第4章 利休からの報復
【伏見城・薄暮の中の回想】
慶長3年(1598年)7月。
死期を悟った秀吉の脳裏に湧き上がるのは、現世への執着だけではなかった。
意識が混濁し、熱にうなされるたび、過去に己の手で殺め、切り捨ててきた者たちの面影が、深い業の濁流となって押し寄せてくる。
中でも、秀吉の心を暗く重く蝕み続けていたのは、かつて「我が弟の如し」とまで信頼し、そして自ら腹を切らせた茶聖——千利休の存在であった。
【「黒」の静寂と、狂おしき屈辱】
(……なぜだ。なぜ、あのとき腹を切らせねばならんかったのだ……)
落ち窪んだ目を閉じると、秀吉の記憶は7年前の天正19年(1591年)2月へと巻き戻る。
大徳寺門楼に自分の木像を置かせた不敬、茶器の売買による暴利——表向きの理由は幾つもあった。
だが、秀吉自身が一番よく分かっていた。
真の理由は、天下人となった自分にすら決して屈せず、己の「美」と「信念」の領域を侵させなかった利休への、抑えきれぬ嫉妬と恐怖であった。
『……太閤様の茶は、まぶしすぎる。黄金の茶室など、ただの虚飾にすぎませぬ』
静かだが、刃のように研ぎ澄まされた利休の眼差し。
黄金で埋め尽くした茶室でドヤ顔をしてみせても、利休がただ一輪の野花と黒楽茶碗を差し出すだけで、自分の創り上げた巨大な権力が、安っぽいメッキのように剥がれ落ちていく感覚。
『謝罪すれば許してやる』——秀吉は幾度も使者を送った。
折れてほしかった。天下人の足元にひざまずき、許しを請うてほしかったのだ。
だが、利休は一歩も引かなかった。
『武士の刃など、わが茶の道の前には木切れ同然』と言わんばかりの静かな微笑をたたえたまま、見事に切腹してみせた。
(あの男は……死をもって、わしに永遠に勝ったのだ……!)
【蝕まれる豊臣家】
利休が逝ってからというもの、豊臣家には目に見えぬ「黒い呪い」がまとわりつき始めた。
利休の死からわずか数ヶ月後、秀吉が最愛の長男・鶴松を病で失ったとき、都の庶民は陰で囁き合った。
『宗易(利休)の祟りだ』『利休の首を晒した報いだ』と。
さらに、利休の死を境に、豊臣政権の歯車は決定的に狂い始めていた。
利休という「大名間の潤滑油」を失ったことで、武闘派の加藤清正・福島正則らと、文治派の石田三成・小西行長らの対立は激化。
かつて利休の茶室で膝を交えていた武将たちが、利休という重しを失った途端に互いを憎み合い、分裂していったのだ。
「宗易……! お前か! お前がわしの大名たちを狂わせたのか!!」
病床の秀吉は、狂ったように布団を叩いた。
【怪異・黒楽茶碗の幻影】
熱に浮かされる秀吉の視界に、ふっと漆黒の闇が広がった。
静まり返った暗がりの中、カツン、と小さな音が響く。
見れば、暗闇の中に一服の茶が立てられていた。
利休の手による、歪んで不揃いな、しかしどこまでも深い「黒楽茶碗」である。
茶碗の中から、ぬらぬらとした黒い煙が立ち上り、それがいつしか利休の墨染めの姿へと変わっていく。
『太閤様。……お茶が、冷めますぞ』
利休の声は、かつてと変わらぬ穏やかさであった。
しかし、その面容には冷酷なまでの「蔑み」が宿っていた。
「宗易……! 命乞いをしに来たか! わしは太閤だぞ! お前など、一言でまた殺せるのだぞ!!」
秀吉は震える声で叫んだが、利休の幻影はただ静かに首を振った。
『殺す? ……太閤様、貴様はわしを殺してなどいない。わしを殺すことで、自らの天下の命脈を絶ったのだ。……見なされ、貴様が創り上げた黄金の城が、内部から腐り落ちていく様を』
「黙れ! 秀頼がいる! わしの豊臣は不滅だ!!」
『不滅、とな……? 貴様が死ねば、その黄金の茶室も、秀頼様も、すべて炎に包まれる。……わが「黒」は、貴様の「金」を呑み込むために、ずっとここで待っていたのだから』
利休が静かに手を差し出すと、黒楽茶碗から溢れ出た漆黒の泥のような汁が、秀吉の足元を、畳を、そして豪華絢爛たる伏見城の部屋全体を塗りつぶしていった。
「うわああああああああっ!! 宗易! 宗易ぃぃぃっ!!」
【絶望の残響】
秀吉の悲鳴に、近侍していた進が飛び起きた。
「太閤様! 太閤様!!」
秀吉は汗と涙にまみれ、自分の喉元を掻きむしるようにして乱闘していた。
金箔の天井を見つめる秀吉の瞳には、もはや栄華の誇りはなく、己が殺めた茶人の「黒い業」に呑み込まれていく恐怖だけが映っていた。
権力で人の命を奪うことはできても、その人間が遺した「信念」や「呪縛」を殺すことはできない。
太閤秀吉の最期は、千利休という「美の巨人」に完敗し、その怨霊と悔恨に身を苛まれ続ける悲壮なものであった——。




