第5章 天神の怒り
【巨星の落日と、不穏な天変地異】
延喜3年(903年)2月25日。
太宰府の配所で、菅原道真は静かにその59年の生涯を閉じた。
無念と失意の底にありながらも、最期まで天を仰ぎ、清廉な誠心を貫いた最後であったという。
だが、その報せが京の都に届いた直後から、天地の理が狂い始めた。
季節外れの凄まじい大雨、真夏のような異常気象、あるいは春先の突発的な大雪。
日食や月食が相次ぎ、都の空は幾日もどんよりとした鉛色に覆われた。
井戸水は濁り、疫病が京の街を襲って無数の死者を出した。
「左大臣殿……これは、ただの悪天候ではございません。太宰府の……菅公の怨嗟に違いありません!」
陰陽寮の側近が青ざめた顔で報告に走ってくるたび、時平は「黙れ! たかが天候の不順ではないか!」と大声を張り上げて追い払った。
しかし、時平自身の唇は、恐怖で絶え間なく震えていた。
【相次ぐ奇禍と、崩れ去る手立て】
延喜3年から延喜8年。
真の恐怖は、道真失脚(昌泰の変)を密かに手引きし、あるいは同調した関係者たちに、次々と「あり得ない不幸」が襲いかかったことだった。
源昇は、道真の左遷に積極的に関与した公卿だった。
突然の急病に倒れ、塗炭の苦しみの中で悶絶しながら死を遂げた。
藤原定国は、時平の側近として道真追い落としに動いた人物だった。
若い盛りの身でありながら、突如として激痛に襲われ狂死した。
藤原菅根は、道真の教え子でありながら時平に寝返り、道真の言路を塞ぐ手助けをした裏切り者だった。
落雷によって命を落としたとも囁かれた。
「なぜだ……なぜ私ではなく、周りの者たちから死んでいくのだ……!」
時平は狂ったように神仏への祈祷を重ねた。
比叡山や高野山から高僧を呼び寄せ、密教の最高峰とされる「護摩の秘法」を四六時中焚かせた。
伊勢神宮や鴨神社には莫大な寄進を行い、怨霊の祟りを鎮めるための御霊会を幾度も催した。
さらに道真の名誉を回復すべく、太宰府の地に社殿を建立する動きすら見せた。
だが、どんな祈祷も、どんな寄進も、天の怒りを鎮めることはできなかった。
僧らの唱える般若心経の声を突き破るように、連夜、京の空には雷鳴が轟き渡ったのである。
【清涼殿の落雷と、時平の狂乱】
延喜9年(909年)4月。
ついにその日が訪れた。
季節外れの激しい黒雲が京の都を覆い尽くし、真昼だというのに漆黒の闇が清涼殿を包み込んだ。
恐ろしいまでの地鳴りが響き、紫宸殿の柱がガタガタと震える。
「伊崎! 護摩の火を絶やすな! 般若心経を唱え続けさせろ!!」
時平は殿上で太刀の柄に手をかけ、周囲を睨みつけながら叫んでいた。
その眼光は血走り、髪は乱れ、かつての麗しき「北家の御曹司」の面影は微塵もなかった。
次の瞬間——。
─── 轟!!!!!**
天地を裂くような眩密な閃光と、耳を聾する爆音が清涼殿を直撃した。
紫宸殿の屋根に巨大な雷が落ち、爆風と炎が回廊を駆け抜けた。
目と鼻の先で柱が弾け飛び、悲鳴を上げて倒れ込む公卿や衛士たち。
煙と火の粉が舞い散る惨状の中、時平の目の前にあったのは、あまりにも圧倒的な「天の怒り」そのものであった。
「ひ……ヒッ……!!!」
時平は太刀をガラリと床に落とした。
「道真……! 道真なのか!! 許せ……許してくれえぇっ!!」
腰を抜かした時平は、髪を振り乱しながら床を這い回り、頭を何度も何度も打ち付けた。
「私が悪かった! 私が浅はかだったのだ! お前の才能が恐ろしかった! お前に藤原の家を壊されるのが怖かったのだ!! だから……だから叩き落とした! 助けてくれ! 命だけは……命だけは助けてくれえええっ!!」
狂乱し、涙と鼻水に顔を濡らして乞う時平の姿に、かつて朝廷の頂点に君臨した左大臣の威厳は無かった。
冷たい雨と雷鳴が轟く中、進は時平の無惨な狂乱を見つめていた。
力と謀略によって人の世の頂点に立った男が、天の正義と一人の人間の凄惨なまでの「誠心」の前に、完全に自滅し、精神を崩壊させていく姿であった——。




