まっていた。
雷が落ちたわけでも、火の不始末があったわけでもない。
原因不明の山火事が、紫香楽の周嶺で幾度となく発生していた。
夜闇を焦がす炎は、まるで死者たちが上げる怨炎の炎のように不気味に揺らめいていた。
怪異は山火事だけに留まらない。
激しい地震が幾日も山合いを打ち揺らし、建設途中の宮殿の柱が次々と鳴動した。
夜が更けると、風の音に混じって「長屋王の怨霊の失笑」や、天然痘で死んでいった無数の庶民たちの「渇きと苦痛のうめき」が、木の葉の擦れ違う音となって天皇の耳条を侵した。
「……どこへ逃げても同じなのだ。朕が逃げても、朕の背負う『業』からは逃れられぬ……!」
【破滅の渦中】皇子の死と、絶望の深淵**
さらなる悲劇が天皇を襲う。
紫香楽の地で、聖武天皇が溺愛していた幼き安積親王が、わずか17歳で脚気を発症し、突如として激痛の中で急死したのだ。
「なぜだ……! なぜ朕の子ばかりが死んでいくのだ……!」
長屋王を自害へ追い込んだ藤原氏の血を引く光明皇后との間に生まれた基王も、生後わずか数ヶ月で夭折していた。
そして今また、愛息が命を奪われた。
長屋王の呪い、藤原四兄弟の祟り、そして全国で飢えと病に倒れた数十万の民の怨嗟——。
それらすべての重圧が、ひとりの生身の青年である天皇の肩にのしかかっていた。
部屋に閉じこもった天皇は、身を丸め、爪が食い込むほど拳を握りしめて号泣した。
「朕は帝などになりたくなかった……! 権力など、藤原の野望など、どうでもよかったのだ! なぜ朕がこの地獄を背負わねばならんのだ!!」
傍らに控える進は、その悲痛な叫びを胸が締め付けられる思いで聞いていた。
かつて直面した井伊直弼や豊臣秀吉の狂気とは違う。
聖武天皇を苛んでいたのは、己の無力さと、国家の頂点に立つ者が背負わされる「圧倒的な罪悪感」であった。
【光明への開眼…盧舎那仏(大仏)造立の発願】
精神の平衡を失い、絶望の底に沈んでいた聖武天皇の前に、一筋の光をもたらしたのは、高僧・行基の教えと、『華厳経』の仏法であった。
人は力によって政治を治めようとするから、陰謀を生み、血を流し、怨霊を生み出す。
ならば、人間のちっぽけな権力やエゴをすべて捨て去り、この世界の万物を包み込む絶対的な「太陽の仏」にすがるほかないのではないか——。
「進……朕は悟った」
やつれ切った天皇の瞳に、初めて静かで揺るぎない「光」が宿った。
「武力や政治の策謀で国を治めることはできん。長屋王の霊も、疫病で倒れた民の霊も、朕の悔恨も……人間の力ではもう救えぬのだ」
天皇は机に向かい、震える手で筆を握りしめた。
「朕は、大仏を造る。この国のあらゆる金、あらゆる銅、あらゆる民の力を集め、世界を照らす盧舎那仏を造立するのだ!」
天平15年(743年)10月15日、歴史に刻まれる『盧舎那仏造立の詔』が発せられた。
『国の富を持つ者は自ら助け、心を同じくする者は共に造れ。一枝の草、一握の土を持ち寄って大仏を造る者に、仏の加護があらんことを——』
【自らを罰する王の覚悟】
それは単なる権力誇示の建築事業ではなかった。
聖武天皇にとっての大仏造立とは、己の不徳を恥じ、命を落としたすべての生者と死者の魂を救済するための、命を削った「国家規模の祈り」であり「贖罪」であったのだ。
「進。朕は嘲笑われてもかまわん。国力を使い果たし、愚かな帝と後世に蔑まれようと構わぬ。この祈りで、あの凄惨な死者たちの魂が少しでも救われるのなら……朕は己のすべてをこの大仏に捧げる」
紫香楽の夜空を焦がしていた妖しい山火事の光が、ふっと消えていく。
進は、悲劇の王が自らの弱さを抱えながら、血を吐くような思いで「祈り」という絶対の覚悟へ至る瞬間を見つめていた。
怨霊と病魔に脅かされた暗黒の時代は、いま大きく動き出そうとしていた——。




